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暴剣娘の傍見的冒険  作者: 軌条
漆黒の竜精
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街道血戦

 フェリックスとディールは街道に出た。グラント市とガノクの枢要たるアゲラ市を繋ぐ白銀街道は、その多くが平原を縦断する見晴らしの良い道だったが、山岳を渡る一部の道には死角が多く、山賊が多数出没する危険地帯となっていた。護衛の傭兵業が盛んだが、傭兵と山賊が結託、あるいはその傭兵こそが山賊だった、なんて事例が数多く報告され、自前の戦力を持たない者にとっては死を覚悟して強行する旅程の要注意地点だった。


 フェリックスとディールは、当然その事実を知った上で、この危険地帯に乗り込んだ。左右を切り立った山稜に挟まれ、前後はくねくねと折れ曲がった道が続く。道はけして狭くはなかったが、数人の兵がいれば道を塞ぐことは可能だろう。馬に跨ったディールはしきりに上方を気にした。左右の山岳に山賊が潜んでいるのではないかと疑っているようだった。


「ディール、少し落ち着け」


 フェリックスが言うと、ディールは決然と首を振った。


「いいえ。落ち着くことはできません。彼らがフェリックス殿の命を狙っているのなら、今すぐにでも襲ってくるかも……」

「隙を見せてやれよ。連中がいつまで経っても襲ってこないのは、お前がやたらと殺気を振りまいているからじゃないか?」

「しかし隙など見せてしまったら、やられてしまいます!」

「そうかもな」


 フェリックスの返答にディールは納得いかないようだった。何度も首を捻っている。


「ディール!」


 後方から声がかかった。二人が振り返ると、馬に跨った重騎士が6騎、白銀街道をゆっくりと駆けてくるところだった。


「先輩方!」


 ディールと同じ、ラグトの聖騎士たちか。彼らは面頬を上げると、にこりと笑んで剣の柄頭をとんとんと叩いた。


「水臭いじゃないか、ディール。二人だけで山賊討伐とは」

「しかし、今度の共同作戦には聖騎士隊も参戦するはずですが……。勝手に動いて構わないのですか?」

「まさかお前からそんなことを言われるとは。……フェリックス殿、ラグトの聖騎士隊も山賊討伐に助力致します。きっと足手纏いにはなりません」


 フェリックスは6人の聖騎士を批判的に見た。


「別に参戦するのは構わないが、全員ただの人間ワイルドだな? 面倒は見切れないぞ」

「言いますね。御心配なく! 山賊ごとき、我らが聖剣と聖槍によって平らげてみせましょう!」


 聖騎士がそう言ったとき、風が吹いた。フェリックスは頭上を見る。何の異常もない。しかし何かが迫っている。そんな直感が働いた。


「……おい、ディール。向こうはご丁寧にも、こちらの戦力が整うのを待ってくれていたようだぞ」


 フェリックスの言葉に、ディールと、6人の聖騎士は、表情を引き締めた。前方から一人の男。後方から二人の男女。そして左右の山からそれぞれ一人ずつ。5人の山賊が姿を現した。


「おでましか。しかし一人足りないな」


 フェリックスの言葉に、ディールはかぶりを振る。


「首領のポルがいません。どこかで様子を見ているのかも……」

「お手並み拝見とでも言いたいのかな。舐められたもんだ」


 左右の山から山賊どもが駆け下りてきた。同時に前後から山賊が奇声を上げながら迫ってくる。


「聖騎士さんたちよ。俺は後方の二人を引き受けた。残りの三人は任せたぞ」


 フェリックスの言葉に、聖騎士たちは頷いた。


「お任せください!」

「迅速に対処して、フェリックス殿に加勢いたしますよ!」


 とりあえずその言葉を信じ、フェリックスは二人の山賊に向き直った。こちらに意識を集中させる。登場した二人の山賊は、よく見ると顔が似通っていた。褐色の肌も瞳の色も体格も酷似している。


「お前ら、双子の姉弟か? 揃いも揃って食人鬼とは」


 フェリックスが言うと双子の山賊は顔を見合わせた。そしてにんまりと笑う。


「こいつは僥倖ラッキー

「アブラモさんの仇を私たちが取れる」

「きっと首領も喜ぶよ」

「肉を捧げよ」

「そうだね、姉さん」


 二人はにこにこしている。無邪気な笑みだった。フェリックスは首を傾げた。殺人鬼というからにはもっと荒廃した精神をしていると思ったのに。こいつらの余裕と爛漫さは何だ。


「アブラモってのは、あの風精シルフの雑魚のことか」


 双子はくすくす笑い、交互に言葉を紡ぐ。


「そうだよ。アブラモさんは」

「確かに雑魚だったね。仲間内で一番弱かった」

「だね。でも仲間だったし」

「食べ方が上品だったし」

「みんな好きだったよ」

「アブラモさんのこと」


 フェリックスは剣を抜き放つ。


「そうか。覚悟はできているだろうな、お前ら。アブラモとやらが、そろそろ恋しくなってきただろ」


 双子の目が怪しく光る。にこにこ顔なのは変わらないが、どこか獲物を品定めする猛禽類のそれに近くなる。


「死神の味って」

「どんなのかな」

「楽しみだね、姉さん」

「肉を捧げよ」


 二人が全く同時に突進してきた。それぞれ徒手空拳である。ただし彼らは鋭利な爪を生やしていた。一気に懐に踏み込み爪撃を繰り出してくる。フェリックスは後方に跳び、それらを躱した。剣で受け止めても良かったが、双子のその大胆な攻撃に嫌な予感がした。


 そしてその予感は当たっていた。爪が緑色に変色している。毒でも仕込んでいるのか。フェリックスは剣を構えた。


「お前ら、毒を操る形質エキスでも刻んだのか」

「ご明察。僕たちは」

「私たちは蠍魔スコーピオン形質エキスを持ってる」


 双子は互いの位置を頻繁に入れ替え、フェリックスの隙を誘うようにふるまいながら苛烈な攻撃を仕掛けてくる。攻撃を躱し、いなすのに手いっぱいとなった。


「あはは!」

「死神の力ってそんなもん?」

「がっかりさせないでよ」

「ねえ?」


 フェリックスはそんな双子を睨みつけた。そして肩を竦める。


「俺も人の子だ。親しい奴の死にざまを見せつけるのはどうかと思ってな」


 フェリックスは剣を片手に一気に踏み込んだ。弟のほうに剣先をちらつかせる。びくりとして一歩引いた弟のおかげで姉の防御がおろそかになった。姉の首に手をかけ、そのまま地面に薙ぎ倒した。


「あぐっ……!」

「すまんな。同時に殺せなくて」


 フェリックスに躊躇はなかった。まるで鞭を叩きつけるように剣の刃を姉の首に振り落とした。首が飛び、とめどない血が噴き出す。


 弟のほうが驚愕していた。よろよろと後退する。


「ね、姉さん……? あ、ああ……、嘘だ……」


 動揺する弟におもむろに近付いたフェリックスは、いとも容易くその胸に剣を突き入れた。弟はその驚愕の表情のままくずおれた。こいつらは優れた魔人トレイターの戦士ではあったが、所詮フェリックスの敵ではなかった。


 フェリックスが振り返ると、聖騎士たちも山賊を押しているようだった。特殊な訓練を受けている聖騎士たちならば、いかに精強な魔人トレイター相手だとしてもそれなりに戦えるらしい。フェリックスは安堵した。


 だが、フェリックスは悪寒がした。街道の奥からやってくるその男の気配に。


「気を付けろ、お前ら!」


 聖騎士と山賊が切り結んでいる、その奥から登場したその男は、卒然、黒い翼を体から生やした。その翼は男の体長の二倍以上は長く、しかもその輪郭線が怪しげに光を発している。


 フェリックスは遅れて気が付いた。その翼、刃がついている。


「伏せろ!」


 フェリックスは叫んだ。しかし遅かった。男の黒い翼がグワンと揺れ動き、一帯を刈り取るように一閃した。回避が遅れた聖騎士たちの上半身と下半身が切り離され、辺り一面が血の海と化した。主人を失った軍馬たちが狼狽え、その場で足踏みしたり滅茶苦茶に走り出したり、山の斜面に突進して転んだりしている。


「くっ、クソ!」


 そう叫んだのはディールだった。聖騎士たちで生き残ったのは咄嗟に馬上から転げ落ちた彼だけだった。山賊たちがへらへら笑っている。


「おーい、サヴェリオさん。危ないなあ。俺たちに当たったらどうするんですか」

「喰う」


 サヴェリオと呼ばれた男は答えた。にたりと笑う。


「余さず喰う。だから安心して俺に殺されろよ」

「相変わらず狂ってるなあ」


 山賊たちは笑い合っている。フェリックスは地面に寝転び茫然自失としているディールのところまで駆けた。


「おい、無事か?」

「フェリックス殿……」

「いったん退くぞ。あのサヴェリオとかいう男、相当にやりやがる。この狭い地形で戦うのは分が悪い」

「に、逃げろと? この私に!」

「逃げない。有利な地形に引き込む」


 フェリックスが強い口調で言うと、ディールは最終的に頷いた。そして聖騎士たちの死体を跨ぐと、祈りの言葉を口にした。


「さっさと走れ! あの物騒な翼に斬り殺されても知らんぞ!」

「はい!」


 二人は走り出した。三人の山賊はそれ以上追ってこようとはしなかった。


 無駄に死者を出してしまった。フェリックスはうんざりしていた。こんなことなら、やはりフェリックスだけで戦うべきだった。今からでも遅くない、ディールだけでも逃がすべきだろうか?」


「フェリックス殿、二人倒したのですか?」

「ああ。残り三人――ポルを含めると、残り4人だな」

「いえ」


 ディールはかぶりを振る。


「ポルを含め、残り二人です。間もなく、そうなるはずです」


 ディールの言葉に、フェリックスは首を傾げた。この男が何を言っているのか理解できなかった。












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