帰還
コーラを背負い、左手で自分の右腕の残骸を抱えながら白銀街道を進んでいると、ディールの姿が見えた。逃げるべきか戻るべきか逡巡しているようで、その辺を行ったり来たりしている。
「フェリックス殿!」
ディールが甲冑を鳴らしながら駆けてくる。
「その右腕は!」
「問題ない。俺は普通の人間ではないからな。適当に縫合して放っておけば元通りになるだろう」
「そ、そうですか。それで、山賊たちは――」
「ポルを討伐した」
フェリックスは言った。まさか魔剣が殺したとは言えなかった。ディールからすればコーラとグリニスも討伐対象である。魔剣が絡んだと言えば勘繰られてしまう。
「だが山賊一人を撃ち漏らした。サヴェリオだ。お前は見ていないか?」
「いえ、サヴェリオが……。しかし、ポルを討伐したですって? 本当ですか!」
「こんなことで嘘はつかない」
それにしてもサヴェリオは逃げたか。ポルの死を察知して姿を晦ませたか、あるいは単純にディールの姿を見つけることができずに今もこの辺を彷徨っているか……。
「山賊討伐は9割完了だな。サヴェリオも相当にやばい奴だが、あいつ一人だけなら大規模な作戦を講じるまでもないだろう」
「そうですね……、しかしお手柄だ! さすがフェリックス殿。グラント市の衛兵たちがあなたに心酔しているのも道理というもの」
二人が話していると、道から外れた丘陵から、嘶きが聞こえた。ふと視線を向けると、馬の白い背が見えた。
「あっ……、セイバー! 生きていたのか!」
ディールの呼びかけに、彼の愛馬セイバーが嬉しそうに駆けてきた。フェリックスを突き飛ばすくらいの勢いで近付き、ディールにその鼻先を向けた。ディールが荒々しく撫でるとぶるぶると躰を震わせた。
「良かった……、この馬はもう歳なのですが、頑丈さだけはどんな馬にも負けません。とはいえ、今回ばかりはもう駄目かと……」
「良かったな」
「フェリックス殿、この馬に乗ってください。あなたの怪我は相当なものだ。それに、あなたが背負われている少女も、気絶をしているようだ。できるだけ早く医者のところまで運んだほうがいい」
フェリックスは頷く。
「ああ、確かにそうだな。しかしこの女のことは何も聞かないのか」
「大方、あなたを追って戦闘の場までついてきてしまったのでしょう。彼女、あなたの弟子なのでしょう?」
「ああ……、うむ」
とりあえず頷いておくしかない。フェリックスは頬を掻いた。
「……それじゃ、この女は頼んだ。俺は徒歩で行く」
「しかし……」
「この馬はお前の相棒だろう。俺が手綱を握っても言うことをきくか分からんし――実を言えば俺は馬術の心得がほとんどない」
かといって、人間三人を載せられるものだろうか。しかもディールは重装備である。フェリックスが歩いて行くしかないだろう。
「フェリックス殿……、本当に大丈夫なのですか?」
「ああ。今は俺のことより、その女のことを気にしてやってくれ」
「分かりました。それでは一足先に行って、フェリックス殿の腕を治癒してくれる医師を手配してお待ちしております」
「形質研究者でアイオンとかいう変人がいる。そいつなら俺の手当てをしてくれるはずだ」
「アイオンですか。あの前科者の……。分かりました」
ディールはセイバーに跨り、コーラを抱え持つと、そのまま馬をゆっくりと走らせた。フェリックスはそれを見届けると、のんびりとグラント市への道を辿り始めた。
サヴェリオが近くにないか、少し心配だったが、襲ってくる気配はなかった。遠くへ逃れたか。ポルを倒したとはいえ、今のフェリックスの状態だと、あの男の攻撃を回避できるか自信はなかった。勝てるかどうかは五分五分といったところだろう。
グラント市に帰還すると、門前でアイオンが待ち構えていた。割れたままの銀縁眼鏡をかけた彼は、手を叩いて大いに笑った。
「うわっはっはっは、フェリックスくん、酷い顔だ! 私の改造計画を素直に受けていれば、凡百の山賊風情に後れを取ることはなかっただろうに!」
改造計画なんて初めて聞いたが、今は傷を治してくれることのほうが重要だ。フェリックスは自分の右腕の残骸を差し出した。
「治せるか?」
「治せるか? 治せるかだって? 答えはもちろん『はい』だ! 足りない部品も幾つかあるようだがね、死神の形質が宿っているきみの肉体はそれくらい簡単に補うことができるだろう!」
「そうか。縫合を頼む」
「その前に血液を採取させてくれ。肉片も一部貰うぞ! 当然の報酬だ、構わんね?」
「ああ……」
「ついでに素敵な改造を……」
「それは断る」
フェリックスはアイオンに連れられて、彼の研究所に向かった。
アイオンの研究所は、外見こそ普通の住宅のようだったが、中はかなり異質だった。雑多なモノでごった返している。書籍や紙切れのようなものが部屋の面積の大半を占めていたが、その中に実験器具のようなものが紛れている。アイオンがフェリックスをいざなったのは小さな寝台だ。
「さあ、そこに腰掛けてくれたまえ。そして右腕の残骸はこの台に置いてくれ。きみの腕にこの肉団子をくっつける前に、まずはこれらを腕の形になるように成型する必要があるからね……」
「時間はどれくらいかかる?」
「一時間もあれば十分だ。そうそう、きみの腕、最低限止血くらいはしておいたほうがいいと思うがね」
「問題ない。力を込めれば血は止まる。そういう躰なんだ」
「便利な肉体だな。つくづく戦闘の為の肉体といった感じを受ける。フェリックスくん、きみがこれからどんな人生を志向しようとも、戦闘から逃げることはできないだろう。死神とはそういう宿命を背負っているのだよ」
「……分かってる」
そうだ。そんなことは分かっている。人間同士の争いに巻き込まれなくとも、死神の形質は魔物を呼び寄せる。常に戦いの中に身を置くことが決定している。
それ自体は悲しいことではない。ただ、人との繋がりを拒絶するようになるのは仕方のないこと。もしフェリックスに親しい人間ができたとして、その人間は必ずフェリックスの戦いに巻き込まれるだろう。
アイオンくらいなものだ。戦いに巻き込まれてもへらへら笑いながら自分の死を受け入れそうな狂人は。
「……しかし、フェリックスくんをここまで追い詰める敵というのも気になるがね」
「山賊のポルだ」
「ポル?」
アイオンはにやりと笑った。
「ああ、そういえば、そんなことを言ってたっけな。不思議だな、ディールくんの聖剣ならばあの手の魔人は討伐できると思っていたが」
「ディールの聖剣……?」
フェリックスはこの機に確認しておくべきだろうと思った。
「ディールの聖剣というのはどういう武器なんだ? あいつの聖剣に斬られたらしい山賊が、時間差で倒れていたが」
「魔人殺しの武器だよ。単純だ」
「魔人殺し……」
フェリックスはディールが市井の人間からそのように呼ばれていたことを思い出した。魔人狩りだ何だと称賛されていた記憶がある。
「魔人にとっての毒を、あの聖剣は振りまくわけだ。直接斬れば一撃で葬り去る。直撃しなくとも、その聖気を近くで浴びると、気絶くらいはするというわけだ」
「そうか。だが、俺は近くであいつの聖剣を見たはずだが、気絶なんて」
「それはディールくんから敵意を向けられていないからだ」
釈然としなかった。フェリックスは唸る。
「そういうものか」
「そういうものなんだ。言っておくが、ディールくんに勝てる魔人なんてそうそういないぞ。あのポルでさえ、ディールくんとまともに対峙していれば敗れ去っていただろう」
「どうしてディールがポルと対峙していないと分かる」
「だって、きみがポルを倒したのだろう? そういうことさ」
大した信頼だ。だがアイオンからここまでの評価を受ける人間ということは、只者ではないことは確実。フェリックスは呟いた。
「聖剣遣い、ディールか……」
今は敵ではない。しかしフェリックスが魔人である以上、相容れぬ存在であることは確かだった。フェリックスはアイオンの作業をじっと眺めていた。そして時が過ぎるのをぼうっと待っていた。




