虐殺舞踏
5人の獅鷹はよく訓練されていた。自らが手柄を焦ることはなく、出過ぎず引き過ぎず、連携を重視して戦いを有利に進めようとした。その戦略は機能していたと言っていい。
それを可能にしていたのは、スレイドへの絶対的な信頼である。手柄を立てなくとも、ちゃんと主人であるスレイドは自分の働きを見てくれている。そんな意識がなければ、利己心を棄てて危険な戦場に立ち続けることはできない。
だが、フェリックスはそんな彼らの信頼関係が打ち砕けるのを目の辺りにした。魔剣グリニスが魂喰の形質を遺憾なく発揮して5人の獅鷹を脅かした。轟音を伴う突進。魔剣は一人の獅鷹を標的にした。空を飛んで逃げれば、難なく躱せるはずだった。
しかし魔剣を討伐するには逃げるだけでは駄目だ。ある程度引きつけ、味方の攻撃を浴びせられるようにしなければならない。逃げ回るだけで良かった囮役とは少々勝手が違う。
魔剣グリニスの恐ろしい点は、間合いを見極めるのが困難な点にある……。それでなくともこの魔剣は、獅鷹がちょこまか動き回って攻撃を避け続けることに苛立っていた。
フェリックスは、空中でやり合う5人の獅鷹と魔剣の戦いを地上で見ていた。一人が不用意に魔剣に近付く。
「駄目だ、離れろ、迂闊な!」
フェリックスは叫んだ。魔剣グリニスががばりと大口を開ける。その戦士は問題なく回避できると思ったのだろう、獅鷹の翼を広げて一気に距離を開けようとした。
だが魔剣の口から細い何かが突き出た。それはまるで植物の蔦のようだったが、言うまでもなく金属製であり、戦士の足に絡みついたそれは容易にはほどけなかった。
「なんだこれは!」
足を蔦に絡まれた戦士はもがき、何度もその細い蔦をへし折ろうとしたが、全くびくともしなかった。他の4人の戦士に助けを求めたが、どうしようもなかった。
「自分の足を斬れ!」
フェリックスは叫んだが、そんなこと、簡単にできるわけがない。仮にできるとしても相当な覚悟が必要だし、一瞬の判断でそれを実行に移すには、スレイドからの強い命令が必須だった。その戦士はスレイドを見た。
スレイドもまた、躊躇していた。部下に自らの足を斬れと命令することが、彼にはできないようだった。
「何とか私の射程まで魔剣を引きつけろ! そうすれば……」
しかし魔剣の馬力に獅鷹ごときではかなわなかった。戦士は絶叫しながら、蔦を巻き上げながら突進してくる魔剣に自らの武器を振り回した。
魔剣の切っ先に当たったその武器は粉々に砕け、戦士の胴体を貫通した。そして上半身と下半身が切り離され、上半身だけを魔剣は捕食した。下半身は地面に落ち、臓物をばら撒いた。
「うっ……」
スレイドが呻く。4人の獅鷹が仲間の死に動揺している。フェリックスには分かっていた、このままの状況では各個撃破され、全員やられる。すぐに部下を地上まで戻して態勢を整える必要がある。
スレイドにもそれが分かっていたはずだった。しかし一瞬だけだが躊躇してしまった。すぐに戻るように命令を下したが、それに従ったのは二人だけだった。残る二人の獅鷹はスレイドの命令が耳に届かなかったらしく、更に高空へと逃げ場を求めた。
「馬鹿野郎!」
フェリックスは叫んだ。魔剣は上昇した二人の戦士を追って、凄まじい速度で飛翔した。口から金属の蔦を吐き出し、戦士の足に絡みつく。それによって魔剣に引きつけられた戦士二人は、間もなく魔剣の腹の中に収まった。それを地上から見ていたスレイドは絶句していた。
「スレイド、俺を囮に使え」
フェリックスは言った。スレイドと残った獅鷹の二人が、茫然と死神の魔人を見る。
「何だと?」
「あんたの部下の獅鷹は優秀な狩人だが、魔剣との接近戦には向いていない。近付いたら最後、喰われるだけだ。俺なら、接近しても、数秒くらいなら時間を稼げる」
「――さすがは死神だ、フェリックス殿。あれほど凶暴な魔剣を目の当たりにして、なおその申し出。グラント市に貴殿を慕う者が多いのも頷ける」
「俺を慕う人間? 皆無だろう、そんなの。誰にそんなデマを吹き込まれたのか知らないが」
「デマではないさ。私が実際に街の人間に話を聞いたときの感触だ。確かに貴殿を嫌う人間もいたが、特に衛兵連中からの評判は良かった」
「……そうか」
「貴殿は、これまでにも、グラント市を脅かす存在を幾度も排除してきたのだろうな。だからこその信頼……」
スレイドは形質剥がしの槍を構える。
「私も貴殿を信じるとしよう。私の部下も加勢する。三人で一瞬の隙を作ってくれ。私の槍があの魔剣を仕留める」
「ああ、任せろ」
フェリックスは頷いた。高空での食事を終えた魔剣が凄まじい勢いで降下してくる。その勢いのまま攻撃してくるのだろう。いったいどれだけ喰えば気が済むというのか。フェリックスは剣を構えた。
「俺が奴の突撃をいなす。お前らはうまく距離を取りながら魔剣の気を逸らしてくれ。一瞬でも奴が迷ったら成功だ」
二人の獅鷹は頷いた。魔剣が猛然と突進してくる。フェリックスはそれを迎え入れた。
「来い、グリニス。初めて俺と会ったとき敗れたことを忘れたのか? 今度は容赦なくへし折ってやるからな……」
地面に突き刺さる勢いで魔剣が迫る。フェリックスはその軌道を見極めようとしたが、すぐにやめた。魔剣の不規則な機動を捌くには、そうした前準備はむしろ邪魔になる。魔剣がフェリックスの喉元を狙って唸りを上げる。風の音を聞く。肌の表面をなぞるように感じるこの緊迫。まさしく本物の殺気を伴って魔剣がそこにいる。
もはやこの魔剣は放置できない。確実にこの場で破壊しなければならない。フェリックスに確乎とした覚悟が生まれた。何が何でも殺す。魔剣の唸りを間近に聞いてその思いを強くした。
寸前で剣撃をかわして鉄剣を振るう。魔剣相手にはほとんど効果がない。魔剣はフェリックスを喰らおうと口を開けた。中から金属の蔓が出現し、フェリックスを絡め取ろうとする。
「いつからお前はそんな長い舌を持つようになったんだ」
フェリックスはその蔦を掴んだ。そして力任せに捩じ切ろうとひねる。魔剣は苦痛に悶えるように、躰全体を激しく動かした。そしてその切っ先をフェリックスに向けるが、巧みに躱していく。
「今だ、スレイド!」
スレイドがフェリックスの後背に回り込み、槍を突き出していた。魔剣の刃に直撃したスレイドの槍の穂先が、黒い宝石のようなものを絡め取る。
蔦を伸ばした魔剣グリニスが震動し、地面に落ちた。それきり全く動かなくなる。
「やったのか?」
呆気ない。フェリックスには信じられなかった。スレイドは槍の穂先にあるその黒い宝石を満足げに見る。
「まさしくこれは魂喰の形質だ」
「随分とあっさりしているな」
「こんなものだろう……、戦いなんて」
それならいいが。全く動かなくなった魔剣を見下ろし、フェリックスは不安に駆られた。これで終わりなのか、本当に?
じっと魔剣を見ていた。だからこそ気付けた。ほんの僅か、刃先が発光していることに。
「待て、スレイド、まだ終わったと決めつけるのは――」
そのときだった。
魔剣が跳ねあがった。凄まじい勢いで飛翔する。
戦いが終わったと思って油断していた獅鷹の二人に立て続けに喰らいつき、その肉を貪った。あっという間に戦士二人を平らげた魔剣は、次にスレイドに襲いかかった。
「馬鹿な! 魂喰の形質はここにある! もう動けるはずがないのに!」
「確かに大本は魂喰の形質だった。だが、グリニスやポル、サヴェリオたちの肉を貪り、その様々な形質を取り込んだことで、剣総体としての形質が変化したのかもな」
「総体としての……、だと」
スレイドは愕然としている。
「ああ。つまり明確にコレは魂喰である、と言える部分が多く残っていない。他の人間の形質が浸蝕し、融合し、母体となったはずの魂喰の形質を食い荒らされている、ということだ」
バシッチが魂喰について語ったことを思い出す。喰らったモノの形質を自らの形質に溶け込ませる――たとえば人間が肉を喰らい水を飲むのとはワケが違う。牛の肉を食べたらその牛の特徴が自らの躰に現れる、そんな現象が、魂喰の場合起きているということだ。
「私の槍は、魔物の形質を引き摺り出すことしかできない……。この魔剣相手には無力だというのか……」
スレイドが棒立ちになっている。フェリックスは剣を構えた。
「スレイド、構えろ! 殺されるぞ!」
「フェリックス殿、この槍を頼む。父の形見なんだ……」
「スレイド!」
形質剥がしの槍を落としたスレイドの頭部を、魔剣が掠め取るように吹き飛ばした。そして捕食する。フェリックスは剣を構えていたが、魔剣にかすっただけで弾き飛ばされた。
捕食すればするほど強くなっている。フェリックスはそれを感じ取り、もはや勝ち目はないと悟った。少なくともフェリックス一人ではとても太刀打ちできない……。
むしゃむしゃと貪りながら魔剣がフェリックスに向き直る。やはり見逃してはくれないか。フェリックスは近くに落ちていたスレイドの槍を拾い上げた。
「来い。せめてポルの竜精の形質くらいは引き摺り出したいもんだが……」
魔剣がゆっくりとこちらに近付いてくる。しかしそのとき異変が起こった。
魔剣の口から何かが零れ落ちる。それは人の腕だった。誰の腕かは分からないが。
続いて、魔剣の口から肉の破片が吐き出される。魔剣は何度もげっぷを繰り返しながら、よろよろと上空に舞い上がった。
フェリックスはそれを茫然と見ていた。ときどき肉の塊を吐きながら、魔剣は空の彼方に飛んでいった。
満腹になった、ということか……。フェリックスは槍を構えたまま立ち尽くしていた。
今回生き残ったのは運が良かっただけ。フェリックスにはそれが重くのしかかる。
あの魔剣を止められる人間がいるのだろうか。ポル討伐の為に、グラント市に戦力が揃いつつあるのは、幸運だったかもしれない。フェリックスはグラント市へと走り出した。




