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ブルーストーン  作者: 海来
23/26

23話 裏切り

うなされ続けるシャン、ガリアはシャンを助けるために、トンネルを進めるのか……

 寝返りを打つシャンの姿を、窓にも垂れて黒い影はじっと見つめ続けている。毎夜、少しずつ銀の壁は揺らぎを大きくしていく。

「今夜辺り、お前の元へ行けそうだな……アクアリスの守護者……その甘い疑惑を味わうのが楽しみだな……」

 シャンの額には、玉の汗が浮いていた。

「ガ、リ、ア……」







 ガリアがトンネルの入り口に来てから、どれくらいが経ったのか……ガリアは自分の人生のほとんどが、ギリルと共にあった事を今更ながら、思い起こさせられていた。



 ガリアはオーゴニアを離れ、父王の書状を持ちアクアリスへと旅立つ時にギリルの部屋を訪れていた。

 ガリアが旅立つと聞いても、ギリルはあまり反応する事なく、土産はいらないとだけ言った。一緒に来ないかと誘ったが、ギリルは睨み返しただけで返事もしなかった。

 ガリアは、ギリルの事がいつも気になっていた、離れると半身が無くなった様な不安を覚えた時期さえあった、幼い頃はギリルもガリアと離れるとよく泣いていた。

 成長してからは、そんな事もなくなったが、それでも一緒にいたいのはギリルだったし、自分の半身だと思う気持ちに変わりはなかった。

 ガリアは、ギリルの反応を淋しく思いながらも、初めての一人旅を満喫する為に旅立った。アクアリスに無事に到着し、書状への返答を貰って帰る途中、ガリアは運命の出会いをした。シャンと言う少年に出会い、知らぬ間に恋に落ちていた。

 これまで、ガリアの心を占めていたはずのギリルへの兄弟愛はなくなったわけではなかったが、その姿を変えていった。

 シャンのことで頭がいっぱいになり、シャンを守る事しか考えていなかった。自分は、シャンの為だけに存在すると思えるほどに、愛し始めていた。たとえ、シャンが自分を想っていなかったとしても、ガリアの気持を変えることにはならなかった。

 そんな想いは、ガリアにとって初めてで、いままで半身の様に感じていたギリルでさえ、ガリアのシャンへの想いに入り込むことはなかった。

 そんな旅の間に、ギリルはオーゴニア城を飛び出し、闇へと進んでいる。心配だった、生まれる前から一緒だったのに、一番、気に掛けてやらねばならないときに、自分は傍にいなかった。

 いつも光と影の様だと言われてきた。2番目の兄フロウが言った言葉を思い出す。

『お前たちは光と影のようなもの。光がなければ影はできない、影がなければ光は光であると主張する事は出来ない。どちらも必要なのです。光の温かさを好む者もいれば、影の涼しさに安堵する者もいる。そういうものです……私はどちらも無くては困りますよ』


 俺たちは、光と影……一つが消えても成り立ちはしない。


 シャンを守るために、ギリルを打つ事など……してはならない……では、シャンはどうやって守る……


 力ではない、何か……


 俺はシャンの何を守りたいんだっけ……


 シャンには、笑ってて欲しいだけだ、シャンの心が幸せなら、相手は俺じゃなくてもいい


 誰にも渡したくは無い、でも、シャンの幸せが一番だから……俺は、シャンの心を守る……一生を掛けて、シャンの心の平安を守り続ける……

 

 ギリル、お前を闇に取られたりしない。影は影であって、闇ではないはずだ


 お前は闇の者などにはなれない、だってそうだろう……お前は、俺を愛しているだろう


 俺が、お前を愛しているのと同じ様に……





 ガリアの周りに、輝く草のつるの文様が浮かび上がった。

 周りを埋め尽くす、古の魔法の文字が、嘘の様にガリアの頭に入ってくる。

「読める……」

『さぁ、それを読みながら進め、アクアリス城への通路が開いた』


 光あるところ、影あり


 影あるところ、輝きあり


 光ます時、影は色を濃くし、光をより輝かせん


 光なきところ影は無く、影のなきところ光輝くことなし


 均衡破れし時、世界は混沌に包まれるであろう


 光の子、青の魔法持ちて生まれ、影の子、黒の魔法持ちて生まれる時

 その二つ、守護者の力にて守られるべし


 この言葉、胸に留める者に力を与えん



 ガリアの身体に、魔法の文字が絡みついてきた。

 酷い痺れがガリアを襲った。

「ガァ……ァ……ァァ……」

 ガリアはその場に膝をついた。

 ガリアの身体の震えが止まり、辺りを埋め尽くしていた魔法の文字は、その姿を消していた。

『行くぞ、アクアリスの青き剣士よ。その身に留めた言霊の力を我が物とするがいい』

 ガリアは、立ち上がって真っ暗になったトンネルを、アクアリス城に向かって歩き始めた。

 ガリアは真っ暗なトンネルを、手で壁を触る事も無く、つまづく事無く歩いていく事が出来た。

 まるで、全てを知っている場所の様に、揺ぎ無い足取りだった。









「シャン……目を覚まして……」

 うなされ続けているシャンの額を、冷たい手が包み込む。

 とても気持がいい気がした……シャンは、そっと目を開けた。

 暗がりの中で、会いたかった顔と出会い、シャンは思わずその首に抱きついた。

「ガリア。来てくれたのっ」

 シャンの顔の横で、ガリアの首が横に振られた。

「ごめんね、俺はガリアじゃない……兄のギリルだよ……」

 その言葉に、シャンは慌てて身を引いた。その反動で、シャンの横でレノがくれた貝殻が小さく揺れた。

「なぜ此処にいるっ」

 シャンの寝台に膝をついているギリルは、黒い瞳を淋しげに伏せた。

「ガリアは、来ない……国に恋人がいるから……それも、昔、俺が愛してた女だ……ガリアはいつもそうだ、俺から全てを取っていく……」

 シャンは、つい今まで見ていた夢を思い出す、思い出すまいと思っても、湧き出すように頭に浮かんでくる。

「嘘っ……ガリアは私を好きだって言った……あの、優しい瞳で見つめて……私を守ると誓ってくれた……」

 ギリルは、悲しそうな顔をして、少しずつシャンに近寄りながら小さく首を振った。近寄ってくるギリルの姿に、シャンはさほど恐怖を感じなかった。先日の、顎をつかまれた時に持った疑念も今は感じる事が出来なかった。

 ギリルは、そっと自分の手をシャンの方へと伸ばしてくる、その手は小刻みに振るえ、弱弱しく見えた。

「どんな女も、あの優しい茶の瞳に魅入られ、俺の冷たい黒い瞳を嫌う……いつも疎まれてきた、親にも兄達にも、女達にも……ガリアは皆にとって陽だまりのような存在だった……俺は、冷たく陰気な影だった……」

 シャンは、ギリルの話を聞きながら、自分が家族にも、城の者達にも疎まれていると信じていた頃の悲しい気持を思い出していた。

 その頃の悲しい記憶に、手をぐっと握った。

 その手の甲に貝殻がコツンと当たった、その時、またしてもガリアが知らない女を抱く姿が、脳裏をかすめる。

 シャンは思わず頭を振って、払いのけようとした。

「シャン……可哀想に……ガリアに裏切られる夢でも見たの? あいつを信じてはいけない……あいつの優しい瞳に惑わされてはいけない……俺はシャンを愛してる。この間初めて見たときから……」

 いつの間にか近付いていたギリルの顔は、シャンの目の前にあった。

 愛している……ガリアと同じ顔が囁いた。

「……ぁ……」

 シャンの薄く開いた唇を、ギリルの唇が塞いだ。

 とても冷たい……シャンは頭の中で、これはガリアでは無いのだと分かっていた。でも、この冷たさが、なぜか心地よかった……そして、皆に疎まれてきたと言った、ギリルの悲しそうな顔が、シャンの心に悲しみを思い起こさせていた。

「俺と二人なら、悲しみを慰めあえる……淋しさを舐めあって、涙を吸いあって生きていける……愛している……シャン……俺のものになって……」

 シャンは、ギリルの言葉と肌の冷たさに酔い始めた自分と、心の奥底から聞こえてくる呼び声に揺らいでいた。

  


 シャンの胸の谷間で、青の魔石がゆらりと緩く光を発した。



 

 ガリアには恋人がいる……自分を好きだと言ったのは、嘘……

 

 こんなに悲しい思いをするなら、ガリアのことは忘れよう……


 忘れるために、ギリルの気持を受け入れるの……


 それでギリルは幸せ? それで私は幸せ?


 悲しみを慰めあって、淋しさを舐めあって、涙を吸いあって……そこに何が生まれる?


 愛するとは何? 求める事? それとも与える事? 守ってもらう事? 守る事?


 いいえ、相手の心を大切に思うこと……自分の心を大切に生きる事……




 シャンは、ギリルの身体を押し返そうとしたが、ギリルはそれ以上の力で、シャンを抱きしめた。

「放さないっ、もう俺のものだっ」

 シャンは、思いっきりもがいた、このまま愛してもいない男のものになるのは、絶対に嫌だった。それが、愛した人と同じ顔なら、なお更辛いに違いない……。

 激しくもがいて、枕元にあった貝殻を弾き飛ばしてしまった。大きな音がして、壁に当たった貝殻が割れた。

 その瞬間、自分が何故か、銀の壁に守られていない事実に気付いた。慌てて、腕の金の輪を見た……全てがくすんでいた……腕輪自体も、石の全ても輝きを発しなくなっていた。

「どうして……」

 ギリルがいきなり笑い始めた。

「今頃気付いても遅い。お前を守るものなど何も無くなった。もう、お前は私の物なのだよアクアリスの守護者……」

 その声は、ギリルのものではなく、黒の魔術師ジードのものだった。

「ジード……生きていたの……か……」

 いかにも可笑しいと言う様に、笑い続けるジードの口元は歪んでいた。

「この愚かな男が血を分けてくれた。そして、身体までくれたのだよ」

 シャンは、目の前に現れたジードへの恐怖よりも、さっき聞いたギリルの話が嘘なのだと、思える事が嬉しかった。

「今までの話は、全部嘘だったって事っ」

 ジードがじーっとシャンを見つめる。

「嘘であって欲しいのだなぁ、可哀想な女だ……申し訳ないが、嘘などではない。この男は青き剣士の双子の兄、あやつに女がいることも本当だろう。私は、この男の記憶も見る事が出来るのだからな」

 シャンは、浮き上がった喜びが、またしずんでいくのを感じた。

 やはり、ガリアには恋人がいる……

「旨いな……絶望の味もなかなかだ……これも、その唇から直接いただく事にしましょうか」

 ジードは、シャンの両手首を鷲掴みにすると、頭の上に押さえつけた。

「何をッ!!!」

 シャンは、顔を振って抵抗しながら、身体をよじった。

「やめろっ、今叫べば、扉の前の衛兵が入ってくる。逃げられはしないぞっ」

 ジードは、面白いものでも見るように扉の方を向いた。

「入ってきなさい……お前の大切な守護者様がお呼びだよ……」

 大きな扉を開けて入ってきたのは、幼いレノだった。

「守護者さま……この貝殻を拾ってきました……あなたのために……」

 レノの小さな手に、さっき壊れた貝殻とそっくりな貝殻がのっていた。

「レノ……」














 

幼いレノが持ってきた貝殻。

シャンは、その意味を理解し始めていた。

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