解体作業
「痛いれす!」
少女はさんざん文句を言った。ゾンビどもの腐肉がいたるところにくっついている。顔面から家の壁にへばりついていたので、それを引き剥がすのに相当に苦労した。
時間をかけて少女を救出すると、少女は礼を言うどころか憤激していた。
「どうしてこんなトラップを仕掛けてるですか! 無辜な一般市民が引っ掛かっちゃったじゃないですか! 管理者責任! 管理者責任!」
「うるさい!」
フェリックスはうんざりした。子供は苦手だった。勝手なことを言うし、大人の事情なんて考えないし、迷惑をかけるだけかけておいて、最後は誰かが助けてくれると本気で思っているし。
助け出された少女は、風呂を要求してきた。しかしフェリックスの家にそんな気の利いたものはない。
「えっ。お風呂ないですか。不潔……」
「うるさい。水浴びしたかったら少し歩いたところに湖があるから、そこでしてこいクソガキ」
「嫌です! そんな! お風呂沸かしてください! こんなゾンビさんたちの腐った肉まみれじゃ、気持ち悪くてもう生きてけません!」
「知るかよ」
フェリックスはもうさっさと家に戻りたかった。どうして人間が壁にひっつくことになったのかワケが分からなかった。フェリックスは魔物を呼び寄せる体質となってしまったが、人間には全く効果がないはずだ。
ゾンビを全て片付け、家の中に戻ろうとすると、入口近くでヤングが硬直していた。少女の登場に茫然としているようだ。
「どうした、ヤング。そこをどけ、中に入れない」
「い、いや、フェリックス……。これを見てくれ」
ヤングが懐から紙切れを出す。それはフェリックスの家の壁に貼り付けた書類と同じもののようだった。同じ書類を複数枚持っているのか。まあ、フェリックスだけにこの話を持ちかけているわけでもなし、当然のことだったが。
「この紙がなんだ。さっきお前、随分熱心に説明してただろ。続きを始めるつもりか?」
「フェリックス! やっぱりお前、ろくに聞いてなかったな。いいから見てくれよ、似顔絵付きだ!」
ヤングが凄い剣幕なのでフェリックスは渋々それを確認した。その紙は手配書だった。極悪人に懸賞金をかけて、情報提供者にカネを渡すというものだった。実際に捕まえた者には更に多くのカネを支払うことになる。いわゆる賞金首と呼ばれる類のものだった。
そこにある似顔絵。イチゴを頬張る凶悪そうな面構えをした少女……。フェリックスは振り返った。まさしくゾンビと一緒に我が家の断熱材になりかけていた少女と一致していた。栗色の髪、くりくりとした瞳、丸みを帯びた顔の輪郭……。そして溢れ出る野性味。
フェリックスは声を出さなかった。もう一度手配書を確認する。
罪人:コーラ 13歳 出身地不明
罪状:窃盗、器物損壊、傷害、殺人未遂ほか多数
とんでもない極悪人だ。殺人は犯していないようだが、かなりの危険人物。捕獲した場合の懸賞金は200万。一般市民の平均年収の二倍といったところか。
「お、おい、フェリックス、この場で捕まえてくれ。大した手間じゃないだろ」
「そう思うんだったら自分でやれ。労働者の気持ちを知る良い機会だ」
「冗談だろ! その女、間違いなく魔人だぞ!」
ヤングが喚いている。手配書によれば、名前はコーラというらしい。フェリックスは頭を掻きながら近づいた。
「おい、クソガキ」
コーラは自らの衣服についた腐肉を懸命にこそぎ取っているところだった。むっとした表情でフェリックスを睨みつけてくる。
「クソガキじゃないです!」
「じゃあ、名前を言え」
「な、名前は……。言いたくないです」
「どうして?」
「どうしてもですっ!」
フェリックスは嘆息した。態度が怪し過ぎる。これは間違いなさそうだった。
「ふん、名前か。当ててやろうか。コーラ、だろ?」
目に見えて少女の血の気が引いた。コーラはぶんぶんと首を振った。
「ちっ違いますぅ! え、ええと、ローラです! わちきの名前はローラというでありんす!」
「ごまかしが下手だな、コーラ。俺は別にお前なんかどうだっていいんだが、商人殿が悪人を成敗せよとせっつくもんでな」
「どうでもいいなら見逃してください!」
「駄目だ。そこに直れ。五体満足のまま裁判官に申し開きがしたいのならな」
「ひぃっ!」
コーラは逃げ出そうと駆け出した。しかしすぐに何かに躓いて転んだ。べたーんと地面に張り付く恰好になる。フェリックスはゆっくりと歩み寄るだけで良かった。
「観念しろ」
しかしフェリックスは不審に思っていた。どうも動きがどん臭い。こんな子供が、窃盗などはともかく、傷害やら殺人未遂やらをしでかして、なお人々の手から逃れることなどできるだろうか。それも指名手配されるほどだ、一件や二件、騒ぎを起こしただけということはないだろう。
懸賞金200万。これは懸賞金としては上位クラスの額だ。この数字が物語るのは、この少女の凶悪性。フェリックスは油断していなかった。
だからこそ、気付けた。
空の彼方からやってきた巨大な剣の存在に。
「フェリックス!」
ヤングが叫ぶ。言われるまでもなかった。フェリックスは大きく後方に跳んだ。大剣はフェリックスとコーラの間の地面に突き刺さった。禍々しいオーラを放つ剣だった。刀身は純白だが刃先は赤く染まっている。人の血か? それにしては随分水っぽかった。
「グリニスちゃん! 助けに来てくれたの!」
コーラは言った。しかし彼女は全く嬉しそうではなかった。フェリックスは抜き放ったままの剣を構えた。
「おい、ヤング、避難してろ」
「ふ、フェリックス……?」
「俺にも危害が及びそうだから、マジメに対処する。ついでに懸賞金もいただく。お前は自分の身を守ることに専念してろ」
「わ、分かった。頼んだぞ!」
ヤングがよろけながらも走り去った。地面に突き刺さった剣はひとりでに動こうとしている。コーラがその柄に飛び付いた。
「そこの人! にげてください!」
「は?」
「私がグリニスちゃんを抑えつけている間に! できるだけ遠くに逃げてください!」
「……その剣、グリニスというのか?」
フェリックスは質問しながら歩み寄る。コーラは絶望に染まった表情をしていた。
「どうして近づいてくるですか! もう! 今度こそ死人が出てしまうかも……!」
コーラがそう言ったときだった。地面に突き刺さっていた剣が勢い良く飛び出し、大きく弧を描いた。コーラが必死に柄に縋りついて、その動きを止めようと努力しているが、見るからに小柄な彼女が全体重をかけたとしても、その剣の勢いを殺すことはできそうになかった。
グリニスという名のその剣は、さんざんに暴れ回った。フェリックスの家の柱を斬りつけ、その恐るべき切れ味でずたぼろにしてしまった。剥がれ落ちた外壁から緑色の断熱材が露出し、罅割れる。
魔剣グリニスは、コーラの手から逃れようと暴れ続け、とうとうフェリックスの家を倒壊させてしまった。それをフェリックスはただ見つめていた。魔剣は怒り狂っている――フェリックスには分かった。
「その剣……、元々人間だな?」
フェリックスは言う。コーラははっとした顔になった。
「えっ!? どうしてそう思うですか?」
「俺も同じ魔人だからだ」
フェリックスの言葉に、魔剣グリニスは反応した。コーラを引き摺りながら襲いかかってくる。
いいだろう。その怒り、受け止めてやる。片手で剣を高く掲げ、フェリックスは激突に備えた。




