責任
グラント市入口の門近くに聖剣遣いディールが立っていた。フェリックスが現れると何か不穏な空気を察したらしい。
「フェリックス殿……、その顔は」
「なんだ、冴えないツラだって言いたいのか?」
「いえ……。明星戦士団が出撃したと聞き、心配していたのです。サヴェリオの討伐に向かったのですね?」
半分正解。サヴェリオの討伐も視野には入っていた。だがスレイドの目的は魂喰の討伐にあった。そしてそれは失敗した。
「……明星戦士団は壊滅した」
「何ですって?」
「魔剣だ。お前には黙っていたが……、全て話す。事態はまずい方向に向かっているからな」
もはや手段は選んでいられなかった。人肉を積極的に食するようになった魔剣を止めるには、ディールの聖剣の力が必要だ。魔人を一撃で葬り去るとアイオンに言わしめた、その強力な聖剣の力がなければ、あの魔剣にダメージを与えるのは難しいだろう。
全ての事情を聞いたディールはしばらく黙り込んでいた。
「……スレイド殿は凄腕の戦士でした。それをあっさり破るとは……」
「何とかできそうか? 俺でも魔剣相手だと数秒時間を稼ぐくらいしかできない。うまく連携して――」
「私の聖剣アウェーカーなら、確かにダメージを与えることは可能でしょう。ですが、自在に空を飛び回る敵が相手なら、あまり有効ではありませんね」
「だから俺が囮になって――」
「お言葉ですが、フェリックス殿、スレイド殿とも、そうやって連携し、そして敗れたのでは? 魂喰について詳しくは知りませんが、複数の魔物の形質を含有する魔剣に、アウェーカーとて一撃必殺とはいかないかもしれません」
一理ある。スレイドの形質剥がしの槍も、本来なら魔人相手ならば一撃必殺のはずだった。それが通用しなかった……。
「だが、聖剣以外で打撃を与えられるとなると……」
「……一人だけいます。それだけのことをやってのける人物が」
「グラント市にそんな凄腕が?」
ディールはかぶりを振った。
「この街の人間ではありません。北方の託宣都市ガングスを拠点に活動している傭兵隊長アベルという男がいます。ポル討伐の為にグラント市に向かっていて、間もなく現着すると」
「ほう……、そのアベルとかいう男、相当に強いんだな」
「いえ、強いというか……、憑かれているというか」
「憑かれている?」
ディールは言い難そうにしていた。
「説明が難しいんですが……、アベルは魔人です。恋仙の形質を保有していると」
「恋仙? 聞かない魔物の名だな」
「人間を眩惑し、その魅力で屈服させるという強力な能力を持つ魔物です。アベルはその恋仙の能力で厄介なやつに憑かれてしまったことで有名なのです」
妙な形質だ。しかもその形質で魔剣と互角に渡り合えるとは思えない。アベルという男について興味はあったが、やはり今はディールと連携して魔剣と戦うことを前提にしたほうがいいだろう。
「ディール、とにかくグラント市の守りを固めてくれ。奴が人肉を求めるなら必ずグラント市を襲ってくる」
「それは分かりましたが……」
「俺は弟子を迎えに行ってくる。もしかすると、魔剣に狙われるかもしれない」
ディールは腕組みをした。
「魔剣の相棒なのでしょう?」
「だからこそ、狙ってくる可能性がある。俺の予想だと、魔剣には複数の人格が宿っているが、その主導権を握っているのは山賊ポルだ。あいつの形質は強力だからな、他の形質を抑え込んでいる可能性が高い。だが、一番魔剣との結びつきが強いのは、古株のグリニスだ。グリニスの相棒であるコーラを奪い去ることで、グリニスの意志を挫き、ポルが完全に魔剣のコントロールを掌握することを目論むかもしれない」
ディールは納得していないようだった。
「……随分と穿った見方だと思いますが、何か根拠が?」
「魔剣が一度コーラを襲ったんだ。グリニスというブレーキがあって、なおそんなことをするなんて、ポルがコーラを狙い撃ちにしている何よりの証拠だと思う」
「なるほど、そういうことですか。コーラさんを逃がすなら教会地下の避難所がいいでしょう。入口さえ閉じてしまえば強力な魔剣といえども侵入は不可能です。食糧や水の備蓄も大量にある」
ディールの言葉にフェリックスは頷いた。
「分かった。コーラはそこに逃がす。避難が完了したら、兵隊を何人か貸して欲しい。俺も警戒に当たる」
「それは頼もしいことですが……」
「俺の責任なんだ」
フェリックスは言う。
「初めてコーラと会ったとき、俺が魔剣をへし折っていれば。バシッチが魔剣を壊そうとしているとき、邪魔をしなければ……。スレイドたちは死ななくて済んだ。俺の責任なんだ」
「しかし、それでは、あなたが山賊ポルを討伐することはできなかった」
魔剣がなければポルにやられていた。確かにそれは言えている。
「……それはそうだが、しかし、そのポルを捕食されたことで魔剣がますます厄介なやつに成長したんだぞ」
「ポルを野放しにするのも、同じくらい危険なことですよ。あの女が過去にいったいどれだけ多くの人間を殺してきたか……。フェリックスさん、それともあなたはわざとグラント市を危険に晒そうと?」
「そんなわけはない」
フェリックスの言葉にディールは笑んだ。
「それならそれでいい。私は魔人狩りだのと仇名されてはいますが、別に魔人に恨みがあるわけではないのです。ただ、悪さをする魔人に普通の人間は敵わないので、結果的に私が魔人を多く倒すことになっているというだけの話で」
「ふむ」
「私はただ、グラント市を安全で暮らし易い街にしたいだけなのです。そしてフェリックス殿、あなたのような人が一人でも多くいるのなら。グラント市の安全に尽力してくれるのなら、こんなに心強いことはないのです」
ディールはしみじみと言う。
「魂喰は確かに山賊ポルと並ぶ脅威です。フェリックス殿、この力、役立ててください。もしあなたが魔剣討伐に責任を感じているというのなら――避けられぬ因縁があるというのなら、私は喜んで助力致します」
「……礼を言う、ディール。すまない。必ず埋め合わせはする」
「何をおっしゃるのか。この街を守る同志ではありませんか」
ディールは微笑む。フェリックスは頷いた。そしてグラント市に入る。まずはコーラをより安全な場所に避難させる。それから戦いの準備。今は満腹かもしれないが、近い内に魔剣は必ず腹を空かせてグラント市を襲ってくる。
もう誰も死なせない。責任は果たす。フェリックスはそう決めていた。




