お食事とお土産
フィスは快活な青年だった。グラント市の飲食店で、彼はフェリックスに申し訳なさそうに言う。
「ご迷惑をおかけしました、フェリックスさん。俺と姉ちゃんの為にあんな危険な目に遭わせてしまって」
「危険だったのは俺じゃない。パメラのほうだろう」
「そうですね……」
「だから今は大人しく、そのままでいるんだな」
フェリックスは果実酒を呷る。そんなフェリックスの前で、フィスとパメラの姉弟は密着していた。より正確に言えば、パメラが涙目の状態で弟のフィスにひっついて頭をぐしぐしと彼の胸に押し付けていた。
「いや、本当はもうちょっと離れて欲しいんですけど……」
「駄目よ、フィス。もうどこにも行かないで。お姉ちゃん、本当に心配したんですからね」
「仕事があるし……」
「しばらく働く必要はないわ。お姉ちゃんが養ってあげる」
「いや……」
「だからどこにも行かないで」
フィスはひたすら困惑しているようだった。フェリックスはそんな彼の困り顔を眺めながら出された料理を淡々と頬張った。
「さんざん迷惑をかけたんだ。ちょっとくらい付き合ってやれ」
「まあ……。そうですね」
「しかし一体全体、どうしてサツメ教の教徒のフリなんてしていたんだ。本当に連中の教義に共鳴したわけではないんだろ」
「ええ」
フィスは出された料理を見下ろし、一切手をつけようとしなかった。
「俺の古い友人がサツメ教徒の奴に襲われたんです。それを聞いて、俺、何としてでもそいつを捕まえようと思って、街中駆けずり回って、それで運良く犯人を捕まえて事情を聴くことができたんですけど」
「ほう」
「噂ではサツメ教の異常さは聞いていましたから、知っていたつもりではあったんです。でも実際に話を聞いてみると、これはとんでもなく危険な宗教だということになって。俺の上司に相談したんです。サツメ教徒のグラント市への入場を制限できないかって」
現実的な案だな。とフェリックスは思ったが、それでも難しいだろうと感じた。グラント市は人種や出身地がまばらな、多様な人間が暮らしている。一部の宗教を弾圧することへの市民の強力な抵抗は容易に想像できる。サツメ教が危険な考えである、といったことを皆が知っていても、自らが少数派であるという危機意識を持つ人間は、そういった弾圧が自らに波及する可能性というものを、どうしても考えてしまうものだ。
「無理だな、それは」
「ええ。上司も無理だと言いました。でも俺はサツメ教のことを放っておけなかった。詳しく調べていくと、俺の昔の知り合いも何人かそこに入信しているらしいという情報を得ました。内情を探るというのと、知り合いだけでも洗脳から逃れさせることができないかと考え、中に潜り込むことにしたんです」
フェリックスは肩を竦めた。
「しかし無鉄砲な奴だな。自分がサツメ教内部に潜り込むことを、信頼できる上司なり仲間なりに話しておくべきだったな。誰もお前がサツメ教の中に潜伏しているなんて知らなかったぞ」
「そうですね……。もし俺が本当の意味でのサツメ教徒ではないと露見したら、連中に殺されると思ったので、できるだけ秘密にしておきたかったんです」
そのときパメラがぐいと弟の腕を引っ張った。
「お姉ちゃんくらいには言っても良かったじゃない! 心配したのよ?」
「いや、姉ちゃんには絶対に言えないよ」
「どうして!」
「だってサツメ教に潜伏するなんて聞いたら発狂するだろ。必死に俺を止めようとしたに決まってる」
「そんなこと……」
「あるだろ。姉ちゃんはいつも過保護なんだよ。俺はもう立派な成人だ。子供の頃みたいに、姉ちゃんに守られてばかりじゃないんだよ」
そこでパメラは目をうるうるさせた。そしてフェリックスに向き直る。
「どうしましょう、フェリックス様。弟が反抗期です!」
「反抗期とは少し――いや全く違う気がするが」
「もっと小さいときは『お姉ちゃんと結婚する!』なんて言ってたんですよ?」
「へえ」
「それが無理だと分かったら『お姉ちゃんといつまでも暮らす!』なんて言ったり」
「ほう」
「最近まで一緒にお風呂に入ったりしてたのに……」
「それはそれは」
フィスは赤面し、姉を止めようとした。
「ば、バカ! 風呂は姉ちゃんが勝手に俺の家に上がり込んで、それで乗り込んできたんだろ!」
「だって一緒に暮らすって約束したのに! 一人暮らしなんて始めるんですもの!」
「当たり前だろ! 俺はもう18だ! いつまでも姉ちゃんとか親の脛を齧るわけにはいかない!」
「いいのよ減るもんじゃなし!」
「いや減るよ! カネとか!」
フェリックスは口論を始めた二人を眺め、食事も終えたし、店を出ることにした。勘定はフィスとパメラが持つということで食事に応じたが、自分の分だけでも払っておくことにした。ついでにちょっとした土産も買っておく。
門を通り、グラント市の外に出ると、外壁に凭れたコーラが暇そうにしていた。
「待たせたな、コーラ」
「あっ! 師匠! ずるいです、自分だけお食事なんて!」
「お前、自分が賞金首だって自覚あるか? ほら、土産だよ」
それに、街中に魔剣グリニスを持ち込むのは危険過ぎる。あの魔剣は苺と人間の頭部をしばしば誤認して襲いかかるというし……。ギボンズ弟は頑丈だったので咀嚼されても命を落とすことはなかったが、一般人なら本当に死にかねない。そうなればコーラは殺人鬼として追われることになる。
「うわあ、お土産ですか! お肉ですか? それとも果物?」
「路傍に生えてた花だ。ほら、蜜がたっぷりだぞ。ちゅーちゅー吸っていいぞ」
「むきー! そんなのこの辺にも生えてるじゃないですか! 師匠は私のことバカにし過ぎですっ!」
「冗談だよ、ほら」
飲食店で包んでもらった料理の入った箱を差し出すと、コーラが満面の笑みで受け取った。
「やった! 私、師匠に一生ついてきますね」
「お前は他人の迷惑というものを考慮しないのか」
「何が入ってるかな~」
コーラが嬉々として箱を開けた。しかし中身を見る前にグリニスがコーラの手元に刃を振るい、箱ごと料理を丸のみしてしまった。
絶句したコーラの前でグリニスはゲップをし、ぴょーんと空を飛んでどこかに行ってしまった。
「あっ! こら待てグリニスちゃん! 私の! 私の今日の昼食ぅ!」
コーラが、追いつけるはずもないのにグリニスを追いかけ始めた。フェリックスは肩を竦め、もうあいつらを放置してどこか遠くに旅に出ようかなと半ば本気で考えた。




