山賊の影
新居は三日で建てた。歪んだ床板にいびつな屋根、開閉するのにやたら苦労する扉など、風が吹けば飛んで消え去ってしまうような粗末な小屋だったが、とりあえず雨風は防げるだろう。
最低限の調度品はグラント市から見繕って買ってきた。藁を敷いた寝台にコーラは寝そべって、随分不満そうにしていた。
「師匠~。もうちょっとマシな寝台は買わないですか? お金有り余ってるんですよね?」
「俺はそもそも睡眠を必要としない。そこは寝る為じゃなく、ちょっと横になりたいときに躰を休める場所だ」
「えっ。これって私のベッドじゃないんですか?」
「何を勘違いしているんだ。お前はお前で調達しろよ。何でもかんでも俺に頼るな」
「ええ~……」
コーラは更に不満そうな顔になった。そして寝台にねそべったまま尻をかいた。
「師匠~……。買ってきてくださいよ。私、お金持ってないんですよ」
「叩き出すぞ」
「そんなこと言わないでくださいよ。私、賞金首なんです。街にお買い物なんてできない身なんです」
「グリニスをここに置いておけ。お前一人なら目立たないだろ……」
「いや、たぶん、呆気なく捕まると思うです。私一人だとその辺を歩いている犬とかにも負けると思います」
「あのな……。お前、俺を師匠だと思ってるなら、普通買い物なんて頼むか? その態度は何なんだよ」
「ええ~。師匠ってそういうの気にしないと思ってたのに。やっぱり態度とか大事ですか~?」
このクソガキは生意気過ぎる。一回きつく締め上げたほうがいいかもしれない。あるいは独房の冷たさを一度知れば態度も改まるか。一度衛兵に突き出してみるのも良いかもしれない。
コーラががばりと起き上がる。
「あっ! 今、師匠、私のこと衛兵に突き出そうとか思いましたね! 思ったでしょ!」
「思ってねえよ」
「それでグリニスちゃんと二人、きゃっきゃうふふしようと思ってたんだ! そうなんでしょ! 言っときますけど、グリニスちゃんは私のものなんだから!」
鬱陶しい。静かに一人で過ごしたい。フェリックスはうんざりした。どうしてこんな奴を一瞬でも助けようと思ったのか、自分の判断が信じられない。もうちょっとしおらしくしたらどうなんだ。フェリックスは思ったが、きっとそれを言ったらもっと騒がしくなるんだろう。無視するしかなかった。
「あっ、あっ、師匠、無視ですか。そうですか。そういう態度ですか。なら私も師匠のこと無視しちゃいますからね! 寂しくなって話しかけてきても相手してあげないですから!」
そう言ってコーラは寝台にねそべり、数秒後にはいびきをかき始めた。フェリックスは呆気に取られた。なんなんだこいつ。無視じゃなくてただ眠ってるだけじゃないか。何というかその神経の図太さが羨ましい。
とはいえこれで、いびきにさえ我慢すれば、比較的静かな環境が手に入ったことになる。フェリックスはそれを歓迎した。
それから数分か、あるいは数時間か。フェリックスはぼうっとしていたので時間の感覚が掴めなかった。コーラは相変わらず眠っていたし、日は高かった。なのでそれほど時間は経っていないと思うが、来客があった。
足音でそれを察したフェリックスは自分から外に出た。ノックでもされてコーラが起きるとせっかくのこの静かな空間が壊れてしまう。
そこにいたのはフィスだった。衛兵の軽鎧を着用している。緊張した面持ちだった。
「フィス。お前、衛兵に復帰できたんだな」
「え、ええ……。おかげさまで。それより、フェリックスさんに報告したほうがいいかと思いまして」
「何かあったのか?」
フィスがちらりと家のほうを見た。フェリックスは腕を組んだ。
「悪いが家を建てたばかりでね、中は散らかってるんだ。とても客を招き入れらえるような環境にない」
「そうですか。いえ、それはもちろん構わないんですが、コーラさんにも話しておいたほうがいいかと思いまして」
「俺のほうから話しておく。さ、言ってくれ」
「はい」
フィスは重苦しい雰囲気だった。よほどのことが起きたのだろうか。フェリックスは様々な可能性を頭に思い浮かべる。
「実は、先ほど騒動を起こしたサツメ教のことなんですが」
「また連中、暴れはじめたのか? 拠点を完全に潰したほうが良かったかな」
「い、いえ。そうではなく……。潰滅しました」
「潰滅?」
フェリックスは首を傾げた。
「グラント市か、それとも別の軍隊が、連中をとうとう討伐したのかな。ま、因果応報だが……」
「いえ。サツメ教を潰滅に追いやったのは、山賊です」
思わぬ単語にフェリックスは黙り込んだ。山賊?
「……どうも正義の執行が行われたって感じじゃないな。何があったんだ」
「グラント市に逃げ込んだサツメ教徒の話では。2人組の山賊が突然サツメ教の拠点に乗り込んできて、殺戮を始めたと……。別の拠点でもほぼ同時に謎の一団が現れて、信者を虐殺し始めたといいます」
「そいつは……」
サツメ教徒には相当な戦闘員がいたはず。それを少数で壊滅に追いやったその山賊とやらには嫌な予感がした。
「しかし、サツメ教なんてなくなっても良いだろう。その山賊たちの行いを、俺は非難することはできないな」
「食事だったんです」
「え?」
「そいつら、殺した人の肉を食い始めたといいます。喰い切れない分は、加工して、保存食にしていたと」
「……人の肉を食ったのか?」
フェリックスは顔を顰めた。魔人の中には、魔物の形質を自らの躰に刻み込んだ際、魔物の影響を受け過ぎて、食の好みが激変する者がいる。
まさにその山賊というのは、魔人に違いない。フェリックスは遠くを見る。
「厄介な連中だな……。だがグラント市にまだ実害は出ていないんだろ」
「ええ。しかし、郊外に住んでいる方や、小さな集落には、警告して回っているんです。その山賊たちが食人鬼なら、殺戮とは無縁ではいられません」
「だろうな……」
「フェリックスさんなら大丈夫だとは思いますが。コーラさんは、か弱い少女でいらっしゃいますから」
「ああ。わざわざすまない」
「いえ」
フィスは一礼した。それで話は終わりかと思いきや、彼はなかなか去ろうとはしなかった。
「どうした」
「いえ。近々、山賊の討伐作戦が実行されるかもしれません。グラント市を含め、近隣都市の合同作戦となる予定です。上司からはフェリックスさんも作戦に参加するよう、勧誘してこいと言われていたのですが」
「悪いが……」
「そうですよね。申し訳ありません」
「いや、気にするな」
フェリックスはここでほんの少し山賊とやらに興味を持った。
「合同作戦……、ということは、グラント市だけの戦力では討伐は難しいということか?」
「現状では何とも言えません。山賊の構成員は、確認されているだけでは、6名だけです。少なくとも10名以上はいないだろうと言われています」
「6人だけ……」
「はい。しかしそれぞれが優れた戦士であり、魔人であると推測されています。その中で素性が割れているのが一人だけ……」
フィスの表情が緊張で固まった。
「竜精の形質を宿した魔人、ポル。かつて東方の槍剣都市で闘技屋をしていた女です」
「闘技屋?」
「非合法の賭け試合に出場する戦士のことですよ。そこで120戦無敗の戦績を残した伝説の戦士です。10年以上前に暗殺されたと聞いていましたが、やはり生きていたんですね」
竜精……。フェリックスもその形質のことはよく知っている。人間との適合率は99パーセント以上、良種の筆頭に挙げられるような優れた形質で、それを宿した者は絶大な戦闘能力を得る。副作用のようなものもなく、人を選ばずに、誰でもその力を手にすることができる。
ただしその形質は極めて希少で、その取引にはとんでもない額の金が動く。一介の闘技屋風情がそんな高価な形質を宿しているなんて、珍しいことだった。
恐らく、フェリックスが宿している死神よりも竜精のほうが、魔物の形質としては優れているだろう。贔屓目に言っても、せいぜい互角といったところか。
「恐ろしい女がいるもんだ。会いたくないもんだな」
「ポルの撃破には多大なる犠牲を払う必要がある。誰もがそう考えています。一応、各都市の精鋭中の精鋭を集めて討伐に当たるとしています。ですからフェリックスさんにも是非参加していただきたいと、上司は言っているのですが」
フェリックスは苦笑した。
「俺ごときでは、そのポルとかいう奴の相手にならないだろうな」
「そんなことは……」
「上司にはこう伝えてくれ。フェリックスは竜精の名にびびって参加を拒否した、とな」
「フェリックスさん……」
「健闘を祈る。なに、数で押せば難なく倒せるさ。フィス、お前は無茶するんじゃないぞ」
「ええ……。ありがとうございます。それでは、失礼します」
フィスは頭を下げてその場を辞去した。フェリックスは溜め息をついた。山賊、それも食人鬼か。おっかない奴らがいたものだ。戦って自分の力を試したい気持ちもないではない、だがそれで死んでしまっては元のも子もない。ぎりぎりの戦いになることは確実で、首を突っ込んでまでそんな刺激を求めるのはさすがに気が進まなかった。
家に帰ると、コーラが起きていた。フェリックスを見て涙目になった。
「起きてたか」
「し、師匠! 生意気なこと言ってすみませんでしたぁ!」
「何だよ、いきなり」
「師匠に見捨てられたと思いました! すみません! 大人しくするので見捨てないでくださいぃー!」
鬱陶しい奴だな。フェリックスはうんざりした。コーラがしきりに勧めてくるので、寝台に腰掛けた。横になって眠りの真似事をすることにした。しかし山賊の話を聞いてしまった以上、単にぼうっとするわけにはいかず、どこか気持ちは張りつめていた。何事もなく山賊を討伐できればいいが……。




