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暴剣娘の傍見的冒険  作者: 軌条
邪教の虜
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破戒者

 森が燃えている。ギボンズ兄がばらまいた炎ではなく、もっと遠く、フェリックスが目指している方向から勢いよく炎が噴き上がっている。


 ギボンズ兄もまた森を燃やしたが、その主な目的はフェリックスの足場を奪い、動きを制限することにあった。その火力の割に森が燃えた範囲は限られ、この小雨降る中で勢いを失いつつあった。


 しかし前方に見える炎はそうではない。森全体に燃え広がりそうな勢いを感じる。フェリックスは舌打ちした。なるほどギボンズ兄は弟のことを危険な奴だと評価していたが、こういうことか。フェリックスは先を急いだ。


 炎の中心地に近付くにつれ、サツメ教徒が逃げ惑うのが見える。フェリックスは雑魚を相手にしなかった。そのまま突き進む。やがて広場のような場所に出た。周囲の森がことごとく燃え盛り、強烈な熱を広場全体にもたらしている。


 土が盛られ木の土台で高く突き出した演説台のような場所に、ギボンズ弟はパメラと一緒にいた。パメラの首に手を回し、フェリックスに向かって声を飛ばす。


「てめえ! 待っていたぞ!」


 フェリックスはギボンズ弟を見上げた。


「どういうつもりだ、お前」

「それはおでの台詞だ! てめえ……、兄貴を殺しただろう!」


 ギボンズ弟は涙を流していた。フェリックスはそれを見て少し驚いた。涙を流すようなタマには見えなかった。


「おでには分かるんだ。兄貴が死んだ……。心の奥底にヒビが入ったようなこの感覚……。間違いねえ」

「ほう。特別な絆でもあったのか」

「兄貴を殺せるような奴は! てめえしかいねえ!」

「随分高く評価してくれているのだな」


 フェリックスの言葉にギボンズ弟は怒気を剥き出しにする。


「殺す! ぶっ殺す! 武器を棄てろ!」

「はあ?」

「こいつが見えねえのかぁー!」


 ギボンズ弟がパメラの髪を乱暴に掴み、ガクガクと振り回す。パメラは唇を噛んで必死に耐えていた。


 フェリックスは舌打ちした。コーラは間に合わなかったか。


「やめろ。彼女は関係ない」

「おでは知っているんだ! てめえはこの女を助ける為にここまできたんだろうがぁ!」

「さあ……」

「武器を棄てろぉー! 捨てなければこの女の首をへし折る!」


 正面から姿を現したのは失敗だったな。フェリックスは思いながら剣を棄てた。


 ギボンズ弟がぐふふふと笑う。


「いいだろう、それでいいんだ! さて、フェリックス、その場から動くなよ」


 ギボンズ弟が口を開けた。そこから炎弾が飛び出す。


 フェリックスは思わず避けてしまった。ギボンズ弟がパメラの首に手をかける。


「動くなと言っただろうがぁー! この女がどうなってもいいのか!」

「いやあ、すまない。思わず避けてしまった」

「てめえ! おでを馬鹿にしているのか!」

「とんでもない」


 俺が馬鹿にしなくても、誰もがお前を馬鹿だと分かっている。そんな無駄なことはしない。フェリックスは呟いた。


「次避けたらこの女を殺す! いいな!」


 フェリックスは頷いた。パメラは涙を流していた。何か言っているが聞こえない。フェリックスに謝っているのだろうか。


「分かったよ。分かった。ここに突っ立っていればいいんだな?」

「そうだ……!」


 ギボンズが再び炎球を吐き出す。それはいびつな曲線を描いて、フェリックスの腕をかすった。まるで狙いがなっていないし、ギボンズ兄の炎と比べれば破壊力もお粗末なものだった。それでも直撃すれば怪我は免れないだろう。


「てめえ! 避けるなと言っただろうが!」

「俺は動いていない。お前も見ていたはずだ」

「自分から当たりにこい! ガードもするな! いいな!」

「分かったよ」


 ワガママな奴だ。フェリックスは思いながら身構えた。ギボンズ弟は三度炎を吐き出す。今度は狙いが正確で、まっすぐフェリックスのほうに飛んできた。


 フェリックスは目を凝らす。炎球の向こう、ギボンズ弟の背後に回り込んできた不審な人影を発見する。


 そういうことか。フェリックスはそのとき全てを悟り、足元に落ちていた剣を拾い上げ、炎弾を弾き飛ばした。


 炎球はギボンズ弟の脇を掠め、近くの木々に直撃した。身を竦めたギボンズ弟は唾を飛ばす。


「てめえ! やりやがったな! おでを舐めてやがる! おではやると決めたらやる男だ! この女は殺す!」


 しかしギボンズがパメラのほうに向きなおったとき、彼の脇腹に突き刺さるものがあった。


 短槍の鋭利な穂先。肉に食い込んだそれは激しく回転し、血を撒き散らした。


 ギボンズがよろめき、演説台から地上へと落ちる。槍を持っていたのは若い男だった。パメラがその若い男に縋りつく。


「フィス……! 助けに来てくれたのね!」


 パメラの弟、フィスは、息を荒くつきながらも姉に柔和な笑みを浮かべた。


「バカな姉ちゃん。俺が本当にサツメ教に入信したと思ってたのか?」

「だって……」

「一度逃がしてやったのに、また捕まったと聞いたときは本当にどうなることかと思ったよ。でも、無事で良かった。もう大丈夫」



 二人の姉弟は燃え盛る演説台から退避していった。それを見届けたフェリックスはギボンズ弟と向き直る。


 よろよろと起き上がったギボンズは目が血走っていた。


「てめえ……! 人質なんかなくとも……! てめえはおでが……」

「やめておけ。お前ごときじゃ、俺の弟子にも勝てないさ」

「弟子だと……!」

「おいコーラ。グリニスもそろそろ腹が減ってるだろ。餌付けの時間じゃないか」


 空からコーラが降ってきた。魔剣に跨った彼女は自分の躰ごとギボンズに体当たりし、吹き飛ばした。そして頭を抱えながら着地する。


「ぐ、グリニスちゃーん……。もうちょっと大人しく着地できないの~?」


 魔剣グリニスは荒ぶっていた。コーラの手から離れ、のたうち回る蛇のように動き回る。


 負傷したギボンズが悲鳴をあげながら後退する。


「なんだこの剣は! 来るな! こっちに来るな!」

「だ、駄目だよグリニスちゃーん。それは苺じゃないよ! そんなの食べたらお腹壊すよー?」


 魔剣グリニスが大口を開けた。血まみれのギボンズが本当に苺のように見えたのだろう。頭からがぶりと喰らいついた。


 そしてぐわんぐわんと左右に振り回し、じっくりと咀嚼する。それから吐き出した。よほど味が悪かったらしい。


 首の骨を折ったらしいギボンズは、もうぴくりとも動かなかった。魔人トレイターなのでこれくらいでは死なないだろうが、もはや再起不能だろう。


「いえい! 師匠! やりましたね!」

「やったのはお前じゃなくてグリニスだし、来るのが遅いんだよ。お前、上空をうろうろ旋回してただろ」

「え? ば、ばれてました? いやあ、グリニスちゃんが炎を怖がってて、なかなか降りれなくて……」

「お前がいるのが見えたから、わざと正面からギボンズと対峙して、注意を引きつけようとおもったのに」

「でも、良かったじゃないですか」

「何がだよ」

「パメラさんを助けるのは私なんかじゃなくて、フィスさんのほうが適任です! 師匠もそう思わないですか?」


 誰が助けても一緒だろう。フェリックスは思ったがわざわざ口に出して否定することはなかった。燃え盛る森を後にした二人は、狼狽えるサツメ教徒を放って、グラント市へと向かった。煤まみれになった二人は互いの顔を小馬鹿にしながらも、無事に帰還を果たした。











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