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7話:夢の続きを夢で見て

「なんだその目は?まさか我に抗おうというのか?」


 黒い触手に捉えられ、魔王の記憶と意識に塗りつぶされて、なすがままだった僕に変化が生じたことを感じ取ったのだろう。

 これといって特徴のない黒髪黒目の平凡そうな男、魔王は怪訝な顔をして言う。

 そこには僅かな苛立ちがあった。


 それも当然だろう。魔王の本体は勇者であるアリシアと最後の決戦を繰り広げており、今にも敗北しようとしているのだ。


 この一秒ごとにも魔王の身体はアリシアのもつ聖剣によって斬り刻まれ倒されようとしている。先ほど、魔王の視点でアリシアとの戦いを見ることができたが、勇者側の一方的な戦いだった。


 あの状況から魔王が逆転することは殆ど不可能と言って良いだろう。

 もはや魔王の本体の消滅は避けられない。


 だから魔王は自分の今の身体を捨てることを決意した。


 その方法が次代の魔王の器である僕の身体を乗っ取り、僕を次の魔王とするというものだ。


 いや、乗っ取るという言葉は正確ではないか。


 僕は歴代の魔王の歴史ともいうべき記憶を先ほど無理やり頭に流し込まれた。

 だからこそ僕は今、世界で最も魔王という存在に対して理解がある人間だろう。

 もちろん目の前の魔王本人を除いてだが。


 僕に流し込まれた魔王の記録は言っている。

 魔王の力と記憶は確かに次代の魔王に継承される。

 だが、記憶はあくまで記憶であり、魔王本人の意識が世代を渡って継承される訳ではないと。


 確かに、その記憶を受け継いだ時代の魔王がその記憶に感化されて、似たような振る舞いをすることはあるかもしれない。


 いや、するのだろう。

 きっと歴代の魔王たちも皆、その積み重なった世界への憎しみに共感し、狂い、そして魔王となっていったんだろう。なぜなら魔王はその世界に対して強い怒りをもった者から選ばれるから。


 当代の魔王、僕を捉えているこいつもそうなのだろう。

 よくよく思えば目の前のこの男の態度は妙だった。

 最初は見た目に通り軽薄そうに喋りかけてきて、次は老練な話術で僕は引き込もうとした。それが失敗しかけると、今度はとたんに焦りだした。



 態度に一貫性がない。



 まるで何人もの人間を相手にしているかのようだが、それが魔王を受け継ぐということなのだ。

 歴代の魔王の記憶に強く共感した結果、その影響を受けすぎて自己が揺らいでいるのだろう。


 きっと、僕も魔王の記憶と力を受け継ぐとそうなる。その確信がある。


 魔王の記憶を継承するとそれに感化される。連綿と受け継がれてきた魔王の意志を繋ぐ存在に変貌を遂げる。


 けれど、同時にそれは先代の魔王とは決して言うことのできない存在だろう。

 記憶はあくまで記憶であり、人格が残っていくわけではない。


 そう。つまり目の前の一見平凡な男ーー魔王の死は既に確定しているのだ。


 勇者に討たれれば、言うに及ばず。僕に記憶と力を受け継がせても本人の人格が継承される訳ではない。


 だというのに、魔王は僕を時代の魔王にしようとしている。


 それはそこまでするほど強い原動力ーー世界への怒りがこの男の過去にあったからか。

 それとも、歴代の魔王の記憶に共感した結果からか。


 それは分からない。



 分からないが。


「……分かる必要もない」

 僕は小さくつぶやく。


 僕は魔王にはならない。だから、魔王なんかの胸中を推し量る必要もない。

 だから、僕は敵意を込めてコイツを睨む。



「無駄だ!!!我が半身!!次なる器よ!!!君は我を拒むことなどできないッッ!!!」


 だが、現実は無常だ。僕がこの助けもこない真っ黒な夢の世界で、コイツに捉えられている事実は何も変わらない。

「君は我を受け入れて次代の魔王となる!!それは最初から決まっていたのだ!!!

無理やり力を受け継がせると 力の総量は大きく減るがこの際仕方がない。こんな手荒な真似はしたくなかったが、魔王を再びこの世に顕現させるためだッッ!!!」


魔王は言う。諦めろと。諦めて自分を受け入れるのだと。それこそが僕の運命なのだと。


「生憎、僕は運命とかいう言葉が嫌いでね」


 情報の奔流に侵されて、相変わらず脳には激痛が奔っている。触手が絡まった四肢は、ねじ切れそうなほど痛い。


 だが、僕は魔王には屈さない。

 目の前のコイツみたいな世界に悪意をばら撒くだけの装置には決してならない。


 僕が負ければアリシアの戦いに意味がなくなる。

 ただ、新たな魔王を生み出したという結果だけが残る。

 そして、世界がもう一度戦火に包まれる。



 いや、それだけじゃない。

 幼馴染の少年が魔王になったなんてことを知ったら彼女がどれだけ傷つくか。

 優しい彼女の事だから、下手をすれば僕が魔王になってしまったことさえ自分の責任だと思うかもしれない。『自分が魔王を討たなければアルフォンスが魔王になることはなかった』と。


 そんな未来は許すことができない。


 しかし、現実は無常だ。


 いくら決意を固めたところでそれで何かが変わるわけではない。闘志をいくら燃やしてもそれが力に変換される訳ではない。


 意志の力は世界には決して勝らない。僕はそれをよく知っている。

 いくら願っても焦がれても、僕に魔力は宿らなかった。魔法の使えない無能者。それが僕の運命だった。


 やがて、僕の意識は闇の中に堕ちていく。

 負けるものか、負けるものか、と意志だけは折れないが、それが一体何になろうか。

 必死に抗い続けても魔王の圧倒的な力の前には雀の涙にも等しい。



 混濁していく意識の中、もがきながらも僕は叫ぶ。


 ーーーーアリ、シアッッッ!!ーーーー







 心の中で愛しい少女の名前を叫ぶ。

 どうかこの痛みを乗り切る強さを僕に下さい。どうか僕にコイツに立ち向かう勇気を下さい。


 その祈りが世界に届いたのか。


 ーーーアルッッ!!!!-----


 僕の名前を呼ぶ、少女の声が確かに聞こえた。


 瞬間、僕の足元に咲いていた翡翠色の花が光に包まれた。

 それは彼女のもつ聖剣と同じ、全てを受け入れる海のような深い蒼。

 熱のない、光もないこの闇の世界に一筋の暖かい光が差した。



「なんだ!?なんだ、なんだ、なんだなんだなんだこれはーーーーッッ!!??」


 これは魔王にも流石に予想外だったようだ。

 僕も状況が飲み込めずに困惑していると、翡翠色の花が一層強く輝き、僕を絡めとっていた黒い触手を断ち切った。魔王の力によって形作られていた、万力の如き力を持つ触手はまるでバターの様に花から放たれた蒼色の光のよって切断される。


 四肢を締め上げていて触手から解放され、身体が自由になるのを感じる。 

 そして、脳を冒していた情報の奔流もなくなっていた。


「これは君の仕業か?いや、この力はまさか……!!!」


 魔王は僕を睨み、続いて何かに気づいたかのような表情をつくった。


「アリ、シア……?」


 アリシアに気配が確かに翡翠の花からしていた。



 そうだ。

 この花はいつからあった?



 確か僕が魔王の闇色の触手に絡め捕られ、歴代の魔王の記憶を流し込まれた時からだ。激痛に悶える中、足元を見るとこの花が咲いていた。


 僕と魔王との繋がりが深まった瞬間から、この花はこの世界に咲き始めた。


 僕は理解する。

 この花はアリシアの勇者としての力、聖剣の力の欠片が形をとったものだ。


 僕が魔王との繋がりが深まった時、魔王の本体はアリシアが振るう聖剣に斬られていた。

 つまり、魔王の身体にはアリシアの勇者としての力、聖剣の力が刻み込まれたのだ。


 そして、その力は逆流し、魔王と深いつながりがある僕の夢の世界に花として形作られたのだろう。


 僕の足元に咲く翡翠色の花弁の花は爛々と暖かい光を放ちづつける。

 その光はやがて拳大の球状となり、ふわりと、僕の胸元まで浮き上がった。


「おのれいッッッッ!!!」



 魔王は再び闇色の触手を作り出し、僕を絡めとろうとする。


 不安はなかった。彼女が使えと言った気がした。

 僕は迷いなく、眼前の光の球に手を伸ばす。


 ここは僕の作り出した夢の世界。

 本当の主は僕だ。



 ならば、本来この世界は僕の思うがままにできるはずだ。

 不可能はないはずだ。


 僕が『できる』と思えば必ず此処では可能になる。


 確信と共に、引き抜かれたのは聖なる剣。



 ーーーーーその写し身。

 本物とは似ても似つかない錆びれた剣だった。




 本物の聖剣が纏っていた蒼の魔力は殆ど見られず、刃も零れている。オリジナルから大きく劣化していたのは誰の目にも明らかだった。


 思わず、自嘲が零れた。

 そりゃそうだ。夢という特異な空間だとしても、自分如きが聖剣を扱えるわけがない。


 魔王が放った闇色の触手はそんな僕の内心も関係なしに迫ってくる。

 それに対して僕は剣を振るう。


 すると、蒼き光波が咲き乱れて闇色の触手を細切れに変えた。大きく劣化し、その力の殆どを喪失してしても聖剣は聖剣だ。


 僕は安堵し、聖剣の模造品を構え魔王を見る。


 ふと、思った。



 これはまるで騎士のようだと。



 僕の身体は半ば自動的に魔王の攻撃を迎撃し、反撃に備えて構えをとった。

 それはかつて、必死になって体に染み込ませた騎士の剣技の残滓だった。




 幼い頃、僕は騎士になりたかった。アリシアが挫折した夢を僕が叶えてみせたかった。しかしそれは叶わなかった。


 そして、夢なんて言葉が嫌いになった。


 夢に焦がれれば焦がれるほど、どうしようもない現実が僕を追い詰めていく。

 こっち現実を見ろ、こっち現実を見ろ。この無能者め。そう誰かに言われているような気がした。


 夢は叶ってしまえば夢ではなくなる。だから叶えられないくらいの無謀な夢で丁度良いんだよ、と。

 そう、騎士であった僕の祖父は言った。彼は一体どういう心境で僕にこの言葉を送ったのだろうか。


 叶うことのない夢なんて、夢じゃない。だけど、決して叶えられない夢ほど残酷なことはないと僕は思う。


 だから、僕は夢が嫌いだった。



 あぁ、だけど。

 だけど、僕の身体はまだ夢を見たがっていたらしい。


 だったら、この一瞬だけは夢の続きを見るのも悪くない。


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