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ブルーストーン  作者: 海来
17/26

17話 願い

洞窟の中に入ったガイア、シャンを救えるか……

 ガリアは洞窟の前の岩へ身体を引き上げた。音を立てないように、神経を遣いながら、ゆっくりと行動する。ここで闇の生き物か闇の魔術師にでも見つかれば、シャンのところまで辿り着けないか、辿り着いたとしてもかなりの時間を無駄にすることになる。まずは、シャンの安否を確かめたかった。

 剣の柄へと手を伸ばすが抜くことはしない、抜けばいつもの高音を響かせるだろう事はガリアにも分かっていた。

「たまには、静かにしててくれる有難いんだがな……」

 小声で愚痴ると、ガリアは洞窟の入口へと足音を忍ばせて近づいて行った。中の様子が窺がえるギリギリまで迫った時、洞窟の中からまばゆい光が放たれた。

「っ……」

 目を覆いたくなるほどの強い輝きに、ガリアの足元もふらついた。洞窟の入り口に身を寄せ、必死で中を覗こうとしたが、光ばかりが目を突く。このまま入ってしまおうっとガリアは考えた。これ程までに激しい輝きなら、洞窟の中にいる者にも侵入者の影は見えないと思った。

 入り口から、目を細めてするりと中に入った。中に入って直ぐに、洞窟の中に浮かび上がった金と銀の輝きが混ざり合った球体を見つけたが、同時に洞窟の中で端の方うずくまる様に身を潜める、多くの黒い影を見つけた。闇の生き物?……ガリアはそれをじっと見つめた。ガリアの直ぐわきに、ダークピューマが前足の間に頭を埋めるように丸くなっていた。

 ガリアは、剣を抜いた……高音が洞窟内に響き渡る。危険を察知したダークピューマが顔を上げたが、目は閉じたままだった。目を閉じたままのダークピューマに切りつける、断末魔の叫びに、端の方に身を潜めていた闇の生き物が動き始めた。

 その時、球体の輝きが薄れ、中にシャンが横たわっているのが見えた。

「シャンっ」

 シャンがこちらを見たように思った、シャンの無事を確認してガリアは自分の気持ちが大きく安堵したことに気付いた。シャンの姿を見るまでは、心の半分でシャンにはもう会えないかもしれない、手遅れかもしれないと不安で仕方なかったガリアだった。

 しかし、シャンの入った球体の直ぐ傍に、闇の魔術師がしゃがみこんでいるのが見えて、慌ててそちらに集中する。ジードもガリアの存在に気付くと素早く立ち上がった。洞窟の中は、球体の輝きに脅かされなくなった闇の生き物でいっぱいだった。

「やばい所に、入っちまったみたいだよ、シャン……もう少し、光ってて欲しかったんだけどな……」

「青き剣士かっ、よく此処が分かったな」

 ジードが、ゆっくりと間合いをつめてくる。

「俺の馬は、俺が思うより賢かったみたいでねっ、此処にシャンがいるって知ってたみたいだ。結構、笑える話だろ……主人が知らないのに、馬が知ってるなんてナ」

 ジードはちっと舌打ちしながら、ガリアを睨みつけている。

「何のためにシャンにそこまで拘る? お前に何の得がある? たかが他人の命一つ、己の命と引き換える価値があるのか? 誰しも、己が一番大切だろう……それとも、自分の運命とやらに気付いたとでも言うのか?」

 剣をグッと握りしめながら、ガリアは運命と言う言葉を心の中で繰り返した。

「運命か……そんなものがあるなら嬉しいさ。シャンを守れるなら、運命にこの身を任せてもいい」

「愚かしいなっそんな思いだけで守れぬだろう。所詮、人は自分がかわいいものだ。最後には、お前とてシャンを捨てて逃げる事になる。見てみろ、この闇の生き物の数を、お前一人で何ができる」

 ガリアは、辺りを見回した。確かに、数える事が出来ないほどの闇の生き物が蠢いている。ダークピューマを筆頭に野生の動物に似たものや、今まで見た事もないドロドロとした液体状のもの、多くの足を持つ甲殻類に見えるもの、そして、その目は皆一様に真っ赤だった。

 見ているだけでも背筋に寒気が走る。

「そうかもしれないっ何もできないかもナ。それでも、守りたいと思うものが人にはある。俺の人生の中で、両親や兄弟、今まで出会った人達、生まれた国、多くのものがそうだった。そして今、一番守りたいものを見つけた。それがシャンだっ」

 ジードは、馬鹿にしたように笑った。

「だから、愚かだというのだ。お前はシャンの何を知っている、お前は、自分がシャンにとってどんな意味を持つ者なのかも知らないのだろう。お前などアクアリスを守るための捨て駒に過ぎないのだぞっ! シャンにとって、お前は捨て駒だっ」

 ガリアは、ジードの言葉に少しの淋しさを感じたが、可笑しくて仕方なくもあった。何も分かっていないのは、目の前にいる男だと思った。

「あんた、闇の魔術師か何かしらないが、こんな事も分からないなんてな……人じゃないのかっ闇の生き物か? 俺は今、恋をしている。恋する男は相手の気持で動くんじゃないんだよ。自分の想いの熱さで動くんだっ!!」

 そうだ、俺は自分の想いの熱さで此処まできた、シャンが俺を想ってくれなくても、問題じゃない……ガリアは既に、気持は決まっていると、これから始まる戦いに大きく息を吐いた。

「俺にとってシャンが守りたいと望む相手なら、捨て駒だって構わないっ!!!」

 そこまで言うと、相手の答えなど聞く気もなかったガリアは、剣を振り上げて、足元を蹴った。









 光に包まれていたシャンは、自分が何処にいるのか分からなくなっていた。身体のだるさは全くなくなっていた。

 呆然とただ、青い魔石を、自分の胸の谷間を見つめていた。

「願い事……」

 ぽつりと呟いた、さっき心の中で叫んでいた願いは、本心。男にして欲しいと思っていたのは、遥か昔のような気がした。

 ガリアに会いたい、会って自分の気持ちを伝えたかった……そう思ったとき、聞きたかった声が自分を呼んだ気がした。

「ガリア?……」

 そっと顔を向けてみると、やはりそこにガリアの姿があった。

 切ない想いが胸にこみ上げてくる。

 追いかけてきてくれた、助けにきてくれた……

 もう会えないと思っていたのに……その姿がそこにあった。

 ガリアは、ジードと話をしているが、穏やかでない事だけしか分からない、もう少し大きな声なら聞こえるのにっとシャンははがゆく思った。

 銀の壁に身体を寄せて聞き耳を立てていたシャンの耳にガリアの声が飛び込んできた。

『俺は今、恋をしている。恋する男は相手の気持で動くんじゃないんだよ。自分の想いの熱さで動くんだっ!!』

『俺にとってシャンが守りたいと望む相手なら、捨て駒だって構わないっ!!!』

 その言葉の後、ガリアはジードに剣を向けて飛び込んでいった。辺りには闇の生き物が沢山いる、ガリア一人では決して勝つ事はできない。それよりも、ガリアは死んでしまう、シャンはそう思った。

「私にできること……」

 シャンは自分の腕で輝き続ける金の腕輪を見つめた。

「風、土、水、緑……金? 銀? これは……」

 じっと見つめると、金は太陽の文様に、銀は月の文様に輝いていた。

「太陽と月……、この中で、今ガリアを助けられるのはどの精霊?」

 頭が混乱して、上手く考えがまとまらない。それなのに、頭の中にまたしても声が響いてくる。

『全ては整いました、願いを叶えましょう。守護者よ、願いを言うのです』

 願い……ガリアに自分の気持ちを伝えたい……でも、その願いを言ってはいけないこと位、シャンにも分かっていた。自分はアクアリスの守護者、この洞窟にいる闇の生き物が、外の世界に出て行けば、多くの命が奪われるのは間違いない。ジードの計画を阻止せねばならない。自分の個人的な願いなどしてはならない、そんな事は分かり過ぎるほど分かっていた。

 目の前で、ガリアが蟹のような大きな闇の生き物の鋭い爪に、脇腹を突き刺されるのが見えた。ジードが追い討ちを掛けるように、ガリアの身体を拘束するための光の綱をその手から吐き出した。ガリアは、脇腹を抑えながら剣を振ってその綱を切るが、その隙に液体状の闇の生き物、確かヌガルという名の闇の生き物だとシャンは思い出していた、ヌガルがガリアの足元を捕らえてしまった。身動きを制限されたガリアだったが、すかさずヌガルに剣を突き刺した、ヌガルは剣の青い輝きを身体の中に揺らめかせながら水のように弾けてしまった。また、動けるようになったガリアは、必死の形相で辺りの闇の生き物に襲い掛かる。まるで、全てを始末してしまおうとしている様に、なぎ払っていく。

 ガリアの剣は、青い光を大きく輝かせ、その光の勢いだけでも敵の足をすくませている。ガリアが剣を一振りするたびに、何匹もの闇の生き物が倒れ、断末魔の叫びを上げる。ジードは、自らはあまり近付かない様に気をつけながら、光の矢、炎の玉をガリアに投げつけてくる。その合間に、何度も光の綱を投げてガリアを捕らえようとしている様に見える。

 闇の生き物に負わされた傷によって、ガリアが弱るのを待っている様に、ジードが薄笑いを浮かべている。

「ガリアっ」

 シャンの声は強張っていた。ガリアの脇腹から流れる血が、どんどんと増えていっている、そこかしこに細かな傷を受け、ガリアの足元もふら付き始めていた。

 シャンは、今直ぐにでもガリアを助けに飛び出したかった。しかし、丸腰の自分が出来る事などたかが知れている、どうせならこの壁の中にガリアを呼び寄せたい。

「ガリアを守って……この中に入れてっ」

『それが守護者の願いか……』

 頭の中に響く声に、シャンの身体はびくっと跳ねた。

 守護者の願い……

 今願いたい事は、唯一つガリアを守って欲しい……それだけなのに……シャンは迷っていた。

 アクアリスの守護者として、世界の全ての守護者として、自分の愛する人の命と天秤に掛けていた。

『願いは……願いを言いなさい、守護者よ』

 シャンの心は決まった。

 シャンの瞳は、とめどなく涙を溢れさせていた。

「ガリアっあなたを愛していますっ」

 その瞳に、ガリアの姿を刻み込むようにじっと見つめた。


「守護者の願いは、この世界の平和、闇の者の企みを阻止してっ!!!」


『守護者よ、ただ一つの願いを聞き入れました』

  

 その声を聴いた瞬間、シャンの胸の谷間にある青い魔石から真っ青な光が発せられ、洞窟の中を青い光が包み込んでいった。あちこちから短い叫び声が上がり、闇の生き物はじょじょに姿を消していく。

 最後まで残っていたジードは、苦しげに身体を丸めている。

「シャンっ……何をっ……ブルー……スト、ンを……持って、いた、の、か……青い、ま、せき……わた、し、の……」

 そこまで言うと、ジードの身体はその場に崩れ落ちた。青い光が、ジードを包み込むと、その身体は小さくなり始めた。

 ガリアは、剣を握ったまま震えながら立っていた。

『全ては終わった。青き剣士よ、自らの傷を剣の炎で焼くがいい。癒さねばならん……』

 青い魔法の指示に、またかっとガリアは、大きな溜め息をついた。ゆっくりとシャンの入っていた球体があった方を振り返った。

 シャンは守られていた、でも、その無事を確かめておきたかった。

 自分が気を失う前に……

 球体はもうなくなっていて、その場所にシャンは一人立ち尽くしていた。

「シャンっ、やっぱり俺にはお前を守ってやる力なんかないんだな……お前は一人で自分自身を守れるんだから……」

 そう言って、ガリアは小さな傷をいくつも焼き、大きな脇腹の傷に剣を突き刺した。肉を裂き焼ける痛みに、ガリアの意識は直ぐに遠くなっってきた。自分を見つめているシャンの瞳に、大粒の涙が浮かんでは落ちていくのが、ガリアの目に映った。

「泣くな……シャン……」

 それが、ガリアがシャンを見た最後だった。

















  


シャンは何故かガリアの元に近づこうとはしなかった。

とても会いたいと思っていたはずなのに……

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