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暴剣娘の傍見的冒険  作者: 軌条
漆黒の竜精
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黒翼と黒鎌

 山賊三人はすぐさまフェリックスたちを追ってきた。身軽なフェリックスはともかく、重装備のディールは徒歩では動くのがのろ過ぎた。とはいえ、この狭い地形ではあのサヴェリオとかいう魔人トレイターの攻撃を躱すのは容易ではない。


「ディール、全力で走れ。この峡谷を抜けろ」

「ふ、フェリックス殿は!?」

「時間を稼いでくる。あわよくば倒してくる」

「私も一緒に……!」

「これ以上俺に面倒をかけさせるな」


 フェリックスの言葉にディールは頷くしかなかった。彼はよたよたと白銀街道を南進していく。


 フェリックスは立ち止まった。山賊三人が下卑た笑い声を上げながら追いついてくる。


「高名な死神さんよ? 死ぬ覚悟が定まったのかな?」

「あー、良い匂いがするぜ。これが魔物をおびき寄せる死神の形質エキスかよ。旨そうじゃないか」


 山賊たちは笑い合っている。フェリックスは剣を構えた。


「お前ら、随分と余裕だな。俺は既にお前らの仲間三人を殺している。恨んではいないのか」

「恨む?」


 サヴェリオがぬらりとした黒い口蓋を見せつけるように、大きな口を開けて笑い始めた。


「好きで殺し合いをしている俺たちに、恨みなんて感情はない。死んじまった奴が間抜けだった。それだけの話だろうが」

「そうか。単純な奴らだな。少し羨ましいくらいだ」


 フェリックスはふと笑った。山賊たち三人がじりじりと間合いを詰めてくる。普通に戦えば分が悪い。しかし時間稼ぎをするだけなら、適度に間合いを取って牽制を混ぜながら後退していけば十分なはずだ。


「……時間稼ぎのつもりか?」


 いち早くサヴェリオが察知し、その黒い翼を大きく展開した。翼のふちに刃を備えたそれが激しく動き、フェリックスに襲いかかる。他の山賊たちは慌てて身を伏せて巻き添えを喰らわないように必死だった。


 フェリックスも身を伏せ、翼に剣を突き立てようと振るってみたが、凄まじい強度であり、弾かれただけだった。翼を攻撃するのは得策ではないようだ。


 攻撃の間隙、フェリックスは素早く起き上がって後退しようとしたが、山賊二人の動きだしのほうが早かった。間合いを詰められる。


「ちっ!」


 フェリックスは剣を構え、衝突に備えた。先ほど双子の魔人トレイターと戦ったように、二人相手でも負けることはないと思うが、後ろに控えるサヴェリオの攻撃はあまりに素早く、気を抜けばフェリックスとて一撃で葬られるだろう。注意しなければならない。


 と、そのとき、山賊二人の動きが鈍くなった。フェリックスに迫ろうとしていたのに、突然動きを止めて、蹲った。


「うぐ、あああ……!?」

「何だ……。頭が痛い……!」


 山賊二人が呻きながら、ついには失神してしまった。フェリックスには理解できなかったが、この好機を逃すつもりはなかった。なにせ山賊二人は自分の足元で突然無防備な姿を晒したのである。剣を心臓に突き立て、容赦なく始末した。


 それを怪訝そうに見ていたサヴェリオが、ぽつりと言った。


「……腐った臭いがするな」

「何だと?」

「そいつら、普段の臭いと違う。まさかさっきの聖騎士が使っていた聖剣とやら……。どうも嫌な感じがすると思ったが……。噂の魔人トレイター殺しとは……」


 聖剣? そういえばディールが敵は残り二人だの言っていた。あの聖剣の力で、既にこの山賊を始末していたということか。遅効性の毒のようなものを、あの聖剣は持っているのだろうか……。


 サヴェリオはぶつぶつと言いながら考えているようだったが、やがてにやりと笑った。


「まあ、俺には関係ないな。腐った肉には興味がない。死神よ、お前も魔物をおびき寄せ叩き斬る非業の形質エキスを備えた魔人トレイターだろう。そいつらを食ってやったらどうだ。草花の肥やしとするにはいささか上等過ぎるとは思わんか」

「逆だろ……。草花たちが可哀想になるくらいだ。土壌が腐る」

「いいや、上等過ぎるのだ」


 サヴェリオは妙なところにこだわって、言う。


「あまりにも上等過ぎて遠慮してしまう。頭を垂れて申し訳ないと言う。そう言って枯れ果てていく。いいか、死神、この世にあるのは循環である。全てが無常である。昨日までどこぞの国の王の肉体を形成していたモノが、墓穴に押し込められ蟲に喰われ土に還り、貧相な作物へと姿を変える。ヒトに喰われ、そのヒトが獣に喰われ、また何者かに喰われ――そうやって全てはひとところにはとどまらない」

 

 サヴェリオの表情は恍惚としていた。幽鬼のような足取りで接近してくる。フェリックスはそれに合わせて後退するしかなかった。


「俺は、余さず喰らいたいのだ。この世の全てを。それは誰にでもできることではない。格というものがある。腐った肉を食うことは遠慮したいが、しかし腐った肉を食った何かを喰うことはできる、それが循環の素晴らしさだ。全てが希釈され、あるいは凝集され、俺という存在に帰結する……!」


 フェリックスは真面目に取り合うつもりはなかった。狂人特有の穿った哲学。それに違いなかった。もしかすると山賊の首魁であるポルも似たような奴なのかもしれない。


「一つ、聞き忘れていたんだがな、サヴェリオ」


 フェリックスは剣を構えながら言う。


「俺の友人――とは少し違うが、ヤングという男がいた。そいつを殺したのはお前か?」

「俺ではない。情報収集及び暗殺は、もっぱら双子の仕事だ。ただ、あの男の目玉を抉り取ってやったのは俺だ」

「……拷問か?」

「違う。あの男は行商人だという。どんな世界を渡り歩いてきたのか、その瞳を介して知りたかったのだ」


 聞くだけムダだった。狂人にまともな返答を期待するのが間違っていたということか。フェリックスは更に後退していく。サヴェリオが翼を展開して周囲の岩盤ごと切り裂いてくるが、すれすれで躱していく。


「死神……! さっさと俺に喰われろっ……! ちょろちょろと動き回るな……!」


 サヴェリオが翼を振り回しながら近づいてくる。フェリックスは好機を窺っていた。逃げることが最優先だが、隙さえあるなら懐に潜り込んで斬ってやる。


 一歩足を後ろに動かし、横に揺れるように躰を振り、サヴェリオの攻撃を誘発する。フェリックスに誘われるようにサヴェリオが突進してきた。そしてここぞとばかりに翼を最大伸長し左右の山肌を削りながら攻撃してくる。


 フェリックスには見えていた。ここしかないという隙。最初の一歩の踏み込みこそが重要だった。大きく踏み込んだフェリックスの背中をサヴェリオの翼が掠める。


 狂人サヴェリオの表情が驚愕に染まる。殺人鬼だろうが異常者だろうが、自分が死に至る瞬間の表情というのは似たり寄ったりだ。フェリックスはそう思っていた。


 だが頭上から迫る圧倒的な殺気。それは感覚的なものとしか言えない。フェリックスはサヴェリオの腹に突き立てるべき剣を上に掲げた。その判断がなければ、フェリックスは今頃絶命していただろう。


「へえ……」


 若い女の声。空中から降ってきたその女は、黒く巨大な鎌を振りおろし、フェリックスの粗末な鉄剣に皹が入るのをじっと見ていた。


 長い黒髪。紺色の瞳。何かの鱗をあしらった軽鎧。そんな出で立ちだったが、全身から漂う圧倒的な威圧感は、対峙した者にしか分からない。


 直感した。こいつがポルだ。サヴェリオの助太刀をしたから、とか、あと出てくるとしたら首領しか残っていないから、とかそういう理由ではない。もし最初に対峙したのがこの女だったとしても、フェリックスにはすぐに分かっただろう。


 ポルは風に遊ばれる黒髪もそのままに微笑む。


「さすが、死神……。絶対に仕留めたと思ったのにな……!」


 ポルが持つ黒鎌がどす黒い邪悪な空気を放ち始める。フェリックスは即刻この場から離れようとしたが、ポルが鎌をフェリックスの剣に圧しつけるようにして圧迫を緩めようとしないので、上手くいかなかった。


 サヴェリオが翼を収納し、ポルを見る。驚いたことに、彼は恐怖の表情を張りつけたままだった。


「サヴェリオ……。あんたは聖騎士の生き残りを追いなさい。ほんとはこんな役立たず、見捨てようと思ったけど、さすがに仲間が全滅しちゃうと色々と不便だからね……」

「は……、はい」

「ほらさっさと行く! ちんたらするな!」


 サヴェリオがディールを追って駆け始めた。フェリックスはそれを眺めることしかできなかった。目の前のポルがにやりと笑う。


「男前ね、フェリックスっていうんでしょ? 私の仲間を殺してくれたそうじゃない、美味しかった?」

「俺が連中を喰うと思うのか?」

「舌で味わうだけじゃない。目で見て、耳で聞いて、肌で感じる。美味しかったでしょ?」


 ポルの鎌がとうとうフェリックスの剣を砕いた。フェリックスは折れた剣を棄てて後ろに跳び退いた。


 だがポルのほうが機敏だった。ぴたりとフェリックスの動きについてくる。そしてその禍々しい黒鎌を振るう。


「死なないでよ! 久しぶりに上等な肉にありつけそう!」


 フェリックスにはもう武器がない。逃げることもできそうにない。組みあうしかないのか。しかし組みあったところで勝ち目はあるとも思えない。眼前に迫る黒鎌を正面から見据え、小さく息を吐いた。


 










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