苺畑でつかまえて
フェリックスは自問自答を繰り返していた。なぜ自分はバシッチの後を追っているのか?
コーラのことを追っているというバシッチが気になるのか。あの少女は、生意気なところがあるが、殺されても仕方ないような人物かと言われれば、強く否定できる。
罪人には違いない。人を殺すようなことはしていないが、負傷させたり、モノを奪ったりしている。何らかの処罰が必要だろう。魔剣グリニスの仕業だとしても、その所有者としての責任があるはずだ。
だが、バシッチからは強い殺意を感じる。あの少女を殺す。その言葉に偽りはないだろう。死をもって償うような罪か。魔剣に振り回され、魔剣を気遣い、それを友達と言ってのけるあの少女が。涙を流してフェリックスの身を案じたあの少女が。
「魔剣を壊すというのなら、まあ、協力してやらんでもないな」
フェリックスは呟いた。バシッチは夜の街並みを幽鬼のように進んでいく。やがて人気のない路地に入った。そこでバシッチは立ち止まる。
「――フェリックス。下手な尾行だな」
バシッチが振り返った。まともに視線が合う。フェリックスは舌を巻いた。まさか自分の尾行技術を未熟だと指摘されるとは思っていなかった。
「参ったな。気配を悟られぬよう、十分に距離を保っていたつもりだったんだが」
「オレは陰精の形質を刻み込んでいる。夜行性なんだ」
陰精か。確か人体に刻み込むのが禁じられている禁種だったはず。バシッチの瞳は暗闇の中で暗褐色に光り輝いている。瞳の奥に死にかけの蛍でも飼っているかのような色合いだった。
「なるほど。夜になると本分を発揮するわけか」
「フェリックス、オレを尾行してどういうつもりだ。まさかあの悪魔のような女を庇うつもりじゃないだろうな」
「法の裁き」
フェリックスは言う。
「あのクソガキに同情は全くしない。だが法の裁きを受けさせるべきだ」
「オレはそのつもりだ」
「さっき、殺すとか言っていたような気がしたが」
「抵抗するなら殺す。そういう意味だ。オレは賞金稼ぎだ。殺さずに引き渡したほうが手取りが増えるなら、そうする。だがその増額分が、生かして捕まえるのにかかる費用より少ないようなら、生かす意味はないな……」
「費用、ね」
フェリックスはしかし確信していた。バシッチはコーラを殺そうとするだろう。絶対に彼は止まらない。それが分かってしまう。結局のところ、フェリックスとバシッチは同じ穴の貉だったので。
「一緒に行こうじゃないか、バシッチ。俺もあのガキに用ができた」
「ほう?」
「楽しみにしていた食後の茶菓が出なかった。その遠因があのガキにあると分かったもんでな」
「ふん、食事を愉しみに生きているような人間には見えないが、まあ、いいだろう」
フェリックスとバシッチは並んで歩き始めた。二人はグラント市の農区に向かった。都市の面積の半分を占める区画であり、畑や果樹園が並んでいる。農区と言っても住宅が多くあり、それに伴い商店なども見られる。フェリックスは辺りを見回した。
「苺畑を探しているんだろう?」
「そうだ。ここ数日、この辺の畑でコーラが出現するのを待ち構えていたのだが、なかなか来なかった。あの女には行動規則のようなものがあってな」
バシッチは詳しく説明を始めた。コーラのことを長期間に渡って追い続けていることが分かる。
「あの女は、魔剣と一緒に旅をしている。その魔剣に振り回されながら移動し続けているが、魔剣には生体周期があり、休眠期と活動期を繰り返しているらしい」
「休眠期……、活動期……、アレはどう見ても休眠しているようには見えなかったな」
「そう。つまり、今は活動期なのだろう。魔剣が休眠期に入っている間、あの女はできるだけ目立たないように動くから捕捉するのは難しい。最近までずっと魔剣は休眠期だったのか、その消息が掴めずにいたのだが、あんたの話で活動期に入ったことが確認できた」
バシッチは歯ぎしりする。
「オレがこの街に行きついたのは全くの偶然だ。魔剣に乗って空を飛び始めると、とんでもない距離を一晩で踏破するからな。何度も追い詰めては見失い、途方に暮れてきた。だが、たまたま情報を集め始めたこのグラント市で、あの女らしき人間を見たという情報を得られた。それでここを見張っていたのだが」
二人は農区の畑を幾つも見て回った。深夜のことなのでもちろん誰も農作業をしていなかったが、道をふらふら歩く酔っ払いなら一人いた。戦いになったら少し危ないかもな、とフェリックスがそちらに注意を向けていると、バシッチが肘で小突いてきた。
「どこを見ている。あそこにいるぞ」
バシッチが示したのは、まさに苺畑だった。しかしそこは既に荒らされた畑だった。掘り返されたり、蹴飛ばされたりして、果肉が無残にぶちまけられた苺が無数に見受けられる。
「いいか、フェリックス、協力は歓迎する。だがもし邪魔をするようなら、コーラもろとも殺す」
バシッチはそう断言する。
「こんなに近くまで接近できたのは久しぶりだ。あの女、すっかりオレの顔を覚えやがったからな。魔剣も、オレの匂いは覚えているだろう……」
バシッチが音もなく歩き始める。苺畑の中に侵入し、体中に仕込んでいる武器を指先で触れては不敵な笑みを浮かべる。
フェリックスは少し離れた場所でそれを見守っていた。コーラは魔剣と共に苺畑を散策し、魔剣は土の中にその口を突っ込んでいた。魔剣の切っ先が二つに分かれ、折れた牙はそのままに、苺や苺の葉をむしゃむしゃと食べていた。
フェリックスは彼らがあまりに無防備なのにぞっとした。あのまま接近を許せば、バシッチがあっさり仕留めてしまうかもしれない。
フェリックスは嘆息した。そしてコーラのほうを睨む。満腔に殺気を溜め、一気に解き放つ。
その尋常ならざる気配は、フェリックスが死神の形質を持っていることで更に増幅された。死神の匂いが魔物を引きつけるように、死神の気配は魔物たちを強力に刺激する。
魔剣がびくりと跳ね上がった。コーラが慌ててその柄を掴む。
バシッチが振り返った。フェリックスを睨んでいる。余計なことをしやがって。とでも言いたげだった。
フェリックスは苦笑しながら後退した。さて、どうなるか。早くも臨戦態勢に入った魔剣とバシッチ。高みの見物といこう。フェリックスは腕を組んだ。




