魔神を飼う男
コーラにどう話すべきか決めあぐねていた。結局、あの少女の顔を見るまで明確な答えを出せずにいた。
コーラは教会の人間と談笑していた。人懐こいコーラと、慈愛の塊のようなラグト教の神官は、結構相性が良いらしく、彼らの周りにいる人間たちも笑顔が絶えなかった。
「コーラ」
「あっ。師匠!」
フェリックスの登場にコーラが笑顔で手を振ってくる。コーラの周りに集まっていた人間たちの笑みが引き攣った。無理もない、フェリックスは魔物を呼び寄せる死神の魔人だ。不吉な出来事の象徴となっている。
コーラが駆け寄ってきた。フェリックスはそんな少女を伴って歩き出した。
「コーラ、避難をしろ。魔剣グリニスが襲ってくるかもしれない」
「避難? やだなあ、避難先がここなんじゃないですかー。ぼけちゃった、師匠?」
「もっと安全な場所に行くんだ。地下だ。そこなら魔剣が襲ってきても絶対に大丈夫だって話だからな」
「え……。地下? 暗いのは嫌なんですけどぉ」
「ワガママ言うな。事が終わったら迎えに行くから辛抱してくれ」
フェリックスの言葉にコーラが立ち止まった。フェリックスは振り返る。
「どうした、さっさと来い」
「……変です、師匠」
「何がだよ」
「優しいです! 師匠が私に優しい! なんか気持ち悪!」
コーラの暴言にフェリックスは呆れつつも、確かにいつもと調子が違っていることを自覚していた。
「……別に優しくなんかしていない」
「はい嘘! 嘘ですよ、それ! 辛抱してくれ、なんて言葉、今まで聞いたことないです!」
それからコーラは辺りを見回した。
「……駄目、なんですね?」
「何がだ」
「グリニスちゃん……。助けられないんですね?」
「どうしてそう思う」
「だって……。もし解決法が見つかってたら……。きっと師匠はもっとふてぶてしいというか、しんどそうにするというか、恩着せがましい感じで、もっとこう……」
お前の中でどういうイメージを持たれているんだ……。フェリックスはうんざりしつつも、確かにコーラの言っていることは正しいと認めざるを得なかった。
「……隠しても無駄そうだな」
「師匠……」
「正直に言う。グリニスは殺さなければならない。あの魔剣は既に俺ではとてもかなわないレベルに到達している。聖騎士ディールと連携して、刺し違えてでも仕留める。それが俺の責務だ」
「責務って……」
「もし、お前がグリニスと気ままな旅を続けていたなら、グリニスはここまで暴走することはなかったかもしれない」
魔剣が暴走したのはポルを捕食したのが原因だ。そして、魔剣グリニス単体では、とてもポルを倒すことはできなかっただろう。魔剣を操り、ポルを追い詰めたフェリックスが、そのお膳立てをしてしまったことになる。
フェリックスが魔剣グリニスと出会ってしまった。出会ってしまった以上、即刻殺すべきだった。それが唯一の解決策だったのに、フェリックスはそれができなかった……。
コーラは涙目になっていた。フェリックスはそんな少女にかける言葉が見当たらない。
「恨んでくれていい」
フェリックスはやっとのことで言った。
「好きなだけ恨め。お前の相棒を、俺は仕留める。そう決めたんだ」
「恨みなんか、しないです……」
コーラは掌でゴシゴシと目の辺りを拭った。
「ただ、私は……、私だけは。グリニスちゃんを見捨てるわけにはいかない……!」
コーラが走り出した。フェリックスは少女を捕まえようと腕を伸ばしたが、彼女の鋭い眼差しにはっとした。一瞬迷ったおかげで少女はフェリックスの脇をするりとすり抜け、街の通りへと姿を晦ましてしまった。
「何をやっているんだ、俺は……!」
フェリックスはコーラの後を追った。普通の人間であるコーラの追跡は容易のはずだった。実際、すぐに彼女の背中を発見する。
「おい、待て、コーラ……」
フェリックスは少女の肩に手を伸ばした。指先が触れるが、少女は激しく抵抗した。
「離してください!」
「コーラ、このままあの魔剣を放置すれば、きっとお前も後悔することになる。ここで仕留めなければならないんだ」
「やめて! 言わないで! いやあ、誰かー! 変態に捕まりそうになってまーす! たすけてー!」
コーラが滅茶苦茶に叫ぶ。フェリックスは嘆息した。
「あのな、コーラ、俺は……」
しかしそのとき、フェリックスの肩に手をかける者がいた。
ぎょっとして振り向くと、そこには長身の男が立っていた。
「こらそこの変質者! 女の子から離れろ!」
まじか。フェリックスはさすがに少々慌ててしまった。その隙にコーラが猛然と走り出す。あっという間に姿が見えなくなってしまった。
「あ、おい、待て……!」
「待つのは貴様のほうだ! まったく、グラント市に到着して早々、こんな変態野郎とでくわすとはな!」
「離せ」
フェリックスは男の腕を掴んだ。そして振り払う。男はよろけ、尻餅をついた。その表情は驚きに満ちている。
「な、なんだ、反抗するのか! 変質者のくせに堂々としやがって!」
「俺は変質者じゃない」
「嘘だ、見てたんだぞ!」
「あいつは俺の知り合いだ」
「でもあの子、助けを求めてたじゃないか!」
「そういうフリだよ、それくらい分かれよ、正義の味方を気取るんならな」
「貴様ぁ!」
男が激昂する。そのときフェリックスは奇妙なものを見た。男の躰から青白いオーラのようなものが湧き出てきたように見えたのだ。そしてそのオーラはやがて一つの形に変化する。まるでそれは人のようだった。服を纏わぬ若い女性の輪郭……。
フェリックスの怪訝そうな表情を見て、男が自分の躰から湧くオーラの存在に気付いた。
「うわ、やばい! レグナ、出てくるんじゃない、一般人相手に何をする気だ」
『でも、この人、魔人だよ?』
青白いオーラで構成された女がくすりと笑って言う。その声の響きがまた奇妙で、フェリックスの体内でエコーがかかるような、そんな独特の感覚があった。
レグナと呼ばれた女性はフェリックスを見下ろす。
『ポル一味を一人取り逃がしたって聞いてるし、それがこいつなのかも……。ほら、可愛い女の子ばかり狙ってた食人鬼のこと、こっちでも噂になってたでしょ?』
「しかし……」
男とレグナの会話を聞きながら、フェリックスはじりじりと後退した。男のほうは大したことがない。恐らく彼も魔人だが、大した力は感じない。
だが、この青白い女は。男の躰から湧き出てきたこのレグナという女は、得体が知れない。実体を持たない相手とどうやって戦えばいいのか分からない。
『もう、アベル、しっかりしてよ。それでも名うての傭兵隊長なの? あなたにちょっとでも野心があったら、今頃一国の王くらいにはなってるでしょうに、勿体ない』
アベル。やはりそうか。こいつがディールの言っていた「魔剣グリニスを倒せるであろう唯一の男」か。
「おい、アベル、それからレグナとかいったか。俺はお前らの敵じゃない」
フェリックスの言葉に、アベルとレグナは怪しむような視線を送ってきた。
「……俺の名はフェリックス。凄腕の傭兵と聞いて頼みがある。俺と一緒に戦って欲しい敵がいるんだ」
アベルとレグナは顔を見合わせた。フェリックスは説明を始めた。二人は最初、フェリックスの言葉を信用していないようだったが、話が進むにつれて目の色が変わった。
「魔剣……、魂喰……、スレイドさんが、死んだ……」
『作り話とは思えないわね、どうする、アベル』
「やることは決まってるさ」
アベルはにっと笑む。
「フェリックスさん、とかいったっけ。魔剣討伐の件、喜んで協力させてもらう。やれるだけやってみようじゃないか!」
「感謝する、アベル」
二人は握手を交わした。まるでその瞬間を待ち構えていたかのように、太陽の光を一瞬だけ遮った、空からの来訪者の姿が見えた。
「……おでましだ」
フェリックスの呟きに、アベルとレグナが表情を引き締めた。




