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暴剣娘の傍見的冒険  作者: 軌条
邪教の虜
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ギボンズ兄

 なるほど、サツメ教の信者どもがギボンズ兄を凄まじい手練れだと称賛していただけのことはある。樹上で激突したギボンズ兄はこの森という地形を最大限生かしてフェリックスを対峙した。


 二人は空中を飛び上がり、互いに攻撃を放ちながらも、足場を樹の枝に頼っていた。ギボンズはフェリックスが利用しようとした枝を先読みして焼き払い、動きを制限しようとした。また、燃え盛る枝葉で煙を巻き起こし、視界を遮ろうと企んできた。フェリックスは懐から短刀を取り出し、それを幹に突き刺すことで樹上の移動を可能にした。


「死神の形質エキスはその所有者に絶大な身体能力を与えると聞くが、大したことがないな。遣い手の問題かな?」

「かもな。しかし炎蜥サラマンダーなんて低級の魔物の形質エキスをそこまで効果的に使いこなすとは、お前は努力家なんだなあ」


 フェリックスの言葉にギボンズはにやりと笑った。


「挑発しているつもりか?」

「いや。思ったことをそのまま口に出しただけさ」

「ならばあえて答えよう。事前に適合検査を受け、私には炎蜥サラマンダー形質エキスが最も相性が良いと判明した。確かに私の形質エキスは死神ほど高級ではないかもしれないが、最大限この能力を生かす為の努力をしたというわけだ」

「へえ。お前の弟も適合検査とやらをしたのか」

「いや」


 ギボンズ兄はここで苦笑した。


「弟は昔から私の真似事ばかり。良い歳してまだ自立できていないのだよ。あの男には展望がない。信念がない。無軌道で放縦。しかしゆえに為せることもある。魔物の形質エキスを使いこなすことができなくとも、利用価値がある」

「実の弟の利用価値ね」

「肉親の情など取るに足らない。少なくともそんなものに振り回される人間は利口でないと思うね。……社会的信用を重視するというのなら、そんな人間を演じるのも悪くないが」

「なるほど。教典を自作するだけのことはある。なかなかの合理主義者だ」

「して、どうする? 私を殺すか?」

「ああ」

 

 フェリックスは樹上での戦いが不利に働くことを悟っていた。だからといって逃げるわけではない。フェリックスは、言うまでもないことだが、聖人君子ではない。かと言ってひたすらに他人の破滅を願うような大悪党というわけでもない。元々は、どこにでもいるような平凡な男だった。


 その平凡さゆえに、自らが持つに至ったこの力を誇示したいというありふれた欲求を少なからず抱えていた。強者との戦闘において湧き上がるこの戦闘欲求は、つまるところそういった感情に過ぎなかった。フェリックスはギボンズのような強者との戦闘を心から望んでいる。コーラのように、戦闘の覚悟のない者に戦いを挑むほど無分別ではないが、ギボンズのようないかれた奴とは仲良くなれそうだ。


 仲良くと言っても、その交流の方法は、殺し合いに他ならないのだが。


「ギボンズ、お前が賞金首だろうと悪党だろうと関係ない。俺と正面切って殺し合いに応じてくれる。その事実こそが重要なんだ。俺を殺したければ森ごと焼け。それくらいしないと俺には勝てない」

「死神の力を見せてくれ、フェリックス……!」


 ギボンズが炎球を掌から繰り出した。その炎はフェリックスが掴まっている樹に向けられていた。フェリックスはそれを足で蹴飛ばし地面に飛ばした。そして跳躍しギボンズに迫る。


 ギボンズもまた、フェリックスと同等の俊敏さがあった。撓る枝の反動を利用して上方に飛び、更に炎を撒き散らす。それらが周辺の木々に着弾し、炎を発する。燃やすというより、衝撃で枝葉が弾け跳び、更にそれらが火種となって、森を煙に包んだ。


 フェリックスは一瞬、ギボンズの姿を見失った。やはりギボンズの戦いは理に適っている。煙で自らの姿を晦ませつつ、周囲の木々を燃やし、フェリックスを炙り出す。フェリっクスには分かっていた。ギボンズがわざと逃げ道を用意してくれていることに。燃え盛る木々に包まれたフェリックスの前には、たった一つの逃走経路が用意されていた。


「……いいだろう」


 フェリックスは朽ちかけた木々の貧弱な枝に掴まり、更にそこを起点にして跳躍し、迫り来る炎から逃れた。その先に待っていたのは、空中から無数に放たれた炎の波だった。ギボンズの最大火力だろう。フェリックスは勝ち誇るギボンズの顔を遥か遠くに見た。


 高みの見物といったところか。しかしフェリックスにとっては、その顔を目視できただけで十分だった。抜身の剣を垂直に投げ飛ばす。


 ギボンズはそれを難なく避けた。だが一瞬視線をフェリックスから逸らしてしまった。


 時間稼ぎはそれで十分だった。ギボンズが視線を戻したときには既に、フェリックスはギボンズの目の前まで迫っていた。


「馬鹿な!?」

「馬鹿はお前だろう、ギボンズ」


 フェリックスは素手でギボンズに襲いかかった。ギボンズもまた、素手だった。炎を纏った拳で応戦してくる。掌でギボンズの拳を受け止めたフェリックスは、一瞬だけ力を込めてその拳を包み込んだ。


 次の瞬間、ギボンズの指の骨が粉々に砕けた。フェリックスはその爪を相手の手首にまで食い込ませた。ギボンズの表情が驚愕に染まる。


「うぎゃああああ!」

「もっと理知的な叫び声を期待していたんだが、残念だな」

「お前っ……! 何という力っ……! 化け物か!」

「知っていたんじゃなかったのか? これは俺の力ではない。死神の力だ。死神はその匂いで魔物を呼び寄せ、命を狩る。当然、炎蜥サラマンダーなんてのも良いカモだな」


 フェリックスはもう一方の拳で思い切り殴り、ギボンズの腹を貫いた。ギボンズは血の泡を噴き、白目を剥いた。


「すまない。だがお前も俺の死を望んでいたな。もし俺が善人だったなら見逃したかもしれんが、俺もお前も同類だ。分かるだろ?」


 ギボンズは痛みで悶絶していたが、やがてふふっと笑った。


「サツメ教徒にならんか、フェリックス……。好き勝手にやれるぞ。お前の力があれば、あっという間にそれなりの地位を確保できるだろう……」

「最期の言葉がそれか。ぱっとしないな」

「フェリックス、お前が何の為に戦っているのかいまいち判然としないが……、もしパメラという女の命を守りたいというのなら、残念だったな……」

「なに?」

「俺が死んだと分かったら……、弟が何をしでかすか分かったものではない。本当に恐ろしいのは俺じゃない、弟のほうさ……。あの男を御することができるのは俺だけだったというのに……。馬鹿なことをしたな、フェリックス」


 ギボンズはここで力尽きた。フェリックスが腹に食い込ませた拳を引き抜くと、炎の海と化した地上へと落下していった。


 フェリックスは燃え盛る森から退避した。頬に冷たいものが落ちてきた。都合良く雨が降り始めたようだ。これ以上燃え広がることはないだろう。


「パメラ……」


 フェリックスは呟いた。あの女はもう生贄に捧げられてしまっただろうか? コーラが上手く攪乱してくれていれば良いが。フェリックスは燃え盛る森を後にした。








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