魔剣ポル=グリニス
一日は安静にしているよう忠言を貰ったが、包帯でぐるぐる巻きになった右腕を動かそうと力を込めると、縫合してもらったばかりなのに指先がぴくりと動いた。指先と言っても、適当につぎはぎしてもらった肉の塊に過ぎず、完全に元通りになるのは時間がかかるだろう。とはいえ義手に頼るような生活になることはなさそうで、ひとまず安堵した。
コーラを運び入れたという医院に向かった。このままあの少女を放置してもいいかもしれないと思いかけたが、魔剣がもしコーラを追ってここまで来たら厄介なことになる。一応、近くにいたほうがいいだろう。魔剣はポルを捕食した後、姿を晦ましていた。いつ、どこから現れるか分かったものではない。
医院の入口の前に立ち、受付の人間にどう説明して入れてもらおうか考えていると、扉が開いてコーラがひょっこり顔を出した。
「あ、師匠!」
コーラがにこりとする。そしてフェリックスの右腕をぎょっとして見る。
「あ……、夢じゃなかったんだ……。師匠の右腕が」
「問題ない、じきに治る」
フェリックスの言葉にコーラは目を丸くした。
「えっ!? それ、義手じゃないんですか!」
「義手に包帯を巻くかよ。拾い集めて繋ぎ合わせた。死神の形質で俺の肉体はとんでもない治癒能力を得ているからな」
「うっわ、師匠化け物。化け物じゃないですかー」
そう言うコーラは安堵したように笑っていた。フェリックスはそんな少女の頭を小突く。
「あいてっ」
「それより、お前。来るなと言ったのにどうしてあの場所まで追って来たんだ」
「いや、それは……」
「お前まで死ぬところだったぞ。ポルは相手が女子供だろうと容赦なく殺しただろう」
「でも、師匠……」
コーラは目をうるうるさせていた。フェリックスは、別にそんな彼女の様子に気後れしたわけではないが、これ以上強く言えなかった。
なにせ、コーラが魔剣を引っ提げてあの場に現れなければ、フェリックスは死んでいただろう。魔剣グリニスの力がなければ、ポルには絶対に勝てなかった。そういう意味ではコーラの無謀さがフェリックスを救ったことになる。
「いいか、コーラ。二度と俺の言葉をたがえるな。でないとお前を容赦なく衛兵に突き出すからな」
「は、はい……。あの、ポルは倒せたですか?」
「……ああ」
「さすがです、師匠! やっぱり師匠は凄いなあ! あんなに負けそうになってたのに!」
「うむ……」
コーラは笑顔で捲し立てる。
「私が来たときは死にかけてましたよね! ポルのほうが実力は上だったんですか? でも逆転しちゃうなんて! どうして逆転できたんだろう?」
「ほら、そろそろ行くぞ、コーラ。指名手配書を見た誰かがお前に気付くかも……」
「グリニスちゃんがいないから大丈夫ですよ。あ、グリニスちゃんといえば、どこにいったんだろ?」
「いや、どこか都市の外をうろついてるだろ」
「グリニスちゃんは戦いで役立ちました? 師匠ってば、グリニスちゃんを遣えば誰にも負けないのでは? あー、というか、もしかして、師匠、グリニスちゃんを使ったから逆転できた感じですか?」
「……いや、その」
「そうなんですね、グリニスちゃんを使ったと?」
「……うむ」
「ということは? 私があの場に行かなかったら? 師匠は? し・ん・で・た?」
「……」
「……図星ですか? 的中ですか? コーラちゃんの言う通り?」
「……ああ」
渋々だったが、認めるしかなかった。コーラはにんまりと笑って、それ以上何も言わなかった。
しばらく歩いて、門を出てグラント市の外に出たとき、ふうとコーラは息を吐いた。
「いやね、師匠、別にいいんですよ? 私も師匠のこと大事に思ってますし? 師匠はちゃんと病院まで足を向けて、そう、私のこと心配してくれてたんだって分かりましたし? グリニスちゃんだけじゃポルには勝てなかったと思うし? ポルを倒せたのは師匠の実力あってのことだと思いますし?」
「……ああ」
「まあ諸々勘案してね、そう、今回は師匠のお手柄ってことで良いと思いますよ? ね? そうですよね?」
「……いや、だが」
「いや? だが? 何ですか? なになに、何ですか?」
「……お前が来なかったら俺はポルに勝てなかった」
「ですよねー! じゃ、どうして最初私のこと叱ったのかなー? あれあれー、おかしいなー、おかしいよー、うーん」
コーラがあんまり調子づくので脳天に拳を置くように叩いた。
「あいてっ」
「調子に乗るな。いいか、もしお前が魔剣を自在に操れるんだったらな、あの場で気絶せずに俺と連携して戦うことも可能だったはずだ。最初からお前を戦いの場に連れていくことができていれば、聖騎士の連中も死なずに済んだかもしれない」
「いや、でも」
「お前は未熟なんだ。今回はたまたまうまくいっただけ。それはお前にも自覚があるだろう」
「はい……」
「今回は礼を言っておく。だが、二度と同じようなことをするんじゃない。次こそお前、死ぬぞ。お前が死んだらグリニスがどのように振る舞うか、分かったものじゃない」
「そうですね……」
ここでコーラは上空を見上げた。
「おかしいな。グリニスちゃん、どこに行ったんだろ。そろそろ顔を見せてもいいはずなのに」
「もう少し都市から離れてから呼べ。この辺だとまだ人目がある」
「はーい」
二人は、かつてのフェリックスの家があった場所まで移動した。家の残骸がまだ転がっていて、また最初から作り直しか、と少々うんざりした。
コーラは辺りをきょろきょろと見回している。
「あれ、グリニスちゃん、どこだろう……」
「どうした」
「どこにもいないんです、グリニスちゃん。いつもなら顔くらいは見せるのに」
コーラは不安そうだった。フェリックスも周囲を見渡した。すると、森の方向の空に、魔剣グリニスがこちらに向かって飛翔しているのが見えた。
「ほら、コーラ。お前は視野が狭いな。あそこにいるぞ。こちらに向かってくる……」
しかしフェリックスはここで悪寒を覚えた。魔剣グリニスがこちらに向かって飛んでいる、飛んでいるが……。どうも勢いが桁違いだ。
コーラが「おーいグリニスちゃーん」と手を振っている。少女は何の警戒もしていないようだ。
しかしフェリックスは胸のざわつきを抑えることができなかった。咄嗟にコーラの隣に立つ。
魔剣の勢いは弱まることがない。切っ先をこちらに向けて突進してくる。
「おーい、グリニスちゃーん、元気だったー?」
「……危ない!」
フェリックスはコーラの首根っこを掴んで横に跳んだ。グリニスの切っ先が先ほどまでコーラの首があった位置に一閃した。勢い余って地面を抉りながら一回転し、機敏に方向を変える。
グラント市で新調していた鉄剣を引き抜き、魔剣グリニスの攻撃を受け止める。魔剣は牙を剥いていた。コーラが口をぱくぱくとさせている。
「ど、どうしちゃったの、グリニスちゃん! らしくないよ!」
「コーラ、下がってろ」
「し、師匠……」
「こいつ、どういうわけだかお前を狙っている。逃げろ」
「で、でも!」
「お前、さっきの俺の言葉を忘れたか! 師匠の言葉に従え! 逃げろと言っているのが聞こえないか!」
フェリックスの怒声に、コーラはびくりとして、小さく頷いた。そしてトテテテと駆けだしていく。
魔剣グリニスはフェリックスを振り切り、そのままコーラを追おうとした。だがフェリックスは魔剣の柄を掴むことに成功し、その場にねじ伏せた。
「どういうことだ、グリニス……。お前、コーラを守るのではないのか」
フェリックスの言葉に、グリニスの刃が明滅する。そのとき魔剣の中から声が聞こえた。
《フェリックスさん……。コーラをよろしく頼みます……》
《殺す……、殺す……! 喰う!》
声は二つ聞こえてきた。二つとも聞き覚えがあった。
一つは依然聞いたグリニスのもの。もう一つは……、ポル?
魔剣がフェリックスの手から逃れた。しかしコーラのほうに向かうわけでもなく、空中で錐揉状態になったり不規則に浮かび上がったり、動きがしっちゃかめっちゃかだった。フェリックスは直感した。
「あの魔剣の中で……、グリニスとポルが戦っているのか?」
そうだ。そうに違いない。魔剣がポルを捕食し、どういうわけかポルの人格が魔剣に反映されているのだ。確信した。
魔剣は空高く飛ぶと、コーラが逃げたほうとは反対のほうへ飛び去った。グリニスの意思が勝ったのか。フェリックスはそれを見届けると、素早くコーラのほうへと向かった。
「どうして……。グリニスちゃんが」
コーラは路傍に手を突き、四つん這いになって泣いていた。
「逃げろと言ったろ。どうしてこんなところで止まってる」
「だって……。だって!」
コーラは泣いていた。フェリックスに叱られたり、見捨てられそうになったときより、激しく泣いていた。フェリックスはこれ以上何も言えなかった。空を見上げていつあの魔剣が襲ってこないか警戒を続けた。またいずれ魔剣が襲ってくるだろう。そのとき、どう対処すべきか……。フェリックスは悩んでいた。




