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ブラックミスト  作者: さい はじめ
第0章 プロローグ
2/3

1 尊厳

ほんのり異世界です。

 ぱちぱちと焚き火の音がする。魚の焼ける匂いが鼻につく。目が覚めた。気分は少しばかり良くなっているようだ。いつの間にか寝袋のようなものの上で寝かされていた。ここは森の中のようだ。


「うぁー・・ん?」

「起きたか。食えるか?」


 透き通るような声の方を向けば、フードをかぶった人間が串に刺したサンマを差し出してきていた。

140センチくらいの小柄な身長、華奢な印象を受ける。胸の膨らみがローブの上からうっすらとわかるくらいだ。少女が黒ずくめってどうなんだろうか。いろいろとおかしな点をあげられるけれど考えるのが億劫になる。


 頷いて、串を受け取る。少女は続ける。


「ここはエヴァーグリーンと呼ばれる北の森だ。あなたは森に倒れていた。村に連れて行き、そこで容態を診てもらうがいいか?、、まずは食べたらいい。」

「そうですね。お願いします……いただきます。」


 ーーがぶり……?! はらわた取り出してないのか? 生臭っ!


 ぼくは涙目になる。とても食えたもんじゃない。

少女と目があう。きょとんと目を丸くされた。

魚の臭さと視線に耐えれなかったのとで喉の奥からすっぱいのがあがってくる。


 ーーこれはマズイ。


「おろろろろろろろぅぇ!」

「……。」


 空気が硬直する。ブツは少女に直撃してしまった。

少女のローブは焚き火のおかげで煌々ときらめいている。ぼくは不本意だがこの世のものとは思えないほどの悪趣味な装飾品で少女を飾ってしまった。

すぐに、平坦で重たい声が聞こえてきた。


「汚い。臭い。」


 目が笑ってない。少女が肩を震わせる。

殺意がゆっくりとぼくに向けられる。その過程で、フードが取れ、犬耳が露わになる。


「ガルルルルル」

「ケモ、、」


 少女の輪郭がぶれ、見失う。


「どかっ」


 後頭部に衝撃が走り星が散る。その中で思う。


 ー知らない世界があったもんだ。


「うっぷ、、、」


 意識を手放す。ついでにこみ上げていたものもすべて手放した。


「ゴプッ!」

「にぃぎゃぁぁぁぁあ!」


 二次災害。悲鳴が聞こえた気がした。


ーー


 ぼくが小学生の時の話。


 祖父がガンで入院した。

余命1年もないと両親から聞かされた。家族の方針では当人には余命を知らせないということになった。なるべく気を遣わず、今まで通り接して欲しいと両親からお願いされた。じいちゃんもその方が喜ぶからとも言われた。


 じいちゃん子だったぼくは怖くなった。ぼくにとっては死が近づく感覚がわからない、ぼくの身近な人がもうすぐ消えて2度と会えなくなるということがわからない。


 すぐに見舞いの時間が来た。理解が及ぶような時間はなかった。


 病室のベッドには、高い高いを何度もしてくれた恰幅の良い体も見れば安心するような穏やかな微笑みもなかった。ほとんど骨だった。頬も体も痩せこけている。点滴、吸入マスクをつけている様子は子供の目にも痛々しく嫌悪の対象になるには十分なものだった。

ーーこんなのおじいちゃんじゃない!!

そう思ってしまった。


 祖父と両親は何やら会話をしているが内容なんて頭に入ってこない。ひと段落したのか、祖父の焦点の定まらない濁った黒目がこちらに向き、ぼくに声がかけられる。


「ゆ、き、い、る、の、か?」


 ぼくは動揺した。


 ーーなんだよ、これ。じいちゃんが怪物みたいだ。

ごごーふぉー、ごごーふぉーって怪物みたいな呼吸。目だっていつもの温かい目じゃない。


 父さんにも母さんにもいつも通りに接してねと言われている。いつも通りってなんだよ!じいちゃんがいつも通りじゃないくせにいつも通りに喋るだなんてできないじゃないか!涙は流れるが、声には出さなかった。子供なりの反抗だ。じいちゃんーーもとい怪物はすでに視力を失ってる。見えるはずはない。


「うん。いるよ。はやく元気になってまた遊んでね。」


 本心だけど現実を踏まえた本心じゃなかった。怪物とは遊びたくない。前のじいちゃんと遊びたい。でもその日はこないだろう。怪物は目をそらしゆっくりと喋る。


「し、ぬ、の、は、こ、わ、い、な」


 怪物は色も形も見えてなかったけれど、ぼくの声色や様子は見えていたのだと思う。自分が死ぬのをぼくから確信したように見えた。大人はずるい。

隠せと言われて隠そうとしたものをカンタンに見つける。

ぼくの大好きな人はもう戻ってこない。


大人というものは子どもを手玉にとれるものだということに嫉妬した。


人間らしさの薄れた人間は怪物に見えるということを知った。


ーー


 目を覚ます。すでにあたりは明るくなっているようだ。まだ鈍い痛みを首に感じる。


 よろしくない寝覚めだけれど、完全に吐き気は治まっているようで安心する。

顔を背ければ少女に吐いてしまうこともなかった。凹んだ。これは気持ちわるがられても文句は言えない。反省。

2度目のリバースは、犬耳に釘付けになったのが悪かった。もう全部犬耳のせいにしていいんじゃないだろうか。

少女がただの人間じゃないのがショックだ。大きなカルチャーショックだ。


 ーー犬耳。彼女はおそらく獣人ってやつだろう?


 差別はいけないと教わってきた身からしたら差別したくない。けど、どう接したらいいかわからないんだよなぁ。獣人なんてものの歴史さえ知らないし。動物が知恵を身につけたらこんなんなるのかなと考えたら食物としてどこまで適応されるのか曖昧になりそうだ。

 幸い彼女は犬っぽい。ぼくは単純に犬を食べたくない。食わず嫌いだと言われればそれまでだけど、犬を好んで食べる日本人と会ったことなんかない。これが他の豚とか牛とかの獣人がいたら適用されるかどうかは怪しいな。考えすぎか?

人らしくないものが人らしさを身につけているのはとても奇妙に感じる。彼女は人と犬の中間の存在と見える。もともと区別して考えていたものの間の新しい存在がある。

この薄気味悪さってのはどうにもならなそうだ。

『人でないものが人らしさを獲得したら人になる』だなんて許していいのだろうか?


 相手が人間だと勝手に思い込んでたからか、耳を見たときに「騙された!」と思ってしまった。少女は怪物の類なのではなかろうか?


 伸びをしながら思考の整理をしていると、少女から声がかけられた。


「その、まあ、なんだ、あんた大丈夫か?」


 昨日の黒ずくめのローブとフードはつけていないようだ。代わりに毛皮を纏っている。耳は申し訳なさそうにしだれていた。


「っ!・・・」


 ぼくはあたふたしつつ無言でコクコクと頷く。気を遣われている。失礼な行動をしたにもかかわらず下手に出られてしまったら立つ瀬がない。反応に困る。


 こういう時は下手に出るに限る。人語を解すなら人。謝罪の意を決し、頭を下げれば土下座になるような姿勢で喋る。

「大変、申し訳ありませんでした!失礼な行いをどうかお許しください!私の名前はキリシマ ユキと申します。あなたには森にいたところを助けていただいた上に精をつけるべく食糧と暖を提供して頂きました。これは感謝するべきことでございます。しかしながら、せっかく頂いた食糧を無駄にしてしまいました。しかもあなたの服をを汚す形でです!私は最低です!2度としません!恩知らずな私ですがどうか許して下さい!本当にごめんなさい!なんでもします!すみません!」


 頭を下げる。おかしなことは言ってないはずだ。言い切って心臓の鼓動は早まるが言い切って肩の荷が下りたような感覚を得る。


「ふむ。」


 少女は少しばかり不機嫌な様子で思案しているようだ。


「いつまでそうしている?あまり気にしすぎるな。私も大人げなく手を上げてしまったことは詫びたい。すまなかった。なんでもするそうだな、とりあえずこいつをお前に預けよう。臭くてかなわん。」


 少女はそう言うと、ローブとフードを投げ渡す。口をへの字に曲げ、どことなく気にくわないような顔をして言葉を続けた。


「それが一つ目だ。二つ目はなんでもするなどと軽く口にするな。それは自分を貶める行為に他ならない。私の奴隷になれと言われてお前はなるのか?ならないだろう。せっかくだから私からその言葉は禁止。」

「善処します。」


 人差し指を立てたり口を指で指したりとせわしなく身振り手振りを交えつつ窘められる。凛とした目は堂々とこちらを見据えていててぼくは萎縮して俯いてしまう。あまり見ないでほしい。


「自己紹介がまだだった。私はルーナ。狼の獣人だ。」


 ーー確定。人狼です。怪物です。狼女です。


「狼の獣人ですか、よろしくお願いします。」

「人界から来たのだろう。妙な臭いがするなと感じて臭いを辿るとお前がいた。呻きながら寝ていただけだ。こちらに来る瞬間には立ち会えたら何かわかったのかもしれないが残念ながら見れなかったよ。」

「そうですか。」

「聞きたいことは山ほどあるが、山を降りなければならない。喉を潤しておけ。これは水筒だ。渡しておく。それとそのローブは身につけておいた方がいい。枝や草での切り傷を防ぐ。後ろにぴったりついてこい。」

「はい。」


 この狼女は山に慣れているのだなとは感心する。狩猟で生計を立てているらしい。自分が普段意識しないような知恵を持っている。すらすらと指示する。山で一人で起きて動いていたら簡単にのたれ死んでいたと思う。素直に感謝したい。ーー人であればね。


 彼女はナタを駆使して進み、ぼくは後ろについていく。作業は彼女の方が多いはずなのにぼくはついていくのがやっとだ。何より足場が悪すぎる。草むらや硬さにムラのある地面が体力を大きく奪っていく。そして思うより進めなくてストレスが溜まる。湿度が高く、気温はそれほど高くはない。全身が熱を持ち始めていた頃には汗を吹き出し深いこの上ないと思える。胸も苦しい。


  狼女は突然止まる。

「この辺だ。かかっているな。」

「獣?」

「魔獣だよ。サーベルボア。狩りの対象。村の作物に大きな被害を出す迷惑な奴らだね。狩っても狩っても増え続けるもんだから山から降りてくる頻度も多くなってる。そのおかげで罠にかからないことも少なくなったのは嬉しいけどね」

「殺すんですよね?」

「当然だ。」

「・・・そうですよね。」


  魔獣サーベルボア。外見は大きな牙が4本生えた大型のイノシシだ。アレに突進されれば腹に2つ胸に2つ間違いなく風穴が空く。全長2mはあるように見える。


「・・・あれは勝てない。闘うもんじゃない。」

とぼくの本能は告げる。


 狼女は言う。


「今は罠に夢中だが用心しておけ。睨まれたら目を離すな。仕留めてくるからここの木の陰で待っていろ。」


そう言って去っていく。

まるで「学校行ってくる。」とでも言うように。


 イノシシは罠の縄を引きちぎるんじゃないかと思えるぐらい力強く身体を揺らし、首を振る。

狼女は倒木を器用にイノシシの前に組んで置き、槍を上段に構える。


 シュッ


 眉間、いや耳を狙ったのだろうか?

槍を下ろしたかと思うとすぐに引き抜きまた同じ構えをしていた。

イノシシから血が噴き出し暴れ出す。


「グオォオオォン」


 思わず身震いする。この強大な敵はまだ戦意を無くしていない。森がざわめく。イノシシは首をブンッと振り回し倒木を微かに牙でえぐり上げる。倒木が弾む。

狼女はすでに後ろに跳んで倒木からは降りていた。


 飛ばされた倒木を先ほどの位置に戻し、

狼女はまた同じ位置に登り槍を下ろす


 シュッ


 イノシシは力が入らないのか地面を踏み込む勢いが目に見えて弱くなる。


「グォォォン……」


 狼女は先ほどと同様にヒットアンドアウェイをして様子を見た後イノシシを屠る最後の一撃を加えた。

狼女は3撃でイノシシの命を刈り取った。


 ーーいっそ神々しい。


 気づけば涙を流し手を組んでいた。

ぼくの中で怪物狼少女は英雄になった。

ルーナは誇り高き英雄だ。


 ぼくは一連の攻防に見とれた。

ルーナは敵を自らより強いと認めるからこそ武器を持ち、知恵をしぼり、罠を張り、弱点を突く。


 闘いは理解をしてから突き放すものだと知る。

知恵なき戦闘で人は勝てない。


「待たせた。」

「ルーナは、、すごいな、、」


「なぜ泣いている?吐くなよ?」


 彼女のように誇り高き人間として生きたいと強く思った。

 これは尊敬だ。

生死のやりとりって尊いと思います。

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