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5話:漆黒の夢の中で

 眠りの質は良くない方だ。

 心から満足する睡眠をとれたことは生まれてから一度もない。

 夢から覚めるたび、自分の頭には何か大事なことを忘れてしまったような言いようのない感覚がこびりつく。


 だが、きっとそれも今日までだろう。

 なんとなく僕はそう確信した。


 この十数年の夢の結末がきっと今日訪れるのだろう。


「----どうもこんにちは。…いや。こんばんは、かな?」


 そいつはまるで十年来の幼馴染のような気安さで僕に声をかけてきた。

 僕はそれを無視して周りを見渡す。



 そこは一面が暗闇に覆われた不気味な空間だった。

 凹凸のない平坦な床が不気味なほど混ざりけのない漆黒に塗りたくられていて、空も同じような黒色だった。


 そのせいで地平線と空の境界は酷く曖昧だ。

 床は大理石の様にツルツルとしているのにどいうわけか一切の光沢がない。そもそも、ここには一つたり とも光源がないため、光の反射のしようがないのだろう。


 だというのに僕は特に苦も無くこの世界の地平線まで見ることができた。


 ーーーそう、ここはまるで昼間の様に明るい。

 と、同時にここには黒以外の一切の色相が許されていなかった。


 明るいのに暗い、そんな矛盾を孕んだ馬鹿げた空間。

 ここに1人で放り込まれたら、恐らく3日と言わず1日で人は狂うだろう。


 ……自分の夢ながら狂っている。


 そう、ここは僕の夢。

 今現実の自分は眠っていてこの夢を見ている。

 そんな確信を僕は抱いた。


 自分が夢を見ていることを自覚してみる夢を確かに明晰夢と言ったか。いつか知人から聞いた雑学を思い出す。自分が体験することになるとは思わなかったが。


 ふと、自分は眠る前は何をしていたかを疑問に思う。


 記憶を探ると、避難民の居住施設に関する予算の資料を確認していた気がする。アリシアが王都から出立し、各地で魔物を討伐するようになってから被害は大きく減るようになった。とは言えそれまでに王都に逃げてきた避難民の数は相当だ。彼らの為にやらなければいけないことは山ほどある。



 …アリシアが出立?彼女はいつ王都からいなくなったんだ?

 ………駄目だ。記憶が曖昧だ。



 顎に手を当てて考え込み、暗闇の空間で1人唸る。



 逃避目当てでそんなことを考えていると非難めいた言葉が飛んできた。



「おいおい。無視はいけないな無視は。いくら我々が言葉すらも必要のない親密な関係だからと言って会話を軽んじるのは良くない。なぁ、我が半身。次なる器よ?」



 ここにいる自分以外のもう一人の住人は僕を見ながらすねたように顔をしかめる。


「おーーい。おーーーい。どうした我が器?何か怒っているのか?だったら謝るからどうか許してくれないか?我と君の仲だろう?」」


 僕は観念して口を開く。そいつを見る。


 何の変哲もない優男だった。年齢は20の半ばくらいか。

 僕と同じ黒髪黒目で、そのことがどうしようもなく癪に触った。



「お前が魔王?」


「いかにも。良く分かったな。流石だよ我が半身。次なる器よ」


 あっかからんとそいつは言った。


「お前のせいで僕はアリシアとのデートを邪魔されたわけか」


「ははっ。それについては申し訳なく思う。しかし、仕方がないだろう。勇者と接触すれば貴様の体の中に眠る我の因子がざわつくのは道理だ」


「僕は……」


「そう。君が次の我になる。……世界に仇なす変革者に。新たな秩序を築く世界の開拓者に」



 そう。

 

 僕こそが魔王。

 正確には魔王の魂を宿す次の器。



 目の前のこいつが勇者に討たれるか寿命で死ぬかすれば、僕が奴の力と意識を受け継ぐわけだ。


「……魔王が何度も蘇る訳だ。こんな寄生虫みたいな屑だったなんてな」


「ひどい言い草だなぁ。寄生虫か。我は世界の救世主のつもりなんだが」


「破壊者だろう?」


「それは見方の問題にすぎんよ。創るも壊すも本質は同じだ。……我が次なる器よ。君は既に魔王として目覚め始めている。さぁ共に不完全な神の創ったこの世界を破壊しよう」


 そいつは大仰に手を広げて期待の詰まった目で僕を見つめる。

 僕がその申し出を断ることなんて考えていないのだろうか。


「同意すると思っているのか…?」


「我と会うたびに感じていた嫌悪と共感の正体に君は既に気づき始めているはずだろう?」


「なんだ?僕は実はこの世界を壊したくて壊したくて堪らなかったてことか?」


「あぁそうさ。君はこの世界が憎くて憎くてたまらない。我は分かるさ」


「……………」


「我は知っている。君が魔力を持たぬ無能力者だとわかった日、家族が君をどう扱ったか。君の世界がどれほど変化したか」

 


 僕は7歳の時魔力を持っていないことが明らかになった。その事実によって僕の周りの世界はひどく変わった。ひどく、残酷になった。


 父は僕を見るたびに溜息を吐いた。

 兄弟は明らかに僕を馬鹿にし始めた。

 母には僕はちゃんと産んであげられなかったことを謝られた。

 友人達は掌を返して僕から去っていった。



「そうだ。許せるか?この世界を?」


 ………許せる?

 許せるわけがないだろう!!


 

 僕は忘れない。

 思わず唇を舌でなめる。そこは雑巾の味を知っている。

 夢の中だというのに背筋が汗で湿る。そこには魔法の練習台となったせいで負った傷が今でも確かに残っている。


「そうだとも。器の答えは決まっているはずだ。さぁ、我を受け入れよ」


 僕はきっとこの世界はあまり好きじゃないんだろう。地平線の先まで真っ黒な光さえもない不毛の大地。この夢の世界こそがきっと僕から見てる世界なのだと理解する。


 だけど。

 それでも。



「断る」


「……ふむ、何故?」


「分かっているだろう?僕がアリシアの非になるような真似をすると思うか?」


 そう。結局はそこなのだ。


 父は僕を見るたびに溜息を吐いた。

 兄弟は明らかに僕を馬鹿にし始めた。

 母には僕はちゃんと産んであげられなかったことを謝られた。

 友人達は掌を返して僕から去っていった。


 それでも、アリシアは僕の側にいてくれた。


 それで十分。


 光さえも差さない真っ黒な世界にも花はあった。

 一輪だけの小さな花かもしれないけれど、確かに花はあったのだ。


「成程。君の彼の勇者への想いは知っている。我は君をずっと前から見ていた故。だがな、我が器よ」


 それでも魔王は言う。


「貴様は今のままで彼の勇者と結ばれると本気で信じているのか」


 どうしようもない真っ黒な現実を僕にたたきつける。


「仮に彼の勇者が我を打ち取ったとしよう。そして壮健なまま王都に戻ったと。だが、その後彼の勇者を待っているのは王族との婚姻であろう」


 僕は何も言えない。

 何も返せない。



「魔王を討ち果たした英雄を王族がそのまま野放しにするわけは無かろう。それはあらゆる意味において危険が大きすぎる。現実から目を逸らすなよ我が半身。奴と君では住む世界が違うのだ」



 そいつは言う。

 蛇のように悪辣に僕を諭す。



「だが、魔王ならばそれは違う。魔王は勇者の敵対者。逆に言えば唯一の対等なる存在と言って良いだろう。そうだ。我を受け入れよ。何度でもいう。それこそが君の愛する少女と君が共にいられるただ一つの存在ではないのかね?」


 それは最低で、同時になんとも甘美な誘いだった。



 その言葉に対して僕はーーーー。


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