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ブルーストーン  作者: 海来
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10話 迷いし者の道しるべの木

黒の魔術師と戦うはめになったガリア。

剣の魔法の忠告を聞かず、黒の魔術師の口車に乗って……

 闇に溶け込みそうなほど黒いローブ姿に浮かび上がっているのは口元のみで、シャンとガリアにも、

その口元が笑っているのが見て取れた。

「笑ってやがる……、あのバケモノはあいつの味方だろう。なんで笑ってやがる」

 シャンが小さく首を振った。

「分らないっ、あいつは闇の魔術師かもしれないし、そうでないかもしれない……でも、今回の事に関係がないなんて思えないよ」

 ガリアは、シャンから離れ、黒のローブに近づき始めた。

 剣の柄を強く握り、その温かさを確かめる……未知のものに対する恐れを拭い去るために、ダルタの魔法に触れていたかった。

『今は、その時ではない。闇の魔術師に近寄りすぎるな』

 ダルタの声が、ガリアの足を止めた。

「今はってのは、どういう意味だ。あいつが闇の魔術師なら、どうしろって言うんだ!」

 剣の魔法は何も答えようとはしない。

 ガリアは、剣を構えたまま、闇の魔術師を睨み付けるしかなかった。

「もっとこちらに来れば良いのに、臆病風に吹かれたか? 己が何のために誰を守ろうとしているか分からぬ愚か者が……他人の魔法を手に入れて、強くなったつもりか?」

 見た目とは異なる、涼やかな美しい声が、ガリアを嘲った。怒りに頭に血の上ったガリアは、闇の魔術師めがけて走り出していた。

「何をほざく! 俺は臆病風などに吹かれたりはしない! 俺が守っているのはシャンだ!」

 その時、闇の魔術師は掌を広げ、前に突き出した。ガリアの動きが止まり、そのまま地面に叩きつけられる。

「ッグハッ……」

「さあ、他人の魔法をいつまでも抱えていないで渡しなさい。この私なら、その魔法を上手く使うことができる……さあ、手放すのです」

 その言葉に、ガリアの手の力抜けていく。

 シャンは、その様子にとっさに叫んでいた。

「ガリア。僕を守ってくれるって約束だろ! 僕を守ってっガリア」

 シャンの声に、ガリアは手に力を込める……なんの魔術か知らないが、そんなものに負けるわけにはいかなかった……シャンを守ると誓ったのだから。

「ウオォォォ〜〜〜〜ッ」

 うつ伏せのまま、握った剣を水平に振り切った。剣は、半円を描きながら青みを帯びた輝きを、闇の魔術師に向かって放った。闇の魔術師は、その輝きを避ける様に宙に身体を浮かせ、広げた掌から細い光の矢をガリアに向かって飛ばした。動けないままのガリアの身体は、体中を光の矢に貫かれ地面に貼り付けられた。

「グゥ……」

 痛みに耐えながら、ガリアは唇を噛み、もう一度剣を振った。

「シャーン! 逃げろ」

 剣の魔法が闇の魔術師に向かう……シャンがガリアに向かって走り出す。

「ガリア!」

 闇の魔術師は、剣の魔法を避けシャン目掛けて掌を突き出す。

「守って」

 シャンの手首から銀の輝きが波の様に流れ出し、ガリアの元に倒れこんだシャン毎、包み込む。

 闇の魔術師が放った光の矢は、銀の壁に阻まれ二人に届く事はなかった。

「っち……」

 闇の魔術師の舌打ちが聞こえた。

「剣士よ……何故だ、何処の誰とも知らぬのだろう、何のために守るのだ……」

 ガリアは、強く噛みすぎて血の流れる口を開いた。

「シャンだから……守ると誓った……そ、れだけの……」

「愚かな……まぁいい、そのダルタの力、私が必ず奪い取ってやる」

 その声とともに、闇の魔術師は煙の様に姿を消した。それを確認するように、ガリアはその意識を手放した。銀の壁に守られながら、シャンはガリアの身体を見つめた。腕に背中に、足に……いたる所に刺さっていた光の矢は、跡形もなく消えていたが、傷だけはしっかりとそこに残って血を流していた。

 シャンは、ガリアの身体に手を添えると、ダルタに教わった唯一の魔術、癒しの魔術を施し始めた。賢明に施していく癒しの魔術は、それでもまだ未熟で完全には傷を治す力はなかった。もう駄目かもしれないと、シャンは思った。ダルタに教わったとは言え、こんなに大変な状態を癒した事などなかったし、一人でするのも初めてだった。

 しっかり内側から傷が塞がらなければ、傷ついた内臓は直ぐに血を流し始める……そうなれば、ガリアの命を救う事は出来ない。

「あっ」

 叫んで、直ぐに腰に下げた薬袋を探った。

「あった……大丈夫。ガリア大丈夫だよ」

 シャンは、重いガリアの身体を動かしながら、服を脱がし、鎖かたびらを脱がしていった。ガリアの身体に無数に出来た傷に、自分の腰に下げた袋から取り出した万能薬の粉を蜂蜜とを混ぜて塗り薬をつくり塗りこんでいく。一つ塗るたびに、シャンの瞳に涙が溢れた。

「ガリア……痛いでしょう……ごめんなさいっ……」

 たっぷりと塗りこんだ薬の上から、油紙を貼った。

 魔樹の万能薬を持ってきていてよかったっと、心から思った。ガリアが聞いたら、嫌がるかもしれないと思うと、少しおかしくなってクスッ笑った。

 シャンが、一連の治療を終えて初めて緊張を解いた瞬間だった。

「……シャン……無事か……」

 声とともに、シャンは手を握られていた。

「ガリ、ア……」

 ガリアの名前を呼んだ瞬間、シャンの瞳からは、また涙が零れていた。

「ガリア、よかった……助かったんだ……」

 ガリアはゆっくりと起き上がった。

「お前が助けてくれたんだろっ……夢の中でお前が泣いてた……でも、起きたらやっぱり泣いてる……お前は泣き虫だな、シャン」

 シャンの顔が真っ赤になった。

「ちがっ違うっ……これはガリアが死ぬんじゃないかと……」

 ガリアはニッコリ笑った。

「俺は死なない。って言うより死なせてはもらえないみたいだ。世界一の癒しの術者で薬師が傍にいるからな」

 そう言って、体中に貼り付けられた油紙を指さした。

 シャンが、いたずらっ子のような顔になった。

「それ、魔樹の万能薬なんだ。きっと直ぐに効く、魔樹に感謝しなきゃ」

 ガリアの顔が一気に青ざめた。

「魔樹ってあれか? 俺が喰われそうになった……」

 シャンがニヤッと笑った。

「そうだよ。生きたまま乾燥させて煎じた後、粉にしたもの。あの時のは駄目になったけど、その前に作ったのを、ダルタが持たせてくれたんだ」

 ガリアは眉間にしわを寄せた。

「細かく言うなっ……」

 その時、ヒヒンっと短い馬の鳴き声がした。

「あっグロウを忘れてた」

 二人一緒に振り向くと、繋がれた場所から少しも動かずに佇むグロウの姿が見えた。

「あの鳴き方は、相当すねてる……」








「嫌だ。俺は歩く方がいい。それよりも、なっグロウ乗せてくれ、頼むよ、なっ」

 ガリアは、グロウの鼻面に顔を近づけてお願いしていた。

「風に乗れば良いのに」

「だから、俺は風はいいって言ってるだろう。グロウに乗りたいんだ。グロウが一番いい。グロウは最高だからな」

 そう言いながら、ガリアはグロウの様子をチラチラ盗み見ていた。グロウが立ち止まり、フンっと鼻をならした。鼻水が、ガリアの顔にべッチョリと掛かる。

「いいのかっ」

 そういうが速いか、ガリアはグロウの背に飛び乗った、顔に掛かったグロウの鼻水を手の甲で拭き取りながら、満足そうに笑っている。

「グロウ、やっぱりお前の背中は最高だ」

 グロウもヒヒンっと高くいなないて、嬉しそうだ。昨夜から機嫌を損ねたままだったグロウは、朝からガリアを背に乗せてくれなかったのだ。シャンは風に乗っていたが、ガリアは歩いて付いてきていた。馬や、風のペースに合わせるのは、ガリアにとって辛かった。

 昨夜の怪我を考えると、シャンにしてみれば、風に乗って欲しかったのだが、ガリアは受け入れなかった。その意味が、今になってシャンにもやっと分かった。もしも、ガリアが安易にシャンと一緒に風に乗ってしまえば、グロウの信頼を取り戻すのは難しくなってしまう。

 グロウは昨夜、恐怖の中にたった一人取り残されたのだ。信頼していた主人の裏切りは、グロウを頑なにさせていた……シャンは改めて思った、何と賢く、何と素晴らしい馬だろうと……そして、このグロウを育てたガリアは、何と素晴らしい人間なのだろうと……馬と心を通い合わせている……優しいのだと思った……そして、強い……。

 昨夜もガリアは諦めなかった、酷い怪我を負いながらも、最後までシャンを守ろうとしてくれた……もう二度目だ。

 これから、何度助けられるのだろう……シャンは、宙に浮かびながら、グロウの背に揺られてはしゃいでいるガリアを、目を細めて見つめていた。








 ガリアは、血に汚れた服が洗いたくて、ずっと耳を澄まし川を探していた。

 昼近くになって、ようやく川の流れる音が聞こえ始めた。

「川だっ」

 そう叫んだガリアに、シャンは怪訝な顔になった。

「川を渡るって知ってたのか?」

 この言葉に、ガリアは首を傾げた。

「川を渡るのか?」

「ああ、川を渡らないと西の谷にいけないんだ」

「西の谷? そこに行くのか? どっかで聞いたような気がするな……」

『此処じゃよ、此処』

「どこだよっ」

 いきなり聞こえた嗄れ声に、ガリアは反応してしまった。

「ん? 前にもあったよな……こんな事……道しるべの石だ」

『一緒にするでないわっ、ワシはあんなに堅物じゃないぞ』

「じゃア、なんなんだよ」

 ガリアは、グロウから下りると、辺りを見回して声の主を探した。シャンが、ガリアを見てクスクス笑いながら、ガリアの横に立って、一本の木を指さした。

「ガリア、それってきっと、迷いし者の道しるべの木だよ。ダルタが教えてくれた。この木がしゃべるのも珍しいんじゃないかな」

 シャンの指さした木は、太くてかなりの樹齢と見受けられた、その一番下に生えているガリアの顔の辺りにある枝は、ゆっくりと回っていた。その枝の脇には、西の谷はこちらと書いてあった。

『当たり前じゃっ、青き剣士でなければ話し掛けてはおらぬわ』

「はいはい、また、青き剣士かよ……俺の名前はガリアなんですけどねっ」

『その様な名は、必要なかろう。青き剣士で十分じゃっ。名を隠す者を守りし剣士の名じゃっ』

 シャンとガリアは、お互いを見つめた。

「名を隠す者を守りし剣士……」

 ガリアが、そう呟いた時、シャンが顔をしかめた。

「あっつっ」

 革帯を巻いた腕を握り締めるシャンの手をとり、ガリアは革帯を解いた。

「やっぱり、今度は紫の石だ……」

 金の輪に、二つ目の石、紫色が嵌っていた。

『ほーう、土の石じゃなっ土の精霊と契約したかっ』

 シャンが驚いて顔を上げた。

「契約? 何の事だよ」

『その石は、風の石、土の石、それぞれの精霊と契約を結ぶ者に与えられる。但し、契約できるのは名を隠す者のみじゃっ、お前さんの事じゃろうて』

 シャンもガリアも、呆然とその場に立ち尽くしていた。

「名を隠す者……それを守る青き剣士……」

 呟いたガリアの顔を、グロウがベロリと舐め上げた。







名を隠す者とそれを守る青の剣士。

それはまるで、初めから決められていたような気がした二人だった。


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