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ブルーストーン  作者: 海来
13/26

13話 愛した人

激しい口づけの後、ガリアは自分の気持ちを落ち着かせるのに懸命になっていた。

自分の気持ちだけで、突っ走ってはいけない、それだけは分かっていた。

 荒い息をつきながら、ガイアはシャンの唇を解放した。自分の額をシャンの額に合わせ、何かを堪えるように目を閉じた。

「ごめん……、こんなつもりじゃなくて……ただ……」

 シャンは、ガリアの頬にそっと手を伸ばした。

「ガリアは、どうして泣いてるんだ……何が悲しい……」

 ガリアは自分の頬に当てられたシャンの手に、自分の手を重ねる。

「お前が、お前でなくなるかもしれないと思った……お前が大切なものを捨ててまで救われるアクアリスの未来も、シャンの妹も……俺には納得できない……」

 ガリアの頬を撫でるシャンの手に少しだけ力が入った。

「僕と妹の愛する人は、同じ人……でもあの人が選んだのは妹だった……僕が男になれば、妹は安心できるんだ……」

「お前は……それでいいのか……自分の気持ちを捨てて良いのかっ」

 シャンの頬を涙が伝う……

「僕は、愛されていない……なら男になって、この気持を捨てられたら……」

 ガリアは、細かく震えるシャンの身体を、もう一度きつく抱きしめた。

「俺なら……お前が愛した男が……俺ならよかったのに……」

「ガっ……ガリア……」

 シャンは、自分の腕をガリアの背中に回してしっかりと抱きついた。ガリアの気持を振り回すようで、利用しているようで心苦しかったが、それでも今は、ガリアに縋っていたかった。この温もりの中で、泣いていたかった……自分が青い魔石に願う事を考えると、気持はどうしても落ち込んでしまうから。あの人を愛した気持を失う事を……躊躇ってしまいそうだったから。

 シャンは、この胸の中に芽生え始めた鼓動を、心地よく感じていたかった。








 ガリアとシャン、グロウを乗せて、白い波が川の上を、滑るように移動する。

 水の精霊の作った波を、風の精霊が向こう岸まで運んでくれていた。

「シャン……取り合えず、西の谷を目指そう……シャン自身の答えも、俺の答えも、その時出るような気がする……」

 シャンはガリアの横顔を見つめた、さっきまでこの身体を抱きしめてくれていた人、自分を好きだと言ってくれる人……そっと、自分の身体を抱きしめてみた。ガリアに抱きしめられた時の感覚が甦る、ドキドキする胸の鼓動、身体の芯が熱くなってくる感じ……ガリアに抱きしめられると、穏やかになる心と熱くなる心が同時に存在した。シャンは、いつの間にか鳴り始めた自分の鼓動が騒がしすぎる気がして、ガリアに聞こえているのではないかと、心臓の音を鎮めるために大きく息を継いだ。

 ガリアが、シャンの様子を見て、心配そうな表情を浮かべた。

「大丈夫……お前がどんな答えを出したとしても、最後まで……俺はお前を守るから……って言っても、何だか俺のほうが守ってもらったり、癒して貰ったりばっかりだけどなっ」

「ガリア……そんな事ない、いつも守ってもらってる」

 ガリアのはにかんだ様な笑顔が、シャンの心を落ち着かせてくれた。一緒にいてくれる、それだけでシャンは嬉しかった。








 向こう岸に着くと、林を抜けて細い道なりに進んでいく。

 シャンが、ダルタから聞いているのは此処までで、この先に何があってどう行けばいいかは何も聞かされていなかった。太陽の位置だけを頼りに、この道に間違いないと二人でただ納得するしかなかった。西の谷と言うくらいだから、西にあるのだろうと……。

 二人は、風にもグロウにも乗らず、ゆっくりと歩いていた。これから向かう先にある場所への到着が、少しでも先に延ばせれば良いとでも思っているかのように、ゆっくりと歩いている。

「シャン、林が終わる……何かあるみたいだ。ちょっと待ってろ。見てくるから」

 ガリアは、シャンをグロウと共に残し走って先に行った。そのまま立ち止まったガリアは、じっと前を見据えていた。シャンもグロウの手綱を引いてガリアの元に近付く。目の前に草原が広がり、いくつもの塔が建ち並んでいた。長細いもの、曲がったもの、低くてずんぐりしたもの、外側に螺旋階段を取り付けた美しい外観のものと、様々な塔はばらばらに何の決まり事も無く建っている様だった。

「ねェ、ガリア何だろう……ここ……」

 ガリアは首をひねった。

「街って訳じゃなさそうだな……人の気配がしない……」

 その時、ガヤガヤと人の話し声が聞こえてきた。ずんぐりと背の低い塔の影から、大勢の兵士が現れた。

「アクアリス軍だよ……」

 シャンが、ガリアの腕を掴んだ、小刻みに震えている。ガリアは、腰の剣に手を掛けいつでも抜く準備をした。

「大丈夫っだ。俺がいるだろっ」

「う、ん……」

 シャンが答えた時、ピーっと笛の音が響いて兵士を掻き分けて軍馬に乗った隊長らしき男が前に出てきた。他の兵士と違って身なりも良く、胸に付けた数多い勲章はピカピカと輝いていた。

「整列っ!! 此処の塔は全て確認したかっ」

 もう一人、馬に乗った兵士が進み出て敬礼する。

「全て確認いたしました。くまなく探しましたが此処にはいらっしゃいません」

 隊長らしき人物は、少し落胆したような表情を見せた。ガリアは、その様子を見ながら、横にいるシャンの震えが大きくなっている事にも気付いていた。ガリアが、剣を握っていない方の手で、シャンの手を握った瞬間、それを振り解いてシャンが兵士達の方へと走り出した。

「クラーツ!!!」

 シャンは、叫びながら隊長と思われる男のもとへと走りこんだ。

「シャン姫っ」

「クラーツ。どうして此処へ? 何をしているの」

 クラーツと呼ばれた男は馬を下りシャンの前に跪くと、その手に口づけた。

「姫を探しに参りました。こちらに向かわれたとの情報を得ましたので……よくご無事で、さぁ城に戻りましょう」

 クラーツは、シャンの腰を抱えると自分が乗っていた軍馬にシャンを乗せた。

「ちょっちょっと待って。クラーツ……あの、私……城には……」

 クラーツは、怪訝な表情を浮かべた。

「何故です。この私がお迎えに上がったのですよ。あなたは私の大切な方だ、私と共に帰りましょう」

「クラーツ? 何を言っているの……ティナはどうしたの、あなたの大切な人はティナでしょう……私ではないわ」

 シャンの言葉に、クラーツは首を振り、シャンの手を強く握った。

「いいえ、私は気付いたのです。やはり私にとって大切なのはあなただけだと……愛しています……シャン」

 シャンの表情が複雑に歪んだ。目の前の男の言葉に気をとられ、シャンは自分と同じ様に複雑に顔を歪ませていたガリアの存在を忘れていた。

 シャンは思った、何故この男は今になってそんなこと言うのだろう……あれほど妹のティナを大切にしていたのに……そう思いながらも、自分に愛していると告げた言葉が甘く心に溶けていく。

 心から好きだった人、もう自分のものにはならないと諦めていた人……このまま一緒に城に帰って……そうシャンが思っていた時、ゆっくりとこちらに近付いてくるガリアの姿が目に入った。

「ガリア」

 クラーツがシャンの声にガリアの歩いてくる方へと視線を向けた。

「何者だ。そいつを拘束しろ! 姫に近づけるなっ!!」

 クラーツの声に、兵士が一斉にガリアに向かって武器を向けた。ガリアは、迷うことなく腰の剣を抜いた。いつもの高音が辺りに響き、青い輝きが周りを取り巻く兵士の鎧に反射した。

「拘束しろってのは酷いんじゃないか? あんたの大事なお姫様をここまで護衛してきてやったってのに、礼は言われても、拘束される覚えはないぞっ」

 ガリアを見るクラーツの瞳が冷たく光った。

「ここまでご苦労様でした。もうお引取り願って結構だ……」

 ガリアは、クラーツとシャンを交互に見つめた。

「シャン……こいつが、お前の愛した男か……この男がお前を選ぶなら、お前はお前のままでいられるんだな……」

 シャンはガリアを見つめ返していた、ガリアの瞳の中に何が見えるのか……そればかりが気になる。クラーツは、確かに愛していた人……でも……ガリアを苦しめるのは、悲しませるのは嫌だった、ここまで自分を守ってきてくれたのはクラーツではなく、ガリアだった。辛い時に、恐ろしい時にも一緒にいてくれたのはガリアだった。

 今から西の谷を目指すなら、ガリアに一緒に来て欲しいと思った……でも、城に帰るなら話は違う……ガリアは北のオーゴニアの王子なのだ、自分の城に連れ帰るわけには行かない。連れて帰ってどうすると言うのだ……ガリアと共にいること、今までそれは旅をするからこその関係だった。

 シャンの中で、何かが声を発していた。旅をするのでなければ、ガリアは必要ないのか? いいや、一緒にいて欲しいと思ったのは、心細いからだけではない……シャンの中でガリアの存在は大きく場所を占め始めていた。ガリアの代わり等、どこにもいないと気づいてしまった。

「クラーツ……私は、城には戻れないのです。アクアリスの為に、せねばならない事が残っています。あの者と共に参ります」

 そう言ったシャンの腰を、クラーツは抱きしめた。

「何を言われるのです。愛しているのですよ。あなたも私を愛してくれているのでしょう。あなたは私と共に城に帰るのです。何処かに行かなければならないなら、私が一緒に参ります。そして二人の愛は永遠に結ばれるのです。さあ参りましょう」

 クラーツがシャンの首をそっと撫でた。シャンは、クラーツのその手を呆然と見つめている。ガリアは、剣を掲げたまま、二人を見つめ続けていた。シャンがこの男への想いを遂げられるなら、自分は潔く諦めるしかないのだと、心に言い聞かせていた。でも、本心はシャンが自分の元に戻ってくれる事を、心の全てで願っていた。それでも、ガリアはシャンの幸せを思った、この男と結ばれるなら、シャンは男になどならなくてもいいではないか……そう、それが一番、ガリアにとって重要な事だった。

「シャン行けよ、そいつと……幸せになれ……」

 シャンは、自分を抱きしめている男が、クラーツ本人では無いのではと思い始めていた。自分が幼い頃から知っているクラーツと言う男は、こんな女々しい男ではなかった。人前で愛している等と言って、繋ぎ止めようとするはずはない、そう気付いてしまった。

 ガリアにその事を伝えようと口を開いたが声は出ない。なぜかシャンの声は出なくなっていた。ガリアに声が出ないと、ガリアと一緒に行くのだと伝えたくても、声は一切出なかった。

「シャン姫、さぁ参りましょう、この男の事はお忘れになるのです」

 クラーツはそう言って、シャンの乗る馬にまたがり大勢の兵士を連れて立ち去ろうとしていた。シャンを見つめてガリアは、そっと呟いた。

「シャン、愛してる……お前が男でも女でも、俺には関係なかった……シャンお前だから、守りたかった……これからも、ずっと守りたかった……」

 ガリアの声が聞こえたかのように、シャンがわずかに振り返った。唇が動く。ガリアは、必死でその動きを読もうとした。

『……』

 遠くなり始めたため、何を言っているのか読む事は出来ないが、シャンの瞳から涙が溢れている事だけは分かった。悲しそうに、辛そうに顔を歪めて泣いている、そう思った瞬間に、ガリアは走り出していた。

「待て。シャンをこのまま連れて行かせはしない」

 ガリアが叫んだ時には、馬は大きな竜に、兵士はダークピューマへと姿を変え、シャンを抱えるクラーツは、その姿を闇の魔術師へと変えていた。

「この野郎! シャンを返せ!」

 闇の魔術師が、大きな声で笑った。

「愚か者よ、姫を返せと言っている場合ではなかろう。己の命を大事にするがいい」

 既に、ガリアの周りには、もの凄い数のダークピューマが迫っていた。












連れ去られようとしているシャン。

ダークピューマに囲まれたガリア、二人は絶体絶命のピンチです。

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