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8話:物語が終わった先で

 聖剣の光波によって,魔王が生み出した触手は切り刻まれた。 


「馬鹿なッッ!!こんなことがッッ!?」


 魔王の周囲の世界の色が暗くなっていき、再び闇色の触手が顕現する。驚愕の咆哮と共に、魔王は闇色の触手を振るう。


 僕は聖剣の模造品、刃も錆びて欠けてしまったそれを振るう。

 身体が忘れてくれなかった剣技を繰り出す。


 蒼の光波が煌めいて、闇を断ち切った。


「おのれいッッ!!」


 魔王は繰り返し、触手を振るうがそれを僕は全て避け、剣で迎撃する。危なげなくも一進一退の攻防を繰り広げる。 

 驚く事に僕は魔王と互角に戦えていた。


 それにはもちろん理由がある。


 この世界は僕の夢の世界。ここなら僕に不可能はない。

 だが、いままで此処には魔王が居座っていた。

 そのため僕は十全の力をこの夢の世界で振るうことができなかった。だが、いま聖剣の力のおかげで魔王の影響力が大きく減退している。


 勿論本来の聖剣と比べるべくもないこの劣化品では、魔王を夢の世界から撤退させることは叶わないが、それでも効果は十分だ。


 僕の身体は本来よりもずっと速く走り、本来よりもずっと強い膂力を発揮していた。

 これは僕の心が折れずに魔王と『戦う』と決心した結果だろう。



 魔王側にも僕を全力で叩き潰せないない理由がある。

 というのも奴の本体は勇者であるアリシアと決戦を繰り広げており、僕を叩き潰すために使える力の総量に限りがあるのだ。

 僕を取り込むのに全力を尽くした結果、僕を次代の魔王にする前に奴の本体が消滅してしまっては元も子もない。

 だから、奴の力の殆どはアリシアとの戦いに割かれており、残った僅かな魔力で僕の相手をしているのだろう。



 様々な幸運が重なって、僕は魔王と戦えている。


 その多くはアリシアのお陰だ。

 彼女の聖剣の欠片である翡翠の花が、この世界に咲かなければこの状況はあり得なかっただろう。


 女の子の手助けの結果、ようやくまともな勝負になっている事を恥ずかしく思わない訳じゃない。

 だけど、誰かの手助けがあるという事実が、魔王と僕とを分ける決定的要因になるんだ。


 僕は一人じゃない。アリシアと共に戦っている。

 意識が遠のく瞬間でも名前を呼びたい少女がいる。それに応えてくれる存在がいる。


「そうだッッ!!お前とは違う!!!」


 雄たけびと共に剣を振るう。

 振り下ろし、横なぎ、回転斬りと、様々な技法を凝らして触手を断ち斬る。



「いい加減に、諦めろ!!我が半身!!次なる器よォォ!!!」


 苛立つ魔王の叫びに呼応して、闇の触手がその数を増やす。


 その数は、2倍、3倍、4倍ーー10倍以上はある。

 恐らくこれが魔王の全力。



 それらが全て同時に僕めがけて飛来する。全てを避けることは不可能だろう。


 だから僕は覚悟を決めた。

 なるべく多くの触手を断ち切れるように、大振りに剣を振るう。


 さらに蒼の光波が剣の間合いを拡張させて触手の殆どを滅する事に成功する。

 しかし、全ての触手を切り裂くことは叶わなかった。


 隙の大きい大振りをした僕は、当然の触手に捕らえられる。 

 そして、万力のごとき強さで四肢を締めてくる。



「が、がぁああッッーー!!!??」


 僕は思わず悲鳴をあげる。魔王は勝利を確信し、笑みを浮かべる。


 だが、それでも諦めることはしない。

 そんな思いに呼応して聖剣もどきが輝き、僕を捕らえていた触手を滅する。数本程度の触手なら、聖剣が放つ光だけで切り裂くことができる。


 これで僕は自由だ。


 魔王側は全力の力を振るったせいで、大きな隙ができている。

 僕は、漆黒の大地を蹴り、魔王との距離を一気に詰める。


「なにィッッ!!?」

「く、ら、えぇぇええええーー!!!」


 そして僕は迷いなく剣を振り抜いた。


 光の柱が立ち上り、魔王を滅する。


 その瞬間。


 魔王と僕との距離が縮まった事により、僕と奴の繋がりが強くなる。

 僕の視界と、魔王の本体との視界が共有される。



『魔王…これで終わりですッッ!!』



 僕が夢の世界の魔王に会心の一撃を与えたことで、現実の魔王にも大きな隙ができたのだろう。

 アリシアが魔王に最後の一撃を加えるのを、魔王視点で見る。

 アリシアが剣を振り落ろすのと同時に、僕の視界は蒼の光で包まれた。



 そして、視界は元に戻る。


「がっ?!ガハァッッッッ?!!我の負け……、だと!?」


 魔王の身体は崩れかけていた。身体の端から塵となり、世界へ溶けていく。


 僕は、それを見つめていた。

 魔王の本体は完全に生命活動をやめたのだろう。夢の世界のこいつもあと僅かの命のはずだ。こいつの終わりは決定した。


 心臓が止まっても、脳が生きていれば人の意識はほんの数秒残るという。

 それと同じ。死ぬまでに残された、何かの間違いの執行猶予。


 手を伸ばせば届く距離。

 そこで魔王の身体は崩れ去ろうとしていた。

 だけど、その距離は果てしなく遠い。遠いはずだと自分に言い聞かせる。


「僕は魔王なんかには、ならない。真っ平ごめんだよ」


 決別の意思を持って僕は言う。

 確かにこいつは僕の理解者だったのかもしれない。僕の怒りを肯定してくる存在だったのかもしれない。


 だけど。


「僕はお前とは歩まない。…じゃあな、魔王」


 僕のそんな別れの言葉に魔王はーーーー。


「ははっ」


 苦笑で返し、やがて彼の全ては塵と消えた。


 それがこの世界の脅威、魔王の最期だった。

 世界を震撼させ、恐怖のどん底に突き落とした彼の最期はあまりにも静かだった。


 そして、この黒色の世界に静寂が訪れる。きっと僕がここを訪れることはもうないだろう。


 意識が遠のいていくのを感じる。



 目覚めの時が来たのだろうか。




 目が覚めると当然かもしれないがベットの上だった。


 朝日が眩しく思わず瞼を細める。

 その当たり前の事実に僕は心底安堵する。

 僕の身体は寝ている間に魔王の手下に捕らえられていて、起きると魔物達に囲まれているなんて可能性もあったからだ。



 見覚えのある簡素な部屋。

 だが、自分が住んでいる部屋でない。

 ここは王宮で働く者のためにつくられた仮眠室のひとつだった。

 いくつかのベットが並んでいるが、そのすべてが空だ。ここで休んでいたのは僕だけだったらしい。


 それを確認した僕は、思わず深いため息を吐く。


 目覚めたばかりだというのに精神の疲弊が凄まじい。何十年もの冒険を果たしてきた気分だ。


「魔王が死んだ、か」


 ぽつり、と僕は呟く。


 そこには共感も憐憫もない。

 淡々と事実を述べただけだ。あいつはあいつで僕は僕だ。


 あいつは化け物として一人で死んでいき、僕は人間として既存の社会の枠の中で死んでいく。

 そこに感傷なんて生まれるはずもない。



 あぁーーーーーー、そうだ。

 魔王は死んだ。




 これからこの世界も少しずつ元に戻っていくのだろう。



 魔王とその軍勢によって殺されたと人々の命が返ってくることは決してない。奴らの手によって幾つもの国が落ち、土地は荒れ果てた。世界の経済はガタガタで、食料の供給すらままならない。人々の心は深く沈んでいて、どこから手を付ければいいか分からない有様だ。


 だが、勇者によって確かに魔王は討ち取られた。

 傷跡は深くとも、世界はゆっくりと回復していくのだろう。


 その未来を幻視してーーーー。

 僕は見過ごすことのできない違和感を感じる。その異変は僕の身体の内側から生じていた。


 僕は右手を宙に掲げる。意識を集中させる。


 どうか気のせいであってほしい。

 そんな僕の願いをあざ笑うかのように僕の右の手のひらから、どろり、と黒色の何かが溢れだした。



 それは魔力。


 この世界の人間なら老若男女問わず当たり前にもっているもの。

 だけどこの手には本来なかったものだ。

 その魔力は泥の様に粘ついた質感を持ちながらも、僕の思い通りに右手から零れることはなく宙に漂っている。


 その色は黒。

 正確には影よりも更に黒い闇色。



 こんな魔力の持ち主は僕の知るかぎり一人しかいない。




 ーーーー魔王だ。


 魔王は死んだ。

 奴の意識は完全に消滅した。

 事実、僕は自分自身を僕だと自信をもって認識できている。


 だけど魔王の力。その源である魔力は僅かとはいえ、確かに僕に流れ込んできていたようだ。

 あの野郎。とんだ置き土産を残していきやがった。



「ははっっ」 



 口から乾いた笑いが漏れた。

 あれほど焦がれ続けた魔力が今僕の手の中にある。


 だけど、ちっとも嬉しくない。



 僕は考える。



 これからのことを。



 世界のこれから。

 アリシアのこれから。

 そしてーーーー僕のこれから。


 世界は救われた。


 勇者の手によって魔王は討たれ、やがて世界に平穏が訪れるだろう。


 これが物語ならばきっと今はエピローグ。

 復興していく世界の姿を観客たちに早回しで見せていくに違いない。



 だけど、僕の人生は物語じゃない。



 僕の人生は悲劇と呼ぶには滑稽で、喜劇と呼ぶには面白みがないだろう。


 ーーーー強いて言うなら悲恋劇。


 きっとこの恋は報われず、僕は一人死んでいくのだろう。


 勇者の英雄譚が終わっても僕の人生は続ていく。

 救われた世界の中、闇色の魔力を霧散させ、僕は一人部屋を後にした。

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