グラント市へ
弟子入りなんて冗談ではない。フェリックスがなぜわざわざ都市郊外に居を構えていると思っているのか。
「師匠! お願いです!」
コーラが懸命に頼み込んでくる。フェリックスは魔剣グリニスの柄を掴んだまま棒立ちになっていた。
「クソガキ、一つ教えておいてやる。俺が何者なのか」
「師匠です!」
「いや、そうではなく、俺はな、死神の――」
「師匠なんです! そうなんです! 私の師匠なんですー!」
なんだこのうざいガキは。フェリックスは舌打ちした。話を聞こうともしない。仮にこんな奴を弟子にとったところで、話を聞かないのでは何も教えられないではないか。
「俺は死神の形質をこの身に刻み込んでいる。これが何を意味するか、分かるか?」
「えっと……。カッコイイですね!」
「俺はその辺にいる魔物を呼び寄せる能力を有している。魔物狩りを生業としている奴にとっては好都合だが、集団生活には全く向かない。俺の傍にいるということは、四六時中魔物の脅威に怯えなければならないということを意味するわけだ」
こんなに丁寧に教えてやっているというのに、コーラはめげずに縋りついてくる。
「お願いします! グリニスちゃんは本当は良い子なんです! ただ私のことを守ってくれようとしているだけで!」
「お前を犯罪者にしてしまっている時点で、守れているとは言い難いな……」
フェリックスの言葉に魔剣がびくりと反応した。そしてコーラは涙ぐみながら後退した。
「分からず屋っ……! こんなに可愛い女の子が必死に頼み込んでいるのに! グリニスちゃんを返して! じゃないと……」
「じゃないと、何だ?」
「師匠のこと! 私にイタズラした変態だって都市の人たちに言い触らしちゃうんだからー!」
フェリックスは首を傾げた。本当にそんなことで説得できると思っているのか。全く動じていないフェリックスを見て、コーラがぷるぷる震えている。
「まさか図星……!? 本当に変態……!?」
「んなわけあるか。お前、真剣なのかふざけているのかよく分からんな」
「ふざけてなんかっ……! この穢れなき涙を見て、よくもまあそんなことを言えるですね!」
フェリックスは、自分では油断していないつもりだった。しかしコーラの言動に呆れ返り、ほんの僅かに気が抜けてしまったのかもしれない。魔剣グリニスが唸りを上げながら猛烈な勢いで回転を始めた。柄を掴んでいた両手が弾かれ、魔剣が空中を疾走する。
「しまった!」
魔剣は空中で一回転すると、フェリックスではなくコーラのほうへ突進した。そして彼女の躰を剣の平にうまく載せると、そのまま近くの林に突っ込んでいった。
あまりの速度に追いかける暇もなかった。魔剣はコーラを載せて遠くへと飛び去ってしまった。
「なるほど……。窮地に立たされても、ああやって脱出していたわけか。あれでは普通の人間には捕まえられない」
フェリックスはしばらくその場に立ち尽くしていた。嵐のように現れてあっという間に消えてしまった。指名手配されるのも頷ける。出会う人間全てにこのような損害を与え、すぐに姿を晦ましてしまう。フェリックスがもし普通の人間だったら怪我を負っていただろう。
崩壊した我が家を見渡し、途方に暮れた。元々、この家は自分で建てたものだ。半日もあれば雨露を凌げる程度の家屋を建てることも可能だろうが、それなりに愛着のあった家だっただけに、すぐにまた別の家を建てる気力が湧かなかった。
「お、おい、フェリックス、無事か!」
男の声。振り返ると、ヤングが青褪めた顔のまま走り寄ってきた。
「ヤングか。見ての通りだ」
全壊した家を指し示して言った。ヤングは生唾を飲み込んだ。
「まさかお前ほどの男がいいようにやられるとはな……。魔剣遣いコーラ。相当に厄介な賞金首のようだな」
やられてはいない。確かに相当厄介な敵ではあったが、それなりに場数を踏んだ賞金稼ぎなら問題なく討伐できるだろう。ただ、取り逃がしたことや家を破壊されたのは事実であり、ヤングに対してわざわざ取り繕う必要性を感じなかった。じっと黙り込む。
「フェリックス、悪かったな。俺がこんな儲け話を持ち込まなかったら、家がこうなることもなかっただろうに」
「いや。あのクソガキは俺の家にへばりついていたわけだからな。お前のせいではない」
実際、そうだ。魔物を常に呼び寄せる性質を持つフェリックスは、つい自分のこの能力を何かに有効活用できないかと思って、わざわざゾンビの腐蝕液を断熱材代わりに利用できないかと家に工夫を施していたが、これは生活の知恵というよりは余興と言ったほうが近かった。つまりあのコーラと戦うきっかけを作ったのはフェリックスのくだらない遊び心だったと言える。
ヤングは懐から手帳を取り出した。
「そう言ってもらえると助かるが……。なあ、フェリックス。旨い儲け話が幾つかあるんだ。カネが必要なら優先的に回すぜ? カネを貸すことだってできるしな」
「またそうやって仕事の話か」
「いやいや、純粋な善意から言っているんだ。本当に申し訳ないと思っている。そうだ、これなんてどうだ、隊商の護衛」
「馬鹿言え」
フェリックスはすぐさま拒絶した。
「隊商の護衛? 俺は魔物を呼び寄せるんだぞ? 護衛なんて務まるか」
「いやいや、基本料金とは別に、交戦機会が一度ある毎に、追加料金が発生するようになっている。むしろこれはお前向きの仕事だよ」
悪辣な。依頼人を騙しているようなものではないか。しかしフェリックスの表情から大体言いたいことを察したか、ヤングが笑っている。
「冗談だよ。お前は世捨て人みたいな生活をしているくせに、そういう不正には敏感だよな。きっと死神の力なんて手に入れていなかったら、大いに社会貢献してくれていただろうに。その剣の腕で」
「こんなときに冗談を言うとは、随分余裕があるんだな」
「あの暴剣少女はどこかに行ったんだろ?」
ヤングは手帳を仕舞い込み、フェリックスの顔を覗き込んできた。
「そうだ、フェリックス、今夜の宿のあてはあるのか? もうすっかり夜だが」
「俺は眠らなくとも問題ない。宿など必要ないな」
「しかし躰を休める必要はあるだろう? さすがのお前も野ざらしはきついだろう。今夜くらいは都市の世話になったらどうだ」
この近辺に都市は一つしかない。だからクランド市のことを単に都市と呼ぶことが多いのだが、クランド市は魔物に対する防衛設備が整い、フェリックスがそこで生活したとしても、大した問題は発生しないはずだった。とはいえ気が進まない。
「いいと言ってるだろう」
「頑固な奴だな。俺の気が済まんのよ。お前に野宿なんかさせちまったら、俺のほうが寝付けやしない」
その後も何度か言い合ったが、ヤングは一歩も引き下がろうとしなかった。こういうときの商人の粘りには恐ろしいものがある。ここまで言われて突っぱねるのは、さすがにフェリックスも気が引けた。
「……いいだろう。一晩だけ世話になろうか。カネはお前が出してくれるのか? 今の俺は無一文だが」
「当たり前だ」
しかしフェリックスは、こうしてヤングに宿を取ってもらうことで借りが発生してしまうことを危惧していた。結局、ヤングが持ち込んだ仕事の幾つかを請け負うことになるかもしれない。
まあ、最近はろくに仕事もしていなかったし、たまにはいいかもしれない。都市の人間の中には物好きもいて、郊外で暮らしているフェリックスに差し入れを持ってくる人間もいる。フェリックスは自分が社会性を投げ棄てていると思っていたが、厳密には違う。フェリックスがその気でいても、社会が彼を手放そうとはしない。それをしがらみと呼ぶか、絆と呼ぶかは、人によって様々だろうが。
フェリックスとヤングは家の跡地から出発し、近くのクランド市に向かった。巨大な防壁と分厚く頑丈な門が真っ先に目に入る。射出武器が備え付けられた尖塔や巡視路が張り巡らされた要塞都市であり、魔物からの襲撃にはめっぽう強い。よく鍛えられた兵士が揃い、その多くがフェリックスの強さを知っている。フェリックスが門前に立つと、若い女の門番が嬉しそうに手を振ってきた。
「歓迎されてるな、死神さんよ」
ヤングの言葉にフェリックスは肩を竦めた。既に夜が更けていたので門は開かれなかったが、上から縄梯子が下ろされ、二人はそれを登った。




