表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/13

10話:アリシア②

 人は言う。私の事を勇者だと。恐れを知らない勇者だと。

 貴女が選ばれたのは必然。

 周りに理解されずとも夢を追い続けた私の姿勢。それを見ていた神が貴方に勇者の力を授けたのだと。



 それは違う。

 私はただ単に運が良かっただけ。


 神様が投げたダーツの矢が何かの間違いで私に刺さってしまったのだろう。

 私以上に勇者が相応しい人はたくさんいる。


 例えば、魔王討伐の旅に同行してくれた聖女さん、騎士の方々、旅の途中で私達に合流した義賊の盗賊さん。旅の途中で立ち寄った村の村長さんに、砦の将軍。魔物によって壊滅的な被害を受け、国の存続すら危うくなってしまった北の国の王様。


 どの人々も私よりずっと素晴らしい人間性を持っていた。そして何よりアルフォンス。


 彼が戦っているから私はここまでこれた。

 自分だけが、不貞腐れ諦めるわけにはいかないと思った。

 そんなちっぽけな理由で此処まで歩き続けて来た。


 恋した少年に追いつきたかっただけ。


 それがアリシアと言う名の少女の真実。


 そして私が勇者として戦う理由もシンプルだ。

 本当は逃げ出したかった。魔物と戦うのも魔王に挑むのも、身体が震えるほど怖かった。

 恐れを知らない勇者とは程遠い。

 だけど、私は戦う事を選んだ。


 それは、世界を守りたかったからでも勇者な使命に殉じようもしたからでもない。



 もっと小さくて、俗な理由。


 アルを死なせたくない。


 ただそれだけ。彼が死ぬことは自分の命を失うことよりも怖かった。

 その事を、私は王都で彼と再会した時に知った。

 久々に会ったアルは記憶よりもずっと背が伸びていて、記憶と同じ暖かさだった。


 彼の仕草をつい目で追ってしまう。ばれていないか心配だった。もしかしたらあれが噂に聞く男女間のデートだったのだろうか。だとすると、とてもうれしい。


 一日だけの短い時間。人生最高のあの日をもう一度経験したくて、私を魔王が座す北の果てを目指す。








 魔王の元への旅は過酷を極めた。

 流石の勇者といえども、たった一人で魔王討伐を完遂できるわけもない。


 勇者の証が手の甲に現れてから、私の膂力と魔力は以前と比べ物にならないほど上昇した。

 鞘から引き抜かれた聖剣が纏う碧色の光波は魔物の表皮を難なく切り裂く。


 例え金剛石より硬いと言われる、ドラゴンの鱗であったとしても、今の私の筋力と聖剣の切れ味にかかれば、熱したナイフでバターを切るように斬り裂ける。


 おそらく単純な戦闘能力で私より上の人間は存在しないと断言できるだろう。


 しかし、それはあくまで単純な武力に限った話だ。

 私は集団戦の指揮なんて素人に毛が生えた程度だし、各地の腹黒い貴族と交渉できるような舌も持っていない。野宿や野営の知識もない。


 だから、私の旅をサポートする役として、回復の魔法に長けた教会の聖女や様々な知識を持った歴戦の騎士が同行することとなった。途中で、義賊的な活躍をしていた盗賊も加わった。また、メンタル的な面でも私は彼らに大きく助けられた。


 私は一人でに魔王討伐に向かっていれば、精神的な面で大きな負荷がかかっていたと思う。



 1年間大陸を北上しながら魔王をめざす。

 途中寄った地が魔物に襲われていたら、なるべく助ける。


 しかし、立ち寄った全ての街と砦を救う事はできなかった。

 ある砦は私達が近くまで来た時は、既に魔物の大群に迫られており、陥落する寸前だった。


 私達はその戦いに加勢するかどうかの選択に迫れ、最終的にその攻防を囮として魔王の住まう北の大地に踏み込むことに決めた。


 つまりは見捨てたのだ。

 当時、私は聖剣の力を完全に引き出しているとは言いがたく、そのまま助けに向かっていれば砦とそこで戦っていた騎士達と運命を共にしていただろう。私達は私達には何よりも優先すべき、大事な使命があるからだ。



 しかし、それでも救いたかった。

 魔王の支配する北の大地に到着してからは、心休まる暇が殆どなかった。


 いつ何処から、魔物が襲ってくるかわからなかったからだ。


 魔物達が我が物顔で闊歩する世界。悪夢以外のなにものではない。其処で魔物こそが地上の支配者で私達こそが異物に他ならなかった。


 この地についてから、最初は10人いた旅の仲間が5人になった。みんな魔物にやられたのだ。


 魔物から隠れながら、ひたすら魔王を目指した進む。私にはどういう訳か魔王の位置が分かった。恐らく腰に下げた聖剣が教えてくれているのだろう。




 やがて私達を待っていたのは不毛の大地に不釣り合いな程、絢爛豪華な巨大な城。

 其処こそが魔王の本拠地だった。


 魔物が蔓延る城内を突き進む。中にいたのは数えきれぬほどの強大な魔物達。それらを退け、大きな扉を開けると、その先に魔王がいた。


 北の果てで魔物を生み出し続けていた存在は、以外にも人の形をしていた。


 それどころか平凡な顔つきといっていいだろう。

 きっと街中ですれ違っても誰も振り向かない、そんな容姿。美醜のどちらにも振り切っていない、平均的な顔つきだった。


 強いていうなら、何処かで見たような黒髪と黒眼がこの大陸では珍しいだろうか。


 しかし、見た目はパッとしない一般人でもその実力は魔王と呼ぶにふさわしいものだった。


 彼があやつる漆黒の魔力。闇色と呼ぶにふさわしい暗黒のチカラは、自在に形を変え私たちを追い詰める。ある時は、万物を焼き尽くす炎に、ある時は時の流れさえ止めてしまいそうな絶対零度の氷結へ、またある時は剣へ、時には生物にすら形を変え私達を翻弄する。



 そして、こちらの攻撃は魔王を覆う、闇色の魔力に阻まれて全く効果がない。


 対抗できるのは、聖剣を持つ私だけ。

 聖剣が纏う光だけが、魔王を護る闇の魔力を貫き、攻撃を与えることができた。


 怖かったし、恐ろしかった。


 だけど、逃げる選択肢はなかった。

 死ぬことよりもわたしには恐ろしいことがあったから。


 彼が憧れた私はきっと、ここで逃げ出すような少女じゃないから。


 だから私は一歩を踏み出す。仲間達の援護の元、魔王を両断しようとする。


 魔王に聖剣の攻撃を数撃ほど与えて以降、私は奇妙な錯覚を感じた。

 懐かしい気配が身近にあるような気がした。


 これを誰かに話すときっと笑われるだろう。

 だけど確かに、魔王を戦っていたその瞬間、私はアルが直ぐ側にいるような気がしたのだ。



 彼も一緒に戦ってくれている。

 私は一人じゃない。

 錯覚でも妄想でもなんでも良い。その事実が私に一歩踏み出す勇気をくれる。


 一進一退の魔王との攻防総合的にはこちらが有利で勝利の天秤は今は私の方へ振り切っている。

 だけどそれは余りに軽い天秤だ。魔王が私に一撃でも重い攻撃を食らわせれば、簡単にその天秤は魔王の方向へ戻るだろう。


 緊張が高まり、1秒が何時間にも引き延ばされる錯覚に私は苛まれる。


 油断どころか瞬きすらも許されない。

 無限に続くかとも思われた闘争。

 それにも終わりが訪れる。


 魔王の身体に何が起こったのか、一瞬の動きが止まる。

 それは千載一遇のチャンスだった。

 その隙を私は見逃さない。


「魔王………これで終わりですッッ!!」


 聖剣を叩き込む。

 魔王は遂に討たれた。

 その死とともに、魔王が生み出し、世界に散らばった魔物の多くが塵となって世界に溶けた。

残った魔物達や、元々この世界で独自に生態系を築いていた魔物もその力を大きく削がれる。


 世界が受けた傷は計り知れない。

 数えきれない人々が魔物に殺され、食料は足りず、経済は大きな打撃を受けた。

 だけど、それもこれからゆっくりと回復していくのだろう。



 それをアルと共に見ていきたいと思った。

 北の大地から王都に帰る道すがら。

 私は遂に決心する。それはある意味において、魔王の討伐よりも大事な使命。一世一代の決戦だ。


 アルに告白しようと思った。

 怖い。嫌われていない自信はある。しかし自分は女性として好かれているのだろうか。

 だけど、私は勇者だ。本当は大したことにない人間だけど、彼がそう思うなら勇ましくいこう。



 長い長いの旅を終えて私はようやく王都に帰ってくる。王都を練り歩き凱旋する。国中の人々が私たちを祝ってくれる。


 だけど、そこに一番いてほしい人はいない。

 期待と不安に胸を膨らませた私を待っていたのは、アルが王都から消えたと言う報せだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ