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3話:王都見物

「うーーん、やはり活気が違いますねぇ!!」



 興奮を隠しきれないようにアリシアが言う。



 アリシアが作った朝食を食べた僕たちは彼女の要望通り、王都を見物して回ることとなった。


 まず王都で最も活気が溢れるというメインストリートへ向かう。

 王宮から外へ通じる正門まで一直線に延びた王都の流通の中心だ。


 眼前には巨大な馬車が数十台は並んで通れるのではないかと思うほどの幅がある石畳の舗装路がどこまでも続いている。


 道の端には露天商が所狭しと並んで通行に対して威勢よく声をかけている。

 その奥には石でできた王国風の建物が店を構えている。

 思わず目を回してしまいそうなほど人が多く、物が溢れていた。




「これでも平時に比べれば人通りがかなり少ないくらいだよ。いつもはこの1.5倍は人がいる」


「本当ですか?さっすが王都!!!」


 とは言ったものの、ほんの数日前までこのメインストリートであっても人々の姿はまばらだった。



 勇者復活のおかげでここまで活気が回復したのだ。


 アリシアが王宮に呼ばれて3日、聖剣に選ばれし勇者がついに見つかったという王宮からの正式な発表はまだない。


 一般市民に対する勇者の発見の報せはインパクトを重視して電撃的かつ派手に行われる予定だった。



 しかし情報というのは必ずどこからか漏れるものだ。



 すでに一般市民たちの間でもその勇者発見の事実は、驚くほどの勢いで広まっていた。やはり、希望を抱けるような明るい朗報にみんな飢えていたのだろう。王都の住民たちの間では、勇者についての話でもちきりだった。



「うわあ、人が多すぎてくらくらします………。田舎民には少しきついですねぇ………」


 アリシアは人酔いでもしたのか目を回して呻く。


「それが、目的の一つだしね」


 正門から入った者はまずその巨大なメインストリートと、その先に見える王宮に圧倒されることになる。

 王都は国の中心ということもあって、他国の使者や観光客が大勢やってくる。

 そういった外から訪れた人々に王都の建築力の高さや物流がいかに発展しているのかをアピールし、ひいては王国の偉大さを知らしめるのだ。




 また、軍の凱旋やパレードにも使われるため、いわばこの道は王都の顔といっていいだろう。


 メインストリートにいけば大概何でも揃うため住民からも好評だったりする。


 ただ、ここ最近は「もし魔物が王都に侵入したらメインストリートを通ってそのまま王宮まで一直線なんじゃないか……?」と訝しむ者が現れ、その構造の欠陥が指摘され始めているが……。



「あと、これでも僕は領主の息子なんだから故郷を田舎とか言わないで。父上だって発展させようと必死なんだから」


「す、すいません」


 別に僕らの生まれ故郷が特に田舎なわけではない。

 王都の街並みが発展しすぎているだけだ。




「こんなに店があるとどこに行けばいいか、逆に分からなくなってしまいますね」


 確かに。僕も王都に来たばかりの頃は圧倒されていた。


「そうだね。じゃあ、とりあえず僕のおすすめの店に案内するよ。アリシアが気になる店があったらその都度中をのぞいてみるって感じで」


「えぇ、そうして貰えるとありがたいです」


 アリシアはなれない人込みで少し疲れているようだから、なるべく客の少ない静かな店がいいだろう。

 尚且つアリシアが喜びそうな店か・・・。

 だったらあの店がいいだろう。

 確かここからそう遠くはなかったはずだ。


 少し歩き目当ての店に到着する。 

 それはメインストリートから小道にそれた、賑やかな喧騒からは離れた場所にあった。


 古びた木製のドアを開け中に入る。幸い客は僕たちしかいないようだ。

 ………少々店の経営が心配になってくるな。


「ここは!?」


 アリシアの声が震えている。喜色と興奮を隠し切れない、といった様子だ。

 ここが何を取り扱っている店か気づいたらしい。


「ここの店主は君と同じくらい英雄譚に熱心でね。そういう類の本ばかり入荷するんだ」



 僕はとりあえず、本屋にアリシアを案内した。


 しかしただの本屋ではない。店主の趣味により英雄譚を限定して取り扱っている本屋だ。

 ここには英雄譚以外の本は一切置いていない。英雄譚好きの店主が英雄譚好きの客のために始めた英雄譚的な商売だ。店主が取りそろえた古今東西の勇者の物語ががここにはある。




 ーーーーおかげで、あまり繁盛してないらしいが。



「素晴らしいです!!」


 アリシアが目を輝かせて言う。彼女にとって、やはりここはたまらない場所らしい。

 人酔いの気持ち悪さなんて忘れてしまったようだ。


「あっ、ごめんアリシア。ちょっと一人で寄りたいところがあるんだ。すぐ帰ってくるから店の中で待って」

「わかりました!」


 僕の言葉にも食い気味に返事してくる。僕は幸福の只中にいるアリシアを置いて、向かいの店に用事を済ませに行った。




「おっ。お帰り、坊主」


 目的の物を買って、再び本屋に戻ると店主が話しかけてきた。


 いかつい風貌の茶髪の男だ。正直本屋の店主よりも、王都の衛兵かスラムのゴロツキを束ねるボスをしていた方が遥かに似合っている。


 僕はこの店の常連で、店主とは偶に世間話をする仲だ。


「坊主って。もう、子ども扱いされるような歳でもないですよ」


 立派に宮仕えしている。


「ははっっ!!そうだったな。すまねぇ、すまねぇ。にしても早いもんだ。あのチビで根暗そうなガキがこんなに大きくなるんてなぁ」


 豪快に店主は笑う。

 その様子に僕が顔をしかめていると、彼は急に声を落として小声で話しかけてきた。口元に浮かべたニヤニヤ笑いが妙に気にかかる。


 一体なんだろうか。


「あの中々見どころがありそうなは娘あれかい?坊主の恋人か、なんかかい?」


 よりにもよってそのことか。


「違いますよ幼馴染ですよ、幼馴染」


 僕はただ淡々と事実を伝える。


「本当かぁ?」


 だが、尚も店主は訝しげな顔をして、食い下がってくる。正直面倒くさい。


「本当ですよ」


「いいや違うね。俺の勘がそう言っている!!」


「しつこいですね、あなた!?」


「いいや。間違いない。あの幼馴染と坊主との間には甘酸っぱくもどかしい青春ラブロマンスが繰り広げられているはずだ。!!なぜなら坊主からは昔の俺と同じ匂いがする!!」


 店主は推論に妄想を重ねた末に、突然自らの過去を暴露し始めた。


「おっと、すまねぇ、すまねぇ!!」


 そこで彼は声を落とし真剣な様子で語り始める。


「だけどよ坊主。男と女の幼馴染ってのは兄弟みたいな関係が普通だと思ってるだろ。あぁ、俺もそうだった。それで失敗した。坊主にはそんな失敗をさせたくねぇのよ」


 聞いてもないのに店主は自分の経験を交えてアドバイスしてきた。


「そう、胡坐をかいていたんだなぁ。あの関係に。俺たちの絆は変わらないと思ってた。だけど違うんだよ坊主。そう、違うんだよ」


 店主は目を細めながら、過去の輝かしき青春に思いを馳せる。

 そして僕の肩を掴み真摯な眼差しで語りかけてくる。


「だからこそ、そこから一歩進めるには……」


 よく見れば店主の目には涙があった。

 その涙は、すでに失われてしまった自らの青春に対してか。

 それとも、過去の自分と同じ失敗をしようとする目の前の少年に対してか。


 どちらでも自分には至極どうでもよかった。



「アルーーーー!!!!!」

「なんだい!?」


 幼馴染が呼んでいたので、声の方へ歩き出す。


「待てっっ!!!坊主!!!坊主ううううう~~~!!!」


 店主が何か必死な様子で僕を呼んでいた気がするが、あえて無視した。




「店主さんと何か話し込んでいたのですか?」


「いいや、なんでもないよ」


「そうですか。ところでこれ、見て下さい!!これ!!小さい頃私の屋敷にあった本です。紅茶をこぼしてダメになったやつ!!」


 アリシアは一冊の本を僕に見せてくる。『木こりのフェルトの冒険』。山で育った木こりの青年がひょんなことから村を脅かす悪い怪物を懲らしめる物語だ。


 決して厚くはない。子供向けの手軽に読める分量だ。



「あぁ……。懐かしいなぁ」


 そう、確かこの本は。



「僕が初めてアリシアの屋敷に遊びに来た時、一緒に読んだ本・・・だよね」


「覚えていてくれましたか」


 嬉しそうにアリシアがはにかむ。そりゃもちろん。


 僕とアリシアが出会って10年か。

 この年月で、変わってしまったものも沢山あるし、変わらなかったものも当然ある。


 僕と彼女の関係はどうなのだろうか。


 物思いに耽りながら本棚をぼうっとみつめていると、ふと一冊の気になる本を見つけた。


「あ…………」


「どうしました?」


「いや。これがさ……」


 僕は一冊の本を本棚から取り出す。それは決して珍しい物語ではない。

 むしろ様々な形にアレンジされて世界中で読まれているポピュラーなお話だ。



「『勇者リオンの物語』ですね。私の愛読書です」


 ーーーー『私はこの本のような騎士になりたいのですよ』


 それはかつてそう言いながら、彼女が僕に差し出した本。


 それはとある勇者の物語だ。聖なる剣に選ばれた若い騎士が魔王を倒す旅に出る、どこにでもあるありふれた物語。

 だけど、彼女はその主人公に憧れるといった。



 「うん。まるで今の君みたいだと思って」


 僕は知っている。アリシアがくだらな理由で騎士への道が閉ざされた後も、剣と魔法の鍛錬をやめなかったことを。


 そして、彼女は夢を叶えた。物語のように聖剣に選ばれし勇者となって、これ以上ない完璧な形で。


 文献によれば、聖剣は持ち手にふさわしい人間を選ぶらしい。僕は心からその通りだと思う。

 決して現実に屈さなかった彼女は、きっと誰よりも聖剣にふさわしい。




「ふふっ、確かに。この本の主人公も自分が勇者に選ばれるなんて露ほども考えていませんでしたね」


「ですが、私はこの本の英雄ほど立派ではありませんよ」


 だが、彼女は僕のそんな内心の考えを否定した。


「そうなの?」


 とてもそうは思えない。


「どうもあなたは、昔から私を過大評価しすぎるきらいがありますねぇ。私はみみっちい人間ですよ?」

 そう言いながらアリシアは笑った。



 何冊かの本を買い、店を後にする。


「後悔しないように頑張れよ、坊主!!いいか、おさな」


 店主が魂を込めて僕に何か伝えたがっていたようだが、僕はそれを聞き終わる前に店を後にした。







「さて、次はどこに行きましょうかっっ!!」



 メインストリートに出たアリシアが元気よく尋ねてくる。王都のごった返したような人込みにも慣れたようで、人酔いする心配ももうなさそうだ。良かった。


「そうだね。次は服でも見て回ろうか」


「良いですね!!!王都といえば流行の中心地!!楽しみです!!」


「よし、じゃあ、さっそく」







『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■』




 声が聞こえた。それは僕を呼んでいた。




『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■』



 声が聞こえた。それは僕の中から呼んでいた。


 そうだ。なぜ忘れていたんだろう。僕は・・・・・・・。()は・・・・・・・・。













「アル?」


「……………………アリシア?」


 気づけばアリシアが心配そうな表情を浮かべて僕をのぞき込んでいた。


「大丈夫ですか?アル?。さっきから返事が……。体調が悪いなら何処かで休憩でも取りますか?」



 手のひらを自分の顔に当てると、驚くほど冷たかった。

 アリシアの様子では顔色もあまり良くないのだろう。

 おかしいな。僕も人酔いしたのだろうか。


 だが、別に気持ち悪くもないし気怠さも感じない。

 体調は自分では悪いとは思えない。


「……いや、大丈夫だよ。問題ない」


「そう……ですか」


 問題ない、はず。


 まだ不安そうな表情をするアリシアに対し、努めて笑顔で話しかける。


「よし、行こうか」



「はいっっ!」


 服を見に行った後はどうしようか。確か近くに美味しい南方料理を出す店があったはず。


 この後の計画を僕は嬉々として練る。アリシアと一緒のお出かけだ。楽しくないはずがない。


 こうして僕らの王都見物は日が暮れるまで続いた。


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