サヴェリオ
スレイド子飼い獅鷹の一人が顔をキッと持ち上げた。それに一拍遅れて、他の獅鷹の戦士たち4人が上空を見上げる。
スレイドとフェリックスは顔を見合わせた。気配に敏感な5人の金色の瞳の戦士が、何者かの接近に勘付いたようだ。
「空を何かが飛んでいます」
「最初は鳥かと思いましたがそうではありません」
「凄まじい速度で……」
「一匹ではありません。これは」
「二体いる!」
5人の獅鷹が一斉に指差した。そこを飛翔するのは一人の男だった。黒い翼をまるで巨大な腕のように振り回し、あべこべな機動で空を移動している。それに追従するのは魔剣。男を捕食しようと大口を開けて牙を剥き出しにしている。
「サヴェリオ……!」
「そして、あれが魔剣グリニス……。魂喰を秘めた剣か」
サヴェリオは必死に逃げていた。彼は空をジグザグに飛行することで何とか魔剣の攻撃から逃れていたが、段々と距離を詰められていた。そしてフェリックスたちのいる地点から少し離れた場所で墜落し、魔剣がそれに続く。
「サヴェリオ討伐と魔剣の破壊を同時に行える。願ったりかなったりじゃないか」
スレイドが言う。フェリックスは頷いた。サヴェリオの退治には問題ないだろう。だが魔剣グリニスのあの動き……。一瞬見ただけだったが、フェリックスの知っている魔剣の動きではなかった。記憶にあるものより格段にキレがある。ポルを取り込んだことで戦闘能力が増したのか。
「行くかね?」
スレイドがフェリックスを見ている。
「当然だろ。なぜ聞く」
「魂喰が死んだとき――あるいはその魔人が死したとき。それまで捕食したモノの死体がそこに現れる。もっとも、原形をとどめているモノはほとんどないが。知り合いの死体を間近に見ることになるかもしれない」
「俺にとって、グリニスはそんなに深い関係じゃない。ポルに至っては殺し合いをした仲だ」
「ほう? ならばどうしてそんな憂鬱そうな顔をしている」
「説明したくない」
説明しなくとも大体分かっているんだろ。フェリックスは思ったが、スレイドはとらえどころのない表情をしていた。こちらの様子を探るようでいて見放すような。
「あんたこそ行かなくていいのか。あんたの部下はもう向かったようだぞ」
「彼らは私の武器の一つだ。心配は要らない」
そう言ってスレイドはゆっくりとサヴェリオたちのほうへ歩き出した。サヴェリオは魔剣に気を取られていたが、疾風のように迫る5人の戦士の存在に気付きはっと息を呑んだ。
サヴェリオは黒き翼を最大展開。魔剣を牽制しつつも5人の金色の戦士と対峙した。
獅鷹の戦士たちはそれぞれ持っている武器が違った。剣、短槍、短弓、槌、そして鞭。それぞれの間合いで五人が同時に攻撃した。サヴェリオはそれを避けつつも反撃しようと試みたが、俊敏で隙のない連携を見せ、サヴェリオの攻撃は空振りに終わった。
魔剣が凄まじい勢いで突進する。サヴェリオは宙返りしてそれを避けたが、魔剣が一瞬放った黒い輝きが、彼の表情を一変させた。
「首領……!? まさかその剣に」
サヴェリオの動きが鈍くなった。その隙を見逃さなかった獅鷹の一人が短槍を投げた。その穂先がサヴェリオの胴体を貫通する。
「ぬおっ!」
サヴェリオは雄叫びを上げた。よろめき倒れそうになるが踏みとどまる。魔剣はサヴェリオを追うのをやめ、獅鷹の一人に狙いを変えた。魔剣の興味を引きつけたその戦士は鷹の翼を鎧の隙間から生やし、空を飛翔して逃げ始めた。
スレイドはそれを見上げて満足げに言う。
「あの魔剣の飛行速度はなかなかのものだが、私の部下は空こそが主戦場。機動性ではこちらに分があるようだ」
「上手く引きつけているようだが、長くもつのか? 魔剣に体力切れはないぞ」
「そのときは囮役を後退すればいいし――そう長くはかからん」
スレイドが脇から槍を引き出した。それはけして大きな得物ではなく、ほとんどが柄で、刃の部分は中指ほどの長さしかなかったが、それが形質剥がしの武器であることは、フェリックスには分かった。
スレイドが跳躍する。そして獅鷹と対峙しているサヴェリオに向かって槍を突き出した。
その動きは人間にしては機敏だったが、魔人のサヴェリオには鈍く見えただろう。難なくかわせるはずだった。
だが囮役を除く四人の獅鷹が、そうさせなかった。じりじりと追い詰め、動きを制限し、スレイドを援護する。しかもサヴェリオはスレイドの槍の威力を知らない。
とうとうスレイドの槍がサヴェリオの翼をかすった。形質剥がしが完了したのは、まさにその瞬間だった。翼をかすっただけのスレイドの槍が、まるでサヴェリオの体全体を打擲したかのようだった。衝撃でサヴェリオが吹き飛び、地面に薙ぎ倒された。そして槍の先端には罅割れた宝石のようなものが引っ掛かっていた。
それがまさしく魔物の形質――サヴェリオが宿していた形質に違いなかった。その宝石は間もなくバラバラになって砕け散った。
形質を奪われたサヴェリオは血を吐いている。翼が萎み、根本から千切れている。その表情は愕然としている。
「何をした……! この、この……、無敵の力が……」
スレイドは冷淡にサヴェリオを見下ろしている。
「食人鬼サヴェリオ。貴様はあまりに罪深い。贖いのときだ」
「勝手なことを……! 俺に喰われろ……!」
「残念だが、私は人は殺さん主義だ。これで戦いは終わりだ」
「なに……!?」
空を飛翔し、魔剣の注意を引きつけていた獅鷹が地上に向かってきた。まるでサヴェリオをあざ笑うかのように、彼の近くに着地し、そのまま走り去る。魔剣が大口を開けてサヴェリオに迫った。
「し、首領……、俺です、サヴェリオです、く、喰わないで――」
しかし魔剣はサヴェリオの頭部に喰らいついた。食事の風景をフェリックスはじっと見ていた。そこに迷いなど何もなかった。ただ獰猛に魂喰は食欲を満たし、げっぶをし、フェリックスたちに次の狙いを定めた。
「――スレイド、俺は今、確信したよ。こいつはもはやグリニスではない」
「ほう?」
「人肉の血を欲する、ただの殺戮装置だ。ここで討つ必要がある」
「貴殿にそれができるか?」
「試みる。俺にできなければ、他の誰かがやってくれるだろう。そうでないと困る」
「良い心構えだ。使命感というのは往々にして空回りの原因となる」
魔剣が迫る。その速度はサヴェリオ捕食前と大して変わっていなかった。魔人を捕食しなければその力は増大しないらしい。
フェリックスは誰より前に突出した。この剣で叩き割る。その覚悟が定まっていた。魔剣の軌道を見切る。鉄剣を振り回しながらも魔剣の柄を捕まえられないか試みる。
だが魔剣は、刃だけでなく柄の部分も変幻自在だった。フェリックスが魔剣の攻撃を掻い潜りながら柄に触れたのに、その形状が一瞬で変化し、柄の部分が湾曲、指が届かなかった。
「ちっ!」
フェリックスは鉄剣を構えた。そこに暴剣が思い切り体当たりしてくる。鉄剣があっさり折れるのを茫然と見た。
凄まじい馬力だ。喰われる以前に、このパワーをまともに受けたらタダでは済まないだろう。
「無理をするな、フェリックス殿。単独で仕留めるのは少々無理があるだろう」
スレイドの呼びかけにフェリックスは素直に応じた。
「……明星戦士団の面々は頼もしいな」
「援護を頼む、フェリックス殿。想像以上の強さだ。まだ数人しか捕食していないとは思えない強さだ」
スレイドが合図した。五人の獅鷹の魔人が各々魔剣に攻撃を開始した。フェリックスもまた、スレイドに飼われているがごとく、新たな得物を受け取ると突撃を開始した。




