19話 拗ねる姫様
仕掛けの糸は細いので慎重にやり取りする。
何度も糸が切れそうになりながらも、少しづつ上に上がってきている。
そしてその姿があらわになる...メバルだ。しかも大きい。
網は持っていないので、階段状になっていて降りられる場所まで誘導する。
数回潜り込まれたが、糸が切れることなく水面に浮いた。
すかさず開いている口に手を入れる。
「獲ったどぉぉぉぉおッ!」
階段を上がりながら、勝利の雄たけびを上げる。
「おっきいですね!30センチメートルはありそうです!」
少女の言った通り、尺メバル、と呼ばれるようになる30センチメートルを
優に超えている。
俺の手の親指と薬指の間は16センチメートルだから
—――――32センチメートルを超えている。
33センチメートルぐらいはありそうだ。
道理で引くわけだ。
「すごいですね!私も頑張ります!」
少女も俺の釣果を見てやる気になったようだ。
俺も少女も堤防を移動しつつ、タナを変えて魚を狙う。
「来ました!」
先にヒットしたのは少女だ。
お、俺の竿にも来たようだ。
ブルブルと小気味よく震えている。
「アジですっ!」
「俺もだ」
海の底から現れたのは、二人共アジだった。
針を外し、すかさず同じ場所に投入する。
「あ、速いです。私も!」
十匹ほど釣り上げたところで、俺は一旦サビキ釣りを切り上げる。
「ふふー、そんなことをしてる間にどんどん釣っちゃいますよー!」
アジを一度に2匹釣り上げながら少し挑発的な笑みを向けてくる。
俺は苦笑で返しつつ、準備を始める。
3本目の竿を取り出し、泳がせ釣り用の仕掛けをつける。
サビキの針の五倍はあるであろう針にアジの背中を掛ける。
鼻に掛ける人もいるらしいが気にしない。
アジがピチピチ暴れているが、気にせずキャストする。
30メートルほど先で着水した。
—―――大きくなって帰って来いよ。お前のことは忘れない。夕飯ぐらいまでは。
「あ、ずるいです!私もおっきいの狙いたいです!」
清々しいまでの掌返しである。
再度苦笑して竿を渡す。
「あたりがあったら食い込ませるんだぞ」
「分かりました!」
うん、いい返事だ。
さて、大物が来た時用にタモ網でも買っておこうか。
うへ、一万円もするのかよ。
所持金がすっからかんだ。
いきなり姿を現した大きな網に少女がギョッとしているが、
気にせずサビキ釣りを再開する。
撒き餌を入れて...よし、これぐらいだな。
底に落として一度大きく上下させた後、誘うようにゆっくりと上下させる。
お、食いついてきたな。だがもう少し待とう。
竿の振動が大きくなってきたところで、仕掛けを回収する。
15センチぐらいのアジだ。数は...1,2,3,4。4匹だな。
—―――30分後
この30分間で30匹以上釣りあげていると、ふと隣から視線を感じた。
—―――少女だ。しかも若干拗ね気味だ。
「そんなにアジが釣りたいなら変わろうか?」
「べ、別にこのままでいいです」
言い方が悪かったのかさらに拗ねた。
まあ、こんな好条件の場所だと何かしら釣れるだろう。
—―――さらに30分後
俺は更に30匹近いアジと15センチほどのメバルを3匹追加した。
今も2匹のアジがその姿を現している。
少女の仕掛けも何度か泳がせるアジを新鮮なものに変えたが、未だにアタリはない。
少女は更に拗ねていたが、俺が気を利かせても火に油を注ぐだけなので何も言わない。
鼻歌を歌ったのがいけなかったのだろうか。
お、また釣れた。
少女が拗ね度Maxになり、何かを言おうとしたところで
ガツガツガツッ‼
というアタリが少女の竿に出た。
すぐに合わせようとするが「まだだ!」と叫び止めさせる。
こうしている間にも少女の竿は大きく曲がっている。
竿のしなりが最大に達したところで
「今だッ‼」
タイミングを指示する。少女は俺の言葉に従い素早く竿を立てる。
上手く針掛かりしたようで、ギュイーンと音を立てながら沖へと走る。
「強引に糸を巻くなよ!巻くのはいけると思った時だけだ!」
海に落とされそうになりながらも少女は頷く。
とても苦しそうな表情をしているが、その顔にははっきりと笑みが含まれている。
よほど楽しいのだろう。俺も70センチメートルのスズキで経験しているからわかる。
竿を立て、素早く倒して生まれた糸のゆるみを巻き取り、
順調に距離を縮めることが出来ているが、その距離は一度深く戻られただけで
糸が出て戻される。
数度繰り返しているうちに、我慢できなくなったのか飛び上がる。
「「ブリだッ‼」」
二人の叫び声が一致する。
少女はニヤリと獰猛な笑みを浮かべる。
空気を吸って弱ったのか、少しづつだが此方によって来はじめる。
数十秒ほどで5メートル先に姿が見え始める。
—―――大きい。俺の自己最高記録を抜かれたかもしれない。
今は自己最高記録云々よりもこの大物を釣り上げることのほうが大事だ。
階段を降りて先ほど購入した網を伸ばし、少女のほうを見る。
此方を向いた少女は一つ頷き、先ほどよりも力強く糸を巻いていく。
足元でバラすと洒落にならないので、網を入れるタイミングを見極める。
—―――ここだッ!
1メートルほどの所まで寄ってきた時点で頭から大物をすくう。
「「やったぁぁぁッ‼」」
1泊置いてから、歓喜が体を駆け巡る。ブリを持って階段を上がると、
少女は糸が切れた操り人形のようにペタンと座り込んでいた。
「ほら、姫様が釣ったブリだぞ。よくやったな」
少女に笑いかける。
少女は恐る恐る網の中を覗き、その大きさに失神しそうになっていた。
このブリは大きい。長さもなかなかのものだが、腹がパンパンに詰まっている。
脂もよくのっているし、重さも10キロはある。
すくった時はその重さに手を放しそうになったほどだ。
こんな少女がよく釣ったもんだ。
「こんなに大きいのをよく釣れたな」
「こう見えて、私、鍛えて、いるんです、よ」
ヘトヘトになりながらも、可愛く腕の筋肉を盛り上げる。
その時の笑顔は恐らく国王ですら見たことがないほどのものだった。




