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暴剣娘の傍見的冒険  作者: 軌条
漆黒の竜精
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魔剣の名は腹ペコ

「殺した奴の肉は余さず食べるのが流儀なのだけれど。さすがにその魔剣は食えないわね。代わりに、死神を骨までしゃぶりつくしてあげる」


 ポルは舌なめずりしながらふわふわと空中に浮かんでいる。フェリックスは魔剣グリニスを左腕一本で支えていた。その巨大な魔剣は、しかしほとんど重さを感じさせなかった。ひとりでに動くこともできるこの魔剣が気を利かして重さを軽減させているのだろう。


 だが、フェリックスがこの魔剣を振るうというのならば、その配慮がどのように作用するのか未知数だった。つまり魔剣グリニスは重力に逆らった状態でフェリックスの掌中に収まっているわけで、フェリックスが振ったとき違和感が生じないか、それが心配だった。


 試しに振ってみる暇などない。ポルがこちらの隙を窺いながらも、同時に、コーラの存在も意識している。もしフェリックスが後退しようものなら、気絶したコーラを人質にとって、こちらの動きを封じてくる。その可能性も考慮しなければならない。


「グリニス……、行くぞ」


 フェリックスの呼びかけに魔剣が微かに震える。一気に踏み込んだ。その動きにポルはいとも容易く反応した。空中で姿勢を変えて大鎌を振るう。魔剣と大鎌が激突するが、鎌の湾曲を利用し、こちらの攻撃の勢いを見事にいなしてみせた。勢いでつんのめったフェリックスの胴に、素早く切り返した大鎌の刃が迫る。


 フェリックスは強引に躰を沈め、地を這うように脇に跳んだ。およそ巨大な得物を持ったままできる動きではなかったが、魔剣グリニスはフェリックスの動きを全く阻害しない。むしろ魔剣が持ち主の動きに呼応することで、素手の状態よりも素早く動けるくらいだった。


 魔剣の切っ先をポルに向ける。大鎌の空振りで前傾体勢になっていた彼女にとって、一瞬ひやりとするような挙動だったに違いない。ポルは歯を剥き出しにした。


「ふざけんじゃないわよ……、いい、フェリックス、さっきからあんた、遊んでばかりだけど……。この私をそんな風におちょくったことを後悔させてやるわ」


 そしてポルは地面に落ちていたフェリックスの右腕を踏み潰した。剣を固く握り込んでいたその五本の指がバラバラになる。フェリックスはふっと笑った。


「動揺しているのか、ポル。お前、この魔剣の正体が掴めずに困惑しているんだろう。俺もそうだった、だから分かるが――」

「そんなこと……!」

「俺も、コーラがこの魔剣を使っているとき、嫌な感じがしたもんだ。もしコーラが剣客と呼べるほどの技倆を備えていたなら、俺は敗れていたかもしれん。この魔剣にはそれだけの力がある」

「雑魚がどんなに立派な武器を遣おうと、私の敵じゃない!」

「確かに俺はお前より劣るな」


 フェリックスは認めた。


「だが、どんなに腕力に優れた人間でも、大砲が撃ち上げた弾より遠くへ弾を投げることはできない。それと同じだ。戦士としては認めがたい事実だが……。この魔剣には、剣士同士の絶望的な実力差をいとも容易く埋めてしまうだけの力があるということだ」

「何よそれ……」

「お前も薄々気づいているんだろ」


 フェリックスはゆっくりとポルに歩み寄る。


「それとも実際に斬られてみないと納得できないか? いいぜ、斬られるだけとは限らないが」


 魔剣の切っ先がぐわりと開いた。そこに現れたのが魔剣グリニスの口だった。ポルがぎょっとしている。


「何よそれ、全然かっこよくない!」

「さんざん人肉を喰らって悦に浸ってたんだ、お前自身、戦いに敗れたら誰かに喰われることくらいは受け入れるべきだと思うが」

「にしたって――ええ!?」


 驚愕したポルは、少し毒気を抜かれたようだった。フェリックスは突進する。今しかない。ポルが油断している内に殺す。確かに魔剣の力によってフェリックスには勝機が生まれた。しかしだからといってポルより優位に立てたかと言うとそうではない。


 フェリックスは何となく察していた。ポルはまだその力の全てを発揮していないと。あの狂人サヴェリオが恐怖するほどの力を、まだこの竜精セイタンの女は見せていない。


 フェリックスに突進にポルは素早く反応する。フェリックスの斬撃は雷光のように鋭いものだったが、それをあっさりと回避する。空中を自在に動くポルを捉えるのは容易なことではなかった。


 ポルの目が据わっている。魔剣の衝撃からは立ち直ったようだった。


「面白いじゃない……。その剣は私にこそ相応しい! あんたみたいな男には勿体ないわ」


 ポルの躰が一瞬発光した。次の瞬間、ポルの周辺に八つの雷球がふわふわと浮かんでいた。バチバチと音を立てながら空中に揺蕩っている。ポルが目を見開くと雷球が次々と飛来してきた。


 フェリックスはそれを避けた――はずだった。かなり距離があったにも関わらず雷球が地面に触れて弾けると電撃が襲ってきた。フェリックスは全身が痺れ、危うく魔剣を落とすところだった。


「これくらいでへばらないでよ!」


 ポルが更に合図すると、彼女の周辺に八つの氷球が出現していた。フェリックスはよろめきつつそれを睨むしかない。


「なんて奴だ、クソっ……」


 フェリックスが呻いた直後、魔剣グリニスが勝手に動き始めた。左手一本で魔剣と繋がっていたフェリックスは危うくそれから離れそうになりつつ、何とかしがみ付く。


 直線的に動いたグリニスだったが、ポルはあっさり見切った。空中でくるりと回転し攻撃を躱す。そして氷球を飛ばしてきた。


 空中でそれを迎え撃つことになったフェリックスは戦慄した。魔剣グリニスの大雑把な機動ではあの勢いの攻撃を躱し切ることはできないだろう。


 だがフェリックスの心配とは裏腹に、グリニスは大口を開けた。そして向かってきた氷球を全て呑み込んだ。


 相当な衝撃があったはずだが、グリニスはけろりとしていた。ポルも唖然としている。


「なんつー……、悪食あくじき


 魔剣グリニスは勝手に動き始めた。フェリックスを柄にぶら下げたままポルに突進する。


「でも! そんな攻撃じゃあ、私には一生当たら――」


 ポルが避けようとする。だがフェリックスが魔剣にぶら下がったまま足蹴を繰り出した。足首にフェリックスの爪先が絡まる。


 その僅かな取っ掛かりを利用してフェリックスは魔剣を力任せに振り切った。


 ポルがすぐさま空中を滑るようにして移動し、躱そうとした。


 だがポルは依然、魔剣グリニスの間合いを把握していなかった。魔剣グリニスの尖端が伸長し、ポルの右腕にかみついた。


「いったあ!」

 

 ポルが素早く手刀を繰り出してグリニスを叩き折ろうとする。だがグリニスはすぐに噛みつくのをやめて一旦離れた。


「――はっ!」


 フェリックスが魔剣に引き摺られるように空中を移動しポルに蹴りを飛ばした。ポルはそれを難なくいなすが、一瞬彼に気を取られたのが命取りだった。


 フェリックスは既に魔剣を手放している。魔剣が空中で回転ターン。ポルの後背に回っていた。


 ポルはそれに気が付いていない。フェリックスが何も持たずにそこにいることに首を傾げている。


「あっ……」

 

 ポルは振り返った。その彼女の頭を魔剣ががぶりと食らいついた。いつもなら人の頭を齧ってもすぐに吐き出すのに、今度のグリニスは容赦なかった。その鋭い歯がポルの首筋に食い込む。喰らいついたまま左右に激しく揺さぶる。


 ガリガリガリっという生々しい音と共に、グリニスがポルの頭部を喰いちぎった。そして空中に投げ出された彼女の首から下を、グリニスは次の攻撃で丸呑みした。


 フェリックスは無事に着地した。そのときには既に勝敗は決していた。


 魔剣は空中にしばらく浮かんでいた。まるで勝利を祝うかのようにそこに屹然と君臨し続けている。食後のげっぷをかまし、風に乗ってその臭気がここまで漂ってくる。



 フェリックスはふっと笑った。


「やれやれ。分かったよ。お前の手柄だ。よくやったな……、だが、正直言うと、結構しんどいんだ。お前の相手をしていられるほどの余裕はない」


 フェリックスはずたぼろになっている自らの右腕を拾いに行った。アイオンあたりに頼めば、データ採取ついでに治してくれるだろう。まあ、治せなかったとしても、義手くらいは作ってくれるはずだ。


 戦いは終わった。あとはサヴェリオをディールが片付けてくれていると楽なのだが。そんなことを思いながらフェリックスはコーラを背負い、白銀街道を南へと進み始めた。グラント市までは苦しい道程になりそうだった。








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