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ブルーストーン  作者: 海来
20/26

20話 ギリル

シャンは、ガリアを想いアクアリスの海を見つめていた。

切なさが込み上げてきて、どうしようもない……

その時……

 シャンは自室の履きだし窓をくぐり、半円形のテラスへ出た。青の魔石を隠すためにいつも身につけるようにしている皮の胸当てを外し、首元をくつろげると、以前の自分に、森の中で暮らしていた頃に戻れるような気がする。シャンは今でもドレスを身につけることはなく、男物の衣装を着ていた。ガリアに出会うまでは、クラーツを諦める為に青の魔石に男にしてくれと願おうと決めていたのと似ていた。

 男装はガリアを愛している自分の心に線を引くため、アクアリスの守護者としてのみ生きていくための、心の鎧のようなものだった。

 シャンは、両手をテラスの縁の柵に置き、大きく息を吸い込んだ。アクアリスの青い海がさざなみをたて、潮風を運んでくる。幼い頃から慣れ親しんだ風景と香り、心が穏やかになる……そう思っていたのに……シャンの心は、穏やかになるどころか、益々虚しく空虚にになるばかりだった。

「ガリア……」

 クラーツが持ってきてくれたガリアの剣を握って、そっと名前を呼んでみた、呼べばあの笑顔を直ぐ傍で見られるような気がした。そんなはずは無いのは分かっている。ただ、ガリアの剣を握るとほんの少し温かさが伝わってきた、抜いても青く輝くことも高音を発することもないが、心も温かさの分だけほんの少し落ち着く。

 クラーツがガリアの剣を預かったと言って持ってきてくれた時、ガリアはオーゴニアに帰ったと教えてくれた。もう二度と会わないと決めたのは自分だった……愛していると気付いたのに、シャンはガリアを助ける代わりに、世界を救うために願い事をしてしまった。あの時もしも、手遅れでガリアが死んでいたとしたら……そう思うと、シャンは自分が許せなかった。

 ガリアに自分の気持を伝えたかったが、自らの命に替えてでもシャンを守ろうとしてくれたガリアを裏切った自分は、それをしてはいけないと思った……。シャンは自分の気持ちを心の奥深くに沈めてしまうつもりだった。そして、シャンの気持とはまた別に、以前から決まっていた武道大会がもう直ぐ行われようとしていた。

 優勝者が、自分の夫となる……自分の母が、父と結ばれたように……。そう思うと、シャンの胸はどうしようもなく切なく疼いてしまう……いっそ、本当に男になれたら良いのに……それは、自分を好きだと言ってくれたガリアに対する、自分が出来るせめてもの償いの様に思えた。でも、シャンは女だ、着ている物が男物でも、中身は女なのだ……そして、次代のアクアリスの守護者へと、血を繋いでいかなければならない……避けては通れない現実。

 溜め息をつきながら、シャンは目を閉じ俯いた。シャンの胸の谷間で、青の魔石が輝きを増した。と、その時、俯いたばかりの顎を、誰かに捕らえられ、シャンは驚きに目を開いた。

「アクアリスの守護者は、こんなところに青い石を埋め込んで……結構、いやらしいんだね……」

 そう言った男の顔は、夢にまで見た人。

「ガ、リ、ア、……どうして……」

 そこまで言ってから、シャンは自身の顎に添えられた指の触れ方がガリアのそれとあまりに違う事に気づいた。

ガリアなら、もっとそっと触れてはいけないもの様に自分に触れる筈だ。たった一度溢ればかりの情熱的な口づけをくれた時以外はいつも……そして、シャンの横で柵に腰掛けている男は、瞳の色も髪の色も真っ黒だった……ガリアの瞳は明るい茶色で、髪の色も同じだ。

 目の前の男が、小さく笑った。

「なぜ奴を知ってる」

 シャンの顎を掴む男の指の力が強くなった。シャンは躊躇することなく、男の身体を突き飛ばしながら後ろに飛びのき、ガリアの剣を気引き抜いた。

「やはりガリアではない。お前は何者だっ」

 男は、シャンを真っ黒な瞳で見つめ続けながら、ふわりと柵の上に立った。

「守護者さまが、愛しそうに名を呼んでた、ガリアの双子の兄さ……オーゴニアの第4王子ギリル」

 シャンは自分の耳を疑った、ガリアの双子の兄……でも、この高さのバルコニーに突然現れるなど人間のできることではない。勿論オーゴニアには魔法はないとガリアも言っていたではないか。間違いではない、目の前のガリアの兄を名乗る男は人では無い。胸にある青の魔石の輝きもそう伝えていると思う。ガリアの兄が、闇の者のはずはない、そう信じたかった。

「嘘だ。お前は闇の者。気配で分かる……それは人のものではない。その様な者が、ガリアの兄のはずがあるかっ!!!」

 柵の上で、ギリルは両手を広げため息をついて見せた。

「武道大会に出て、あんたの旦那になってやろうと思ってたけれど、その前に不細工じゃ割に合わないと思って確かめに来てみれば、その本人が弟の名を呼んでる。銀髪の天使かと思いきや、結婚もしてない男の名を呼びながら悶えてる淫乱女だったなんてなっ」

 ギリルの言葉に、シャンは顔を真っ赤にさせながらも、必死に首を振っていた。

「そんな事してない、勝手な事を言うな。ガリアと私は何でもないんだっ」

 ギリルはおかしそうにクスクスと笑っている。

「何でもない? あの手の速いガリアが? 知り合った女に手も出さなかったなんて……」

 シャンは、頭の中がシュンシュンと沸き出した様な気がしてきた。かっかと湧いて来る怒りに、我を忘れそうになっていた。

 手の速いガリア? 知り合った女に手も出さない? シャンの頭の中は、ガリアとの抱擁、口づけ、ガリアとの思い出がグルグルと回り始めていた。

「ガリアは……そんな男ではない。純粋で優しくて、強く、いつも私を守ってくれた。真っ直ぐな心を持っている」

 シャンがそう叫ぶと、ギリルは薄ら笑いを引っ込めた。

「またかっ、ガリア、ガリア、ガリアっ!! いつもそうだ、あいつは全てを持っていく。俺の欲しいものを全て。しかし、今度は俺が貰う。あいつの欲しがってるものは、必ず俺が貰う。あんたが、あいつの女なら、絶対に俺のものにしてやる」

 そう叫んで、シャンの方へ腕を伸ばした瞬間、ギリルの胸に短剣が突き刺さった。

「グハッ……」

 そのままギリルは城の中庭へと落ちて行った。

「守護者さま、大丈夫っ?」

 駆け寄ってきたのは、洞窟でジードから解放された幼い男の子だった。

「レノ……あなたが投げたの?」

 うんっと返事をしながら、レノは柵の間に顔を入れて下を覗き込んでいる。

「守護者さま、あいついないよ……逃げたのかな? 当たったって思ったのになぁ……」

 シャンは中庭を見下ろしたが、そこには何もいなかったし、人が落ちたような痕跡すらなかった。ただ、レノが投げた質素な短剣だけが落ちていた。シャンはレノを振り返った。

「レノ、短剣など持ち歩いているの? 危ないわ」

 レノは怒ったように頬を膨らます。

「でも、僕が来なかったら……僕、お兄ちゃんと約束したんだ。守護者さまを守るって、だから毎日練習してるもん」

 レノはまだ、納得出来ない様子だ。

「今も練習してて……もっと早く戻ってれば良かった。そしたら、あんな奴やっつけられた」

 シャンは、レノを優しく抱きしめた。

「ありがとうレノ……でも、あなたが危険な目に遭うのは、いけない。私はちゃんと守られているから安心して……」

「うん、……でも、早くお兄ちゃんが戻ってくればいいね」

 レノが笑顔で言った。










 ガリアは、グロウと共に空を駆けていた。

 青の魔法は、剣の魔法だけでなく、守護者を守るためなら、あらゆる魔法を使う事が出来た。ただ、剣の魔法以外の魔法を使えば、ガリア自身の体力は極端に失われてしまうらしく、たまに地上に降りては休憩を取らねばならなかった。それでも、最短の時間でアクアリスを目指している事は間違いない。

 必死でオーゴニアに帰った日数の半分で、そろそろアクアリス城が見えてくるところまで来ていた。

『一旦、降りる』

 青の魔法の声に、ガリアの顔が強張った。

「駄目だっ!! このままシャンのところまで行ってくれ」

 ガリアの反対も虚しく、青の魔法に包まれたグロウはガリアを乗せたまま降下し、魔法の森の川岸に降り立った。

「魔法の森……どうして? あのまま行けば直ぐにシャンに会えるのに。どうして此処に降りた!」

 ガリアは半ば癇癪を起こしながら叫んでいた。

『その身体で何が出来る。この森なら、体力を回復するにも身を隠すにも適している。この森以外には考えられない。これからの事を考えれば、今は休息を取らねばなるまい』

 その場に崩れ落ちるように座り込んだガリアの目の前に、誰かの影がかぶさった。

「だれ?……あ、んた……」

 ガリアは、自分の前に立ち穏やかな笑みを浮かべる人物を凝視していた。

「ダルタ……死んだんじゃないのか……」

『人としての私は死んでいる。だが、青の魔法としての私は存在する。この姿を取った方が、お前が話しやすかろうと思ってな』

 ガリアは溜め息を漏らした。

「なんだ、そういう事か……ダルタがいてくれたら、シャンが喜ぶと思ったのに……」

 そのまま、ガリアは草の上に横になってしまった。随分と身体がだるかった、シャンの所に行くのでなければ、急いでいなければ、既に眠っていてもおかしくないほどに、体力を失っていた。

『まずは、食事をしてから休むのだ。時間が来たら起こそう、少し眠っておくがいい』

 ガリアは、近寄ってきたグロウに乗せた背嚢から保存食を取り出し、口に放り込むと水袋の水で流し込み、また横になった。

「シャンは無事なのか? あんたには分かるんだろう?」

 ダルタの姿をした青の魔法がガリアを見つめる、その瞳は穏やかだった。

『今は無事だ、青の魔石と金の腕輪が守護者を守っている。だが、闇の者が……黒の魔法を持つ者が接触してきた。多分、お前の双子の兄だろう』

 ガリアは跳ね起きて、ダルタに掴みかかろうとしたが、その手はダルタの身体を通り抜けただけだった。

『実体はないのだ、つかむ事はできん』

「あんた今何て言った。ギリルがシャンに会ったんだろう。こんな所でメシ食って、昼寝してる場合じゃない。早く行ってやらないと」

 ダルタの表情は何も変わらない、穏やかなままだった。

『守護者は守られている、お前が今せねばならない事は、身体を回復しておくこと』

 ガリアが、もう一度反論しようとした時には、ガリアの身体は自然に草の上に横たわっていた。

「俺がいなくても、シャンは大丈夫ってことか……そうだよ、な、……いつも、そ、うだ、った……」

 そのまま、ガリアは寝息を立て始めた。

『青き剣士、お前が守るのは守護者の身体ではない……以前、己がいったではないか、シャンの心を守りたいと……守護者を真に守れる者、それは青の剣士以外にはおらぬ。しばし、良い夢を見るがいい……守護者と共に……』






 シャンは、何故か急に眠気を感じて自分の寝台の上に身を投げた。金の腕輪から光が溢れ、シャンの身体を寝台ごと包み込んでしまった。シャンの自室を訪れたレノは、その姿を見ると安心したように微笑んで扉を閉めた。

「守護者さまはお昼寝だよ。君たち、静かにね」

 レノは、大真面目な顔をして言った。先ほどのギリルとの一件があって、扉の前で警護に当たる事になった近衛兵の間を肩で風を切って立ち去っていった。二人の近衛兵は、クスクスッと笑ったあと、お互いにばつが悪そうにして真剣な表情を作り直し、扉の両脇で警護の体勢を整えた。

 

 シャンは不思議な夢を見ていた。

 ガリアと一緒に魔法の森の川のほとりで昼寝をしている。

 というか、ごろ寝をしているのだ。

 お互いの顔を見つめあいながら、口づけを交わしたり、抱きしめあったり、笑いあったりしている。

 本当なら、心臓がいくつあっても足りないほどに動悸が打つのであろうが、気持は穏やかに、心は柔らかく甘い蜜の中に解けて入ってしまいそうな感じがした。


 ガリアの唇の熱さまでも伝わってくる……


 ガリアの唇が何かを囁いている……


 愛していると唇が動いた……


 声が聞きたかった……あの優しい低い声が聞きたかった……


 あの声で、もう一度言って欲しいと思った……


 愛していると……


 もう一度、ガリアの唇が開いた


「もう直ぐ会えるから……待ってて……シャン……俺のシャン……あいしてる……」


 声が聞こえた……低い優しい声が、シャンの耳をくすぐった


 硬くて頼もしい筋肉のついた腕が、抱きしめてくれる


 ガリアと離れてから、どうしようもなかった切なさが、心から流れ出していく


「会いたい……ガリア……愛してるの……」


 シャンの言葉に、抱きしめていたガリアの腕の力が強くなった気がした……


 シャンは、夢の中で至福の時を過ごしていた……










シャンの夢……そこに現れたガリアは、やはりシャンの知っているガリアだった。

優しくて、熱くて、包み込んでくれる……

早く会いたい……もう二度と会わないと決めたのに……やっぱり会いたかった。

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