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五十の短編集  作者: rainy
1/1

「あ」いす

どろり、と溶けたアイスが、指を伝い、落ちる。ぽたり、とコンクリートに甘いシミを作る。

うだるような暑さ。こんな日は、僕はあの日を思い出す。弟を()()()()あの日を。


あの暑い日、僕と弟は、ばあちゃん家の裏の神社でかくれんぼをしていた。二人でかくれんぼなんて全く楽しくなかったが、ほかに遊ぶ相手などいない。仕方なく、弟の遊びに付き合ってやっていた。

弟がかくれても、兄である自分はすぐに見つけることができた。その日も、弟のつま先が草むらからはみ出ているのが見えていた。すぐに駆け寄って見つけてやることも可能だったが、すぐに見つかってはつまらないだろうと、僕はのんびり探すふりをしながら草むらに近づいていた。

汗がこめかみから、頬に伝っていく。弟のつま先を見ながら、僕は木陰に座り込んだ。風はそより、とも吹かず、座り込んでしまうと、じわじわと汗の不快さをより感じてしまった。弟のつま先は、もじもじと動いていた。

「もし」

ふ、と声をかけられた。振り返ると、きれいな着物を着たおばあさんが立っていた。

「ぼうや、すごい汗だね。」

はあ、とあいまいな返事を返す。知らない人と話しちゃダメだと母に言われていたが、考えるより先に声が出てしまっていた。

「よかったらアイスでも食べるかい?孫に買ったんだけど、遊びに行っちゃったらしくてねぇ」

おばあさんが、差し出したアイスは、僕の大好きな、ラムネ入りのソーダアイスだった。

「いいんですか?やったー!」

反射的にアイスを受け取る。普段なら警戒したはずが、おばあさんが優しそうだったこと、きれいな恰好をしていたこと、そして暑さで思考停止状態になっていたことで、すっかり警戒心が解けていた。

「いただきます」

ぱくり、とかぶりつく。口の中がひんやりする。ラムネの爽快感が、暑さとを忘れさせてくれる。

「おいしいかい?」

アイスに夢中になった僕は、おばあさんが言ったことをよく聞いていなかった。

「よかったよ。じゃあ、――――――――――」


食べ終わってから、しばらくアイスの余韻に浸っていた。よく食べているアイスも、暑い中で食べると格別にうまいということを知った。

そろそろ弟を探してやるかと立ち上がり、草むらに目をやるが、弟のつま先は見えなくなっていた。

別の場所にかくれたのだろうか?不審に思いながら草むらに近づき、覗き込んでみても、そこに弟はいなかった。

しばらく探し回ったものの、弟は一向に見つからない。かくれんぼがへたくそな弟が、こんなに見つからないわけがない。途方に暮れ、先ほどアイスを食べた木陰に座り込む。自分がほおったアイスの棒を眺めながら、そういえば、とおばあさんの言葉を思いだす。おばあさんはなんて言っていたっけ?アイスを夢中で食べている僕に向かって。そう、確か弟を――

『よかったよ。じゃあ、かわりに弟くんをもらうとするかね』


走ってばあちゃん家に駆けこんだ。

「ばあちゃん!○○がいなくなった!」

息を切らして訴える僕に、ばあちゃんは困った顔をしてみせた。

「○○って誰だい?」

心臓が止まるかと思った。靴を脱ぎ棄て、奥の和室に走った。そこには毎年正月に撮っている、親族の集合写真がたくさん飾ってあったからだ。今すぐに、その写真を確かめねばならないと思った。ふすまを乱暴にあけ、一番新しい写真立てを手に取る。


弟はいなかった。


写真を撮った時、弟は、左腕を僕の右腕を絡めて、僕の顔の前にピースを作っていた。はずなのに、写真の中、僕はただ一人、顔の横にピースを作っていた。どの写真をみても、弟なんていなかった。わけがわからなくなって、弟の名前を呼ぼうとして、そこで気が付いた。弟の名前が思い出せなくなっていた。

ばあちゃんが、廊下から、心配そうに僕を見ていた。



ふぅ、と息をつく。

あれから五年。高校生になった今も、弟の名前は思い出せない。周りの人間も、弟なんて最初からいなかったかのようにふるまっている。いや、彼らにとって、「弟」なんて最初からいなかったのだろう。

弟がきれいさっぱり消えてしまってからも、あの出来事が夢じゃないということは確信していた。

弟は確かに存在していた。なのに、自分も、もう弟の顔がよく思い出せなくなっていた。

もう忘れたい、と思う。忘れられるなら、忘れたい。

けれど、なぜだか、毎年こうしてコンビニの前で、ラムネのソーダアイスを食べながら、あの日を思い出してしまうのだ。

あの日ほどおいしく感じない、ソーダアイス。暑さに負け、ぼたりと落ちる。コンクリートにあった一点のシミは、大きなかたまりになった。主役の消えた棒切れをごみ箱に捨てると、塾へ向かう自転車にまたがった。



コンクリートに残されたシミの横には、どこからか、ぽたりと甘いシミが落ちた。

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