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ブルーストーン  作者: 海来
19/26

19話 オーゴニアの兄弟

北の国オーゴニアに戻ったガリアを待っていたのは……

 ガリアが洞窟を出て丘の上まで上がってくると、そこには草を食むグロウの姿があった。

「グロウ……お前はどんな時でも、飯が優先だよな。俺とシャンの心配はしてたのか?」

 草を食みながら、グロウはブシュンっと鼻水を飛ばした。

「心配はしてたんだよな……でもな、シャンを連れてこれなかった……」

 シャンの名を聞いたグロウは、少し離れたところに見えているアクアリス城に鼻先を向け、小さく鳴くと、城に向かって歩き始めた。

 まるで、シャンが城にいる一緒に行こうと言っているみたいだった。

「お前、シャンに会ったなっ……でも、城には行かない。オーゴニアに帰るんだ。とんぼがえりで戻ってくるけどなっ」

 ガリアはグロウの手綱をとり、その背に跨がる。

「さあ、帰ろう……オーゴニアへ、父上に会うためになっ」

 







 広い拳闘場で、ガリアは3番目の兄クリスと向かい合っていた。

 周りの観客席は半分以上が埋まっていた。急遽決まった決闘であったが、兄弟同士での武道大会への出場権を巡る戦いとあって、大勢が集まっていた。

 アクアリスの武道大会への出場権を得る為には、兄クリスを倒さねばその権利を渡すわけにはいかないと、父王に言われてしまった。当然かもしれない、国と国の間で交わされた約束事を、個人の都合で替えてくれと言っているのだから。

 シャンとの出会い、闇の者達との戦い、自分が青き剣士であること、全てを話した。勿論、自分自身がシャンを愛している事も、その気持が真剣である事も伝えた。それでも、父王は首を縦には振らなかった。威厳のある四角い顎をぴくりとも動かさず、睨み返されてしまった。

 ガリアは、幼い頃から城の外で育った為、この父とはあまり話をした事がないが、決して道理の通らない人物だとは思っていなかったし、厳しく叱責された幼い頃は怖いと感じた事もあったが、大きくなってからは、その豪胆ともいえる人となりを好ましく思ってきた。その父王が、兄を倒さねば許さぬと言うならば、自分はそれに従うしかなかった。従うのが、当たり前だった。

 兄クリスが剣を抜いた。

「ガリア、手加減はしてやれぬぞっ……」

 ガリアも剣の柄に手を掛けた。

「手加減などいりません、俺は……必ず勝たなくちゃならないっ……シャンが待ってる」

 ガリアは、キツク握った剣の柄が、熱を発しているような気がした。そんなはずはなかった、青の魔法を受け継いだ剣は、クラーツに預けてきたのだから。

 ガリアは、一気に剣を抜いた。青い輝きと、いつもの高音が鳴り響いた。

「そんなはずは……」

 自分の抜いた剣を、呆然と見つめるが、それは長兄が貸してくれた兄の剣だ、ガリアの剣ではない。

『青き剣士よ、青の魔法はお前と共にある。剣と共にあるのではない』

「そうか……青い魔法は俺と共に……ならば、やはり俺はシャンの元に戻らなきゃならないっ」

 ガリアの独り言を聞きながら、周りにいた父王や、兄達、兵士、集まっていた貴族達は、剣の輝きと発せられる高音に、驚き魅入られるばかりだった。

 父王が椅子から立ち上がった。

「それは、魔法か……」

 前に突き出した王の手は、僅かに震えているようだ。

「はい、父上……これが青の魔法、青き剣士の魔法でございます。相手に剣先が当たらずとも、切り捨てる事が出来ます」

「その様なもので、兄を切るつもりではなかろうな……」

 ガリアは、首を振った。

「いいえ、その様なつもりはございません、青の魔法が私と共にあると、今の今まで知りませんでした。私の剣と共にアクアリスの守護者の元へ置いてきたと思っておりました。ですが、この魔法が私と共にあるなら、どのような剣を持とうとも、私の持つ剣は全て魔法の剣となるでしょう」

 王は、眉間にしわを寄せ困ったような顔をした。

「この試合は取り止めじゃっ、その様な魔法を持った者が我が国におったのでは、ワシは夜も眠れんようになる……アクアリスの守護者の夫となるために、旅立つが良かろうっ」

 分厚いマントを翻して去っていく父王は、チラリとガリアを振り返り、にやっと笑った。

「魔法など、見たのは初めてじゃっあまり心地の良いものではないな……武道大会の武運を祈るぞっ」

 兄クリスが剣を鞘に収め近付いてきた。

「ガリア、剣を収めろ。耳が痛い……」

 クリスの言葉に、慌ててガリアは剣を収めた。

「兄上、申し訳ありません……俺、守りたい者がいるんです。誰にも渡したくはない、兄上でも、それは同じだ」

 クリスは可笑しそうにクスクスと笑っている。

「私も、暑いところは苦手だ、お前が行ってくれるとありがたいな。今夜は、お前が帰ってきた労いと、武道大会に出場する壮行会をかねたパーティーになるんじゃないか? ご馳走が楽しみだろう」

 ガリアは、首を振った、直ぐにでもアクアリスを目指さねばならないと思っていたのだ。

「いいえ、直ぐにでも出立しますっ」

 そう言ったガリアの肩を、後ろから誰かがポンポンと叩く。

「そういうわけにはいかんだろう。お前は、オーゴニアの王子として武道大会に出場するのだ。一人では行けない。兵団を組んで出かけてもらわねばなっ」

 長兄のアーデューが柔らかく微笑んでいる。その微笑には見覚えがあるガリアだった、優しそうに見えるが決して揺るがない微笑だ。一旦口にした事は、誰であろうと逆らう事は許さないと言っている。

「はぁ〜……早くシャンに会いたいのに……」

 アーデューが呆れたと言う様に溜め息を付いた。

「ガリア、アクアリスの守護者殿には、直ぐには会えぬだろう。世界中から集まった強者を倒してからではないのか? そう簡単には会えぬだろ……」

 そうだった、っとガリアは思った。シャンは、誰も近づけるなと、それがオーゴニアの王子であってもと、言ったと聞いている。結局は、優勝せねば会うことすら出来ないのだ。肩を落としたガリアに、クリスが声をかけ城の中へと促がした。

 城の入り口まで来ると、第二王子で兄のフロウが本を小脇に抱え立っていた。

「慌ててきたのに間に合いませんでしたか……どちらが勝ったのですか?」

 フロウは読書家で、いつも一日の大半を図書館で過ごしている。今日のガリアの帰国も、決闘の事も、つい先ほど聞いたばかりで慌てて飛んできたのだという。

「フロウ兄様、ギリルは何処ですか? 俺が戻ったと知らないのか……?」

 ガリアは、姿を見せない自分の双子の兄の事が気になっていたが、決闘を前に誰にも聞く余裕がなかったのだ。

 アーデューが大きく手を振った。

「あれの話は止めろ……お前が城を出た後に、行方をくらました……」

 ガリアは驚きに口を開けたまま呆然としてしまった。

「なぜ……何処に行ったんだ……」

 クリスが溜息まじりに言う。

「あれほど勝手気ままに暮らしてきたというのに、今更、アーデュー兄上を差し置いて王位継承権は自分にあると言い出した……何を根拠に言ったのか……愚か者が、天の声を聞いた、世界の王となる前にオーゴニアの王になるなどとぬかしおって」

 ガリアは、ただ首を振るしかなかった、双子で幼いころは警備隊の総大将の屋敷で一緒に暮らしていたが、ギリルは12歳の時に屋敷を飛び出し、勝手に生きてきたのだ。城にいたかと思えば、街へ下りて遊び暮らしていた。最近は、城にいることが多くなって、落ち着いてきたのだとばかり思っていた。

 ガリアとは正反対の、気短で冷酷とも言えるほどの冷めた部分を持つ双子の兄だった。

「あれは、父上の逆鱗に触れ、この城にいられなくなったのだろう……オーゴニアの王として、父上の跡を継ぐのは私と決まっているわけではない。だが、民の事を一番に考えられぬ者に、王は務まらぬっ」

 兄たちは急ぎ足で城の中に入って行った。最後まで残っていたフロウは、ガリアの腕に手を添えて一緒に歩き始めた。

「心配いりませんよ、ギリルはまた帰って来ます。ああいう性格ですから、何事もなかった顔をして戻ってくるでしょう……それより、あなたの話を聞かせてくれませんか? 私はまだ何も聞いていないのですから」

 ガリアは、ああっと小さく頷くとフロウに話し始めた、シャンとの出会いから最後に洞窟を出るまでのいきさつを全て。







 ガリアは、夕食会までの時間をフロウの自室で過ごしていた。この知りたがりの兄は、魔法のそのものに興味を持ったようだ。

「ガリア、実はギリルに聞かれた事があるのです……」

 兄が言いにくそうに肩をすぼめる様子を、ソファーに腰掛けて見ていたガリアは、小首を傾げた。

「何を聞かれたんだよ……」

 ガリアのあまり礼儀をわきまえない話し方は、兄弟の中ではフロウに対してだけだった、それは双子のギリルも同じでよくこの部屋にも訪れていたようだ。

 二人とも、幼い頃から図書館長の屋敷で育ったフロウとは、屋敷が近かった為よく遊んでもらい可愛がってもらったのだ。

 特に、勝手気ままなギリルは他の兄達の不興を買っていたが、このフロウだけは可愛がっていた。ギリルの破天荒な振る舞いさえも、穏やかに見守る事が出来る人だった。

「青い魔法って何だと……調べてくれないかと言ってきたんですよ……私は青の魔法どころか、魔法の事は書物でほんの少し読んだ事がある程度でしたから答えようがなくて、そうこうしている内に、ギリルは父上にあのような事を言ってしまって……」

 フロウは大きな溜め息を漏らした。

「あの時、もう少しちゃんと話を聞いて、ギリルが何を考え、何をしようとしているのかをしっかりと確かめておけば良かった……」

 ガリアは、何故ギリルの口から青の魔法という言葉が出たのか、不思議で仕方なかった。どこで知ったんだろう、いつから知っていたのだろう……そして、それと王位継承権とどう繋がるのか……ギリルは天の声を聞いたと言ったらしい……

 フロウが、部屋の中をうろうろと歩き始めた。この兄の考え事をする時の癖である事は、ガリアはよく知っている。

「ギリルは、何度も夢を見るのだと言っていたのです。同じ様な夢を……青の魔法が自分の身体に満ちていく夢なのだそうです……でも、実際に青の魔法を手に入れたのは、ガリアあなたです」

 フロウは、ガリアの前で立ち止まった。

「ギリルはこうも言いました、銀髪の天使を自分のものにする事が出来れば、世界の王となれるのだと……何か、心当たりはありませんか? ガリア……」

 フロウの言葉に、心臓が跳ね上がるほどの衝撃を受けたガリアだった。銀髪の天使と言われて、ガリアが思い当たるのはシャンしかいない。

「シャンっ……」

「シャンと言うのは、あなたが愛した人の名、アクアリスの守護者……」

「シャンを、アクアリスの守護者を手に入れる? 世界の王だと……ギリルは何に心を奪われたんだ……まさか、そんな」

 ガリアは、知らぬ間に腰の剣に手を伸ばし、そこには剣がない事を思い出した。いつも安心感をくれた剣が、今はなかった。

「フロウっ剣を貸してくれないかな……持ってるだろう、あのぅ……使わなくてもさ……」

「あっああ、ありますよ。でも、あまり手入れなんてしてませんよ。いいのですか?」

「ああ、いいよ。そんなの構わない」

 フロウは、自分の寝台の横に立てかけてある大きなケースから剣を取り出した。

 父王に贈られてから、ほとんど触った事などないかもしれないそれは、ビロードの内張りの中で少し頼りなげに輝いていた。

 フロウは、申し訳なさそうに剣をガリアに渡した。

「少しは手入れしてるんじゃないか。鞘も柄も意外と綺麗だ」

「それは当たり前ですよ、父上に頂いたのですから……毎日、少しは」

 ガリアは、剣の柄をグッと握った。

 温かさと共に、安堵が掌から伝わってくる。

「青の魔法。ギリルが何に心を奪われているか分かるか」

 ガリアは、青の魔法が答えてくれるのをじっと待った。

『青の魔法の対極にあるのは、黒の魔法。黒の魔術師が操るもの』

「黒の魔法だと……それがギリルの心を奪ったのかっ」

『黒の魔法は人の心を操りはしない。しかし闇ならば心を奪うだろう。闇はいつでもこの世を欲しがっている。闇だとしてお前の双子の兄がなぜ選ばれたのか、それは分からぬ』

「ギリルは黒の魔法と言っていたんだ。闇の魔法じゃないかもしれないじゃないか」

『闇は巧妙に人の心に入り込む術を知っている。闇と名乗らず黒の魔法と偽りの甘言でお前の兄を騙しているのだろう。青の魔法を持つ者の兄は闇に見染められたか』

ギリルはどうして闇などに心を囚われたのか」

『青の剣士よ。今は考えている時ではない。アクアリスの守護者が狙われている。急ぐのだ』

 ガリアは立ち上がると、フロウをしっかりと見つめた。

「フロウ兄上、この剣をお貸し願えませんか。必ずお返ししますから。お願いいたします」

 一番下の可愛くもあり生意気でもある弟が、初めて自分に見せた礼儀正しい姿に、フロウは目を丸くして驚いていた。

「ガリア? どうしたのです……お貸ししますよ、父上に戴いたものですから差し上げることはできませんが、返してくれればいいのです。どうぞ、持って行きなさい……」

 そう言って微笑んだフロウの手を、ガリアきつく握った。

「今直ぐ、城を出ます。父上にもアーデュー兄上にもクリス兄上にも会いません。時間がない。シャンをギリルに奪われれば、この世界は終わりです。闇に支配されてしまう」

「何を言っているのです? 闇とギリルに何の関係がっ」

「ギリルが心を奪われたのは闇です。あいつの身体に満ちてきたものは、青の魔法じゃない。黒の魔法だ。アクアリスの守護者シャンがギリルの手に落ちれば、この世界は闇の世界になる!」

 フロウは、ガリアの言葉に唇を振るわせた。

「あなたはっ……ギリルを、どうするつもりですか……」

 ガリアは、口を真一文字に引き結び黙って俯いたが、少ししてぐっと上げた顔には、決意がはっきりと表れていた。

「俺は、シャンを守るために生きている。相手が誰であれ、シャンを守るためなら、この手で切り捨てるっ」

「ガリア……ギリルはあなたの双子の兄なのですよっ、そんな事は許されない、あってはならない」

 ガリアは首を振った。

「ギリルが、闇に捕らわれているなら助けてやりたい。でも、手遅れなら……世界中の民とギリルの命を引き換えには出来ない。シャンの命と引き換えるつもりもない」

 フロウは、目の前に立っている、自分よりも5つも年下の弟が、涙で頬を濡らしているのに気が付いた。もう何も言えないとフロウは思った。自分は何も出来ず、ただこの城の中で案じているだけなのだから。ギリルと向き合わなければならないのは……この目の前にいるガリアなのだから……

「行きなさい……ガリア……」

 フロウは、ガリアの手が自分の手を離れていくのを感じながら、もう一度その手を握り返し、止めたいと思う感情に、押し潰されそうになっていた。

 ガリアが、部屋を出て行った。

「ガリア……ギリル……何と言うことに……何故、あの二人が……」








双子の兄ギリル。

ギリルは黒の魔法を手に入れたらしい、早くアクアリスに戻らなければ、シャンが危ないっ

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