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暴剣娘の傍見的冒険  作者: 軌条
邪教の虜
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サツメ教

 フェリックスは切り株に腰掛け、汗を拭った。空に張り付く太陽の日差しを浴びていると、冬だというのに汗ばむ。季節外れの陽気に躰が追いついていない。


師匠ししょ~!」


 コーラが遠くから手を振っている。そんな彼女は魔剣の平の部分に器用に木材を載せてこちらに駆けてきた。フェリックスは近くの地面を指差した。


「木はその辺に置いておけ。どうせ加工しないと使えない」

「はい! もっと集めてきますね!」

「いや、もういい。穴でも掘っておけ」

「えっ。自分の墓穴を自分で掘れとかそういう……」

「そんなわけあるか。柱を埋めるんだよ」

「人柱……!?」

「お前がたった今持ってきた木の柱だよ!」

「あっ。そうですよねー!」


 コーラが笑顔で穴を掘り始める。普通の道具を使うと、彼女は非力なので、すぐに疲れてしまう。しかし魔剣ならばどんなに振っても疲れないらしい。恐らくグリニスが助力しているのだろう。そんなわけで、彼女は魔剣の切っ先を穴に食い込ませて土砂を巻き上げるような形で穴を掘りまくった。


 その速度は凄まじく、けして柔らかくない土壌だというのに、あっという間に矩形の穴ができる。コーラが自分の姿がすっぽり収まってしまうくらいの深さになったとき、どうやってこの穴から脱出すればいいのか分からなくなってしまい、手を振って助けを求めてきた。


「空飛ぶ魔剣を手にしているんだから、大抵のことはどうにかなるだろうに」


 そう言いつつフェリックスはコーラを穴から引き出してやった。コーラは土まみれになりながらも満面の笑顔だった。


「へへへ、ありがとうございます、師匠!」

「本当、お前、鬱陶しいな。俺のことを師匠だと思ってるなら世話かけさせるなよ」

「すみませーん」


 コーラは昨晩、フェリックスと一緒に暮らすことが決まって嬉しそうだった。コーラは賞金首としてはなかなか上等な部類に入る。彼女の賞金額目当てに襲ってくる奴がたくさんいても不思議ではない。フェリックス以上の遣い手もいるかもしれない。コーラは暢気に笑っているが、フェリックスは少しばかり緊張していた。


「次は何をしましょう、師匠! 家を建てるのに必要なのは、木材と、穴と、情熱と、えーとえーと」

「ヤングの奴に大工道具を調達してくるように言ってある。奴が戻ってくるまでは休憩だな」

「えええー。私、全然疲れてませんよ?」

「お前にちょこまか動き回られると、こっちが疲れるんだよ。いいから大人しく座ってろ」

「はーい」


 自分たちで家を建てること自体はさほど難しいことではない。材料調達も問題ではなく、どうしても必要なものがあるなら都市まで行って買い出してくればいい。やはり考えるべきはこのコーラという少女の処遇についてだ。魔剣の暴走を抑制するだけの剣の技術を仕込むべきか、それとも魔剣そのものをどうにかすべきか、フェリックスは考えていた。


「なあコーラ。そのグリニスとかいう女とは、どういう経緯で知り合ったんだ?」

「え。師匠、グリニスちゃんに興味あるですか?」

「興味というか、今後の方針を探るのに必要な情報というか」

「グリニスちゃんに惚れちゃったですか? 私応援しますよ! 師匠カッコイイし、面倒見良いし、グリニスちゃんがたまに暴走して頭齧っても、師匠なら平気そうですし!」

「なんだそりゃ。だから違うと言ってる。質問に答えろ」

「グリニスちゃんはお友達なんです! どういう経緯で知り合ったかは覚えてません!」

「あのな……。ま、いい。俺はグリニスの正体が知りたいんだ。いつまで経っても暴走してたら普通に暮らせないだろ? その対処法を探りたい」

「うーん、と……」


 コーラが考え込む。そして何とか捻り出した答えが、


「グリニスちゃんは、苺が大好きなんです! だから苺食べさせてあげてたら、結構おとなしいですよ?」

「いや……、なんだそれ。俺の質問の意味、分かってるか?」

「えへへへ、でも、グリニスちゃんは私のことを守る為に嫌々戦ってるだけなので、師匠が私を守ってくれるなら、暴走なんてしないと思います! はい!」


 フェリックスは嘆息した。一時的にそれで問題は解決するかもしれないが、何年も一緒に暮らすわけにはいかない。コーラを狙う賞金首もそうだが、フェリックスの持つ死神リーパー形質エキスが、魔物を呼び寄せる。たまに強力な魔物を釣り上げてしまうことがあるので油断できなかった。


 バシッチがちらりと言っていた。グリニスは魂喰グラトニ形質エキスを刻み込んだと。しかしフェリックスは魂喰グラトニという魔物なんて聞いたことがなかった。既にヤングに、そういう名前の魔物や形質エキスについて調べて欲しいとお願いしてあるが、あの男も常に暇なワケではないし、そうそう頼ってばかりもいられない。自分で調べるとしたら都市のギルドに赴き資料室を利用するしかないが、そもそもフェリックスはあまり学がなかった。文字を読むのは得意ではない。誰か別の人間にやってもらうほうが良さそうだった。


「あ。誰か来ましたよ。ヤングさんかな?」


 森のほうから人影が近づいてきた。フェリックスはかぶりを振った。


「馬鹿言え、都市とは逆の方向だ、木こりか何かだろ……」


 しかし現れたのは小柄な女性だった。黒い道衣に、フードを目深にかぶっている。そこから漏れる眩い金髪に、フェリックスは目をとられた。美しい金色の巻き毛だ。気品さえ感じられる。


「誰か……、助けて……」


 女性はよろよろとこちらに近付いてきた。フェリックスとコーラは顔を見合わせ、慌てて女性に駆け寄った。


 女性は顔面蒼白だった。唇が紫色に変じ、わなわなと震えている。


「どうした、おい」


 フェリックスが呼びかけると、女性は彼の胸に縋ってきた。


「助けて……。追われてるの……。お、恐ろしい……」


 フェリックスはそのとき、森の方向から無数の足音を聞いた。誰かに追われているというのは本当らしい。


「師匠!」


 コーラが叫ぶ。フェリックスは渋々頷いた。


「助けることはできないが、一時的に身を隠す場所を提供することはできそうだな」


 フェリックスは、たった今コーラが掘った穴を指差した。女性は頷き、よろよろと穴に近付いた。そして力尽きたように穴へとずり落ちた。


「お、おい、大丈夫か」


 フェリックスが穴の中を覗き込むと、女性は力なく頷いた。コーラが魔剣を振り上げる。


「師匠、どいてください! 穴を塞ぐので!」


 魔剣の形が、矩形の穴にぴったり嵌まるように、横幅を広げ扁平になる。それで穴をすっぽり覆うと、上から土をかぶせた。あっという間にそこに穴があるとは一目では分からなくなった。


「上出来だな。だが空気穴くらいはあったほうがいいんじゃないか?」

「あっ。どうしよう」


 コーラがおろおろしていると、森から黒い装束を身に纏った一団が現れた。


 ざっと30人はいる。彼らは森から出てくると、辺りを見回し、その見晴らしの良さに困惑したようだった。それからフェリックスたちに接近してくる。


「君たち、我が友邦よ、少しお尋ねしたいことがあるのだが」


 リーダー格と思われる恰幅の良い男性が訊ねてくる。さすがにコーラに応対を任せるとボロが出そうなので、渋々フェリックスが応じた。


「なんだ、あんたたちは」

「怪しいものではない。サツメ教の者だ。迷子の信者を探していてね」

「迷子の信者?」


 男たちは頷く。


「大事な儀式の最中に抜け出し、道を見失い、この辺りを彷徨っているはずなのだ。一刻も早く保護したい」

「保護ね……」


 フェリックスは一団を批判的に観察した。黒ずくめの衣装。顔を隠している者もいる。そういう輩は決まって、懐に物騒なものを隠し持っていた。フェリックスには躰の動かし方一つでそういうことが分かってしまう。


「見てないな。あんたたちと同じ感じの、おっさんだろ? 見てないなあ」

「男ではない。女性だ」

「そうなのか。あんたたちの中に女性が一人もいないようだったので、てっきりおっさんかと。でも、誰も見てないな」


 男はフェリックスが嘘をついていないか見極めようとじっとこちらを睨んできたが、それくらいで動じるフェリックスではなかった。男はちらりとコーラのほうを見た。少女は空気穴を作ろうと地面に蹲って何かしていた。魔剣を使えないので木の棒で地面を抉ろうと奮闘している。


「――あの可愛らしいお嬢さんは何をしているんだ?」

「土遊びだろ」

「とてもそんなことをするような年齢じゃなさそうだが」

「そうか?」


 男はまだ何か言いたげだったが、フェリックスの佇まいに不穏なものを感じたのか、引き下がった。仲間たちを引き連れ、森の中へとその姿を晦ます。


 フェリックスは息を吐いた。無事に乗り切れたようだ。


「おい、コーラ、蓋を取ってやれよ。土を下に落とさないようにな」

「はい!」


 魔剣を戻し、穴の中を覗き込むと、女性は不安げに頭を抱えて蹲っていた。コーラがほっと胸を撫で下ろしている。


「ほっ。酸欠で死んでたらどうしようと思ってましたよ」

「こんな短時間でなるわけないだろうが。おい、女、俺の手に掴まれ」


 フェリックスが手を伸ばすと、女は素直に応じた。引き上げられる瞬間、フェリックスのあまりの膂力に驚いたようだった。


「ありがとうございました……。匿っていただき、本当に感謝のしようもありません……」

「気にするな。たまたま穴を掘っておいたのが良かったな」

「本当にありがとうございます……。では、私はこれで……」


 女はその場から歩み去ろうとした。しかし疲労困憊らしく、よろめき、倒れそうになった。


「おっと」


 フェリックスが躰を支えてやると、女は弱々しい笑みを浮かべた。


「重ね重ね、申し訳ございません……」

「いや。しかし、あまり無理するな。都市まで送っていってやる。この辺で野垂れ死なれて、いらぬ嫌疑をかけられたくはないからな」


 それを聞いてコーラが笑いを噛み殺している。


「師匠ったら、素直じゃないなー。うぷぷぷっ」

「うるさい。埋めるぞ」


 女は戸惑っているようだった。


「しかし……。御迷惑をかけることに」

「迷惑ならもうかけられてるよ。この際だから存分に甘えろ。どうせ都市に送るだけだ」

「どうして私が追われているのか、お聞きにならないのですか?」

「話したいなら話せばいい。別に、俺も聞きたくなかったら聞かないし」

「師匠ったら、素直じゃ」

「埋めるぞ。黙ってろ」


 女は俯いていたが、やがて頷いた。


「私の名はパメラといいます。その……、サツメ教という宗教をご存知でしょうか?」

「いや。寡聞にして聞かん。コーラは?」

「師匠~。私に一般教養を求めてるですか?」

「あいや、すまん」


 フェリックスは素直に謝った。パメラはそこでくすりと笑った。


「パメラとやら。お前はそのサツメ教の信者なのか」

「とんでもありません」


 パメラは慌てて言った。


「サツメ教は邪教です。怪しげな偶像に祈りと生贄を捧げ、儀式と称して男女が乱交を繰り返し、人を攫ってきては洗脳を施す――私はサツメ教に入信してしまった弟を救い出す為に、彼らの懐に潜り込んだのです」


 フェリックスは面食らった。目の前のこんな弱々しい女性に、そんな大それたことをしてのける力があることに驚いた。


「師匠! パメラさんの弟さんを救い出してあげましょうよ!」


 そしてコーラのこの無鉄砲さにも驚かされる。なんでこいつは条件反射でそんなことを言えてしまえるんだ。フェリックスは事情を把握するだけのつもりだったのに、パメラの期待の籠った眼差しを浴びることになり、参ってしまった。





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