金色の瞳
フェリックスはコーラの様子を見に聖騎士たちが詰めるラグト教会の施設に向かった。だがどうも先ほどまでの様子と違った。コーラが施設に乗り込んだときは、辺りは静謐に包まれていたというのに、今は騒がしい。人の出入りが激しく、時折叫び声のようなものも聞こえる。
まさかコーラが中で騒ぎを起こしたのか。もしかすると賞金首であることが露見したのかもしれない。下手に抵抗して、騒ぎが大きくなっているのかもしれない……。
捕まることになっても大人しくしておけ。とでも言っておけば良かった。フェリックスは自分の迂闊さを呪いながら施設に近付いた。
「何の騒ぎだ?」
フェリックスは入口近くにいた小柄な修道女に声をかけた。
「何の騒ぎなんでしょうねえ」
うーん、と腕組みしながら答えたコーラは、フェリックスに笑いかけた。
「あ、師匠。おかえりなさい、早かったですね?」
「……お前、コーラか? なんだその恰好」
「似合うですよね? ここの人が私のことを孤児だと勘違いして、衣服とか食事とか、面倒みてくれたです! ディールさんはいませんでしたけど……」
コーラがくるりと回転してみせる。ラグトの修道女伝統の純白の衣装だった。髪を頭の上で纏めて団子を作るのが特徴的で、フェリックスはまじまじと少女のを顔を見た。
「ふうむ」
「い、いやだなあ、師匠。もしかして私が絶世の美少女だって気付いちゃった感じですか? 成長中のお胸にも注目? 美脚で美白のコーラちゃんに目が奪われちゃって……。罪なオンナだなあ、私も!」
「お前、デコ広いな。てかってるぞ」
「――んもう!」
コーラが足を踏み鳴らした。フェリックスはそんな少女を放っておいて、施設の中を覗き込んだ。
「で、何の騒ぎなんだ。お前、ここにいたんだろう」
「さあ……。食事に夢中だったので」
よく見ると額のみならずコーラの口の周りが油でてかてかしていた。さっきまでめそめそしていたと思ったのに、図太いというか、涙が安いというか。
「来客中、といったところか……。まあ、俺たちには関係がなさそうだな」
「ですねー。あ、師匠、グリニスちゃんについて進展ありました?」
「いや、あまり。お前はしばらくここにいろ。俺は色々と調べることがある」
「えっ。迎えに来てくれたんじゃないんですか!」
「違う。この辺は人も多いからな、魔剣が襲ってきても、まあ、何とかなるだろ」
「そんなぁ」
フェリックスがその場を去ろうとしたとき、施設から5人ほど人が出てきた。軽装の戦士であり、男もいれば女もいる。体格や肌の色もまばらだったが、共通しているのは、金色の瞳をしていること。フェリックスにはそれが印象的だった。
「見つけた」
その内の一人が、フェリックスを見つけるなり言った。フェリックスは咄嗟に逃げようとした。5人が纏うのは明らかな殺気。それだったからである。
フェリックスは人混みに紛れようとした。だが踏みとどまった。もしフェリックス一人だったら遁走を試みていただろうが、コーラと親しげに話しているところを見られた可能性がある。ここは自分が対応すべきだろう、と判断した。
フェリックスがその場で悠然と佇立しているので、5人の戦士は顔を見合わせた。そしてゆっくりと近づいてくる。
「死神フェリックス。そうだな?」
「いかにもそうだが、嫌な目をしているな、お前ら」
「綺麗な瞳だろう? 獅鷹の形質だ。西方では鷹狩りが盛んなんだ、知ってるだろう?」
「知らん。で、何の用だ」
5人がフェリックスを取り囲むように歩み寄ってくる。フェリックスは敢えて退かなかった。
「山賊ポルを討伐したとか……。死体はどこにやった?」
「街道で戦いがあった。どこかに転がっているはずだ」
「ポルの配下の死体なら幾つかあった。お前の家の跡地近くに埋まっていたのも発見した。だが、首領ポルと、その右腕サヴェリオの死体が見つからない」
そりゃそうだ。ポルは余さずグリニスが食べた。サヴェリオはまだ生きている。
「サヴェリオはまだその辺をうろついていると思うぞ。……で、お前らは何者なんだ。ポルを追っていた賞金稼ぎか?」
「ケナルラの明星戦士団である。グラント市をはじめとする、ポル討伐の共同作戦に参加する予定だった」
「へえ」
フェリックスの気のない返事に、メンバーの一人である女戦士が詰め寄ってきた。
「お前、本当にポルを倒したのか? 死体がどこにもない。どこに隠した」
「だから、どこかにはあるだろ。お前らの探し方がまずいだけだ」
「探し方、ね」
5人は思わせぶりに視線を交わした。
「死神フェリックス、貴様は知らないようだから教えてやる。我々は普段、魔物を狩るとき、その獅鷹の形質がもたらす優れた嗅覚を利用する。特に魔人の死体などという強烈な臭いを嗅ぎ出せないなんてことはありえないのだよ」
「そりゃあ、お前らの能力なんて俺が知るはずがないだろ」
フェリックスの淡泊な反応に、5人の殺気はなおも膨れ上がった。
「――尊敬する同志ディールの言葉によれば、間違いなくポルはフェリックスが倒したという。我々もその言葉を信じたいところだが、失礼ながら、ディールは少々お人好し過ぎるきらいがある」
5人の苛烈な視線に、フェリックスは動きを止めた。この圧迫、下手な動きをしたら斬られる。それほどの迫力があった。
「……俺とディールが嘘をついていると?」
「嘘をついているのはお前だけだ、フェリックス! そしてお前がディールを騙した! 報奨金目当てに虚偽の申告をしたのだろう、違うか!」
フェリックスは思案した。ここで「本当は殺してません」と言ったらどうなるか。恐らく、見逃されることはなく、その罪を問われるだろう。かといって本当のことを話せば、グリニス討伐の動きに間違いなく繋がるだろうし、その管理者としての責任も問われるかもしれない。
「……で、お前らはどうするつもりだ。俺は事実を述べているに過ぎないのだが」
「死体の場所を言え。もしそれができなければ、貴様を虚偽の申告で然るべき機関に突き出す」
「……俺は、別に、報奨金なんて興味がないんだがな」
フェリックスは頭を掻いた。
「俺じゃなく、ディールが片付けたってことにしてもいい。俺は何の見返りも求めない。名誉もカネも要らない」
「この期に及んで臆したか? ディールを言葉巧みに騙しておきながら、今更、ポルを殺したのはディールだと?」
「俺が欲しているのは、そうだな、お前たちみたいな低能とかかずらうことなく、平穏に暮らせる日々だな」
「――今、何と言った!?」
「低能だ。低能。聴覚も不自由しているらしいな、さすが低能」
「貴様!」
一人が抜剣した。フェリックスはそれとほぼ同時に剣を抜き放った相手の手首を掴んで捩じり倒した。辺りが騒然となる。
「先に剣を抜いたのはお前だ、斬られなかっただけ感謝しろ」
フェリックスの言葉に他の4人が武器に手をかけた。だが、
「よせ、お前ら!」
野太い声が響き渡った。5人の戦士が慌てて佇まいを改める。
群衆を掻き分けて現れたのは髭面の偉丈夫だった。赤と黒が混ざり合う炎の模様をあしらった鎧を着こんでいる。
現れた男はフェリックスの正面に立った。その圧迫感は、他の5人の戦士の比ではなかった。
「お前は……」
「部下が失礼した。明星戦士団の団長、スレイドという。貴殿は死神フェリックス?」
「いかにも」
「我々が一年半にも及んで追跡し、とうとう仕留めることができなかった山賊ポルを、単身撃破したとか。なるほど、それだけのことをしてのける力量があるようだ」
スレイドは感情のこもらない瞳でフェリックスを見下ろしている。
「我々にとってポルは因縁の相手。私の部下が何人か奴らに喰われている。どうか気を悪くしないでもらいたい、部下たちも必死なのだ」
「別に俺は構わないが」
スレイドの部下5名は、フェリックスを睨みつけている。こいつらが納得しないのではないか。
「我々は、討ち漏らしたというサヴェリオの討伐に向かう。フェリックス殿、よろしければ我々と同道願えぬか」
「同道?」
冗談だろう。フェリックスは応じた。
「お前の部下は、俺のことを気に入っていないようだし、実のところ、サヴェリオという賞金首に対してもあまり興味がない」
「そうか。まあ、致し方ないことかな。では、この辺で失礼する」
スレイドは歩き始めた。それに部下5名がついていく。フェリックスはふうと息を吐いた。あの男が現れなかったら、相手を怪我させていたかもしれない。連中の腕は大したことがなかったので負ける気は全くしなかったが、相手を負傷させていたら厄介なことになっていただろう。
「師匠、凄いですね……。あの人たち、怖くないんですか」
「は?」
コーラがほれぼれとしていた。
「だって、あんな怖い人たち……。私、今、必死に師匠と関係ない人を装ってましたもん。えへへ」
「それが正解だ。それより、気になるな」
「えっ。さっきの人たちのことですか? それともサヴェリオ?」
「いや。スレイドとかいう男……」
「あのおじさんがどうかしました?」
「あいつ、魔人の部下を引き連れているくせに、当人はただの人間だ」
「へえ~……。……それがどうかしました?」
「いや」
別にそれでも構わない。だがどうも妙な気配がした。今、ただの人間だと言ったが、普通の人間ではない気もした。しかし確証がない。少なくともスレイドは魔人ではない。それだけは分かる。では普通の人間かと聞かれれば、返答に窮してしまう。
フェリックスはコーラをその施設に預けたまま、別の場所に移動した。サヴェリオのことは、あの明星戦士団に任せておけばいいだろう。今、考えるべきは、グリニスのことだ。フェリックスはそう決めて行動を再開した。




