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暴剣娘の傍見的冒険  作者: 軌条
苺畑の怪人
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断熱材と少女

 ゾンビが家の外壁に爪を立てる音がする。昼間は眠りこけていた彼らも、いよいよ目を覚ましたらしい。最近は夜が長く、昼が短くなってきた。


 フェリックスは剣鞘を枕に粗末な寝台に寝転がっている。ここ何年も切っていない漆黒の長髪。埃と汚れにまみれた薄茶の外套。泥と血が付着した革のブーツ。そんな出で立ちで寛いでいる。いつでも外出できるような恰好で過ごすのが彼の習慣になっていた。


 彼はかれこれ8年以上眠っていない。死神の形質をその身に宿したときから、眠りを必要としない躰になってしまった。常に頭の中に靄がかかっているような感覚。ぼんやりとしている時間が長くなった。


 ぼうっと一人で過ごしていると、いつの間にか数日が過ぎていた、なんてこともざらだった。飢餓には相当に強い躰だったので、空腹を感じることも滅多になかった。


「よお、相変わらずだな」


 部屋の魔導燈が点いた。夜目が利くフェリックスにとって、それは訪問者がいなければ絶対に使われないようなものだった。魔物の形質エキスの搾りかすを燃料にした魔導灯は、たとえば動物性の油を使用したものより、遥かに長持ちで明るかった。使用する魔物の形質エキスによって炎の色が変わるのも利点とされている。


 訪問者の顔を確認したフェリックスは溜め息をついた。そうか、もうそんな季節か……。


「一年ぶりだな、ヤング」


 フェリックスが声をかける。ヤングは顔面をびっしりと覆う髭を撫でながらずかずかと家の中に上がり込んできた。茶褐色の外套は埃まみれで、彼は無遠慮にもそれを払って床の上に落としていった。


「いやあ、フェリックス、俺はどんどん老いていくのに、お前は若者のままだな。俺もいっそ魔物の形質エキスを刻み込んでみるかな」

「やめておけよ……。下手すれば死ぬぞ」


 魔物の形質エキスを人間の形質エキスと融合させ、その生物としての本質を捻じ曲げる――そんな技術が登場して久しい。魔物の能力を得たその人間もどきを、魔人トレイターと呼ぶ。フェリックスはまさに魔人トレイターだった。多くの国々で魔人トレイターの人権は剥奪され、迫害されているが、ここ夢占の国ガノクは、比較的、魔人トレイターに寛容だった。


 ヤングは荷物を勝手にその辺に置き、部屋の調度品を批判的に眺めながら、


「どうせ人はいつか死ぬんだ。死ぬ間際になってつまらん人生だったと後顧するのは嫌だな。それはさておき、最近、仕事はしているのか?」

「いや」

「色々と入用だろ?」

「どうだろうな」


 フェリックスはカネのかからない生活を続けていた。土地は随分昔に購入したもので、当時は二束三文の値段だった。家は自分で建てたし、食費はほとんどかからない。服や小物も自分でしつらえることができる。もしカネが必要になったら適当に都市のほうに出向いて仕事を貰う。それくらいのツテはある。


 ヤングは机の上のものをどかし、そこに書類を何枚か置いた。ヤングはいわゆる行商人というやつなのだが、傭兵に仕事の斡旋をしたり、魔物の形質エキスを闇市場に流したり、人道支援と称して紛争地で商売をしたり、とかくカネ儲けの為なら何でもやる男だった。ヤングに初めて目をつけられたのは8年前、フェリックスが死神の形質エキスをこの身に刻み込んだ直後のことだった。


「なあ、フェリックス、去年俺がもってきた仕事、憶えてるか」

「さあな……。言ってみてくれ」

「東の湿原地帯に出没した盗賊団のことだよ。やつら、どこからか蜥魔の形質エキスを大量に持ち込んできて、湿原を縄張りに大暴れしやがった」


 フェリックスはおぼろげな記憶を探った。


「さあ。そんな話もあったかな。その後どうなったんだ」

「討伐部隊が編制されて、皆殺しだよ」

「良かったじゃないか」

「よくないんだ、これが」


 ヤングが苛立ちを隠し切れていない。


「せっかく俺がいち早く話を持ってきたのに。上手くやれば盗品の幾つかもくすねることができたかもしれない」

「盗品をくすねる?」


 フェリックスが首を傾げると、ヤングは頷いた。


「当然の見返りってやつだよ。盗品のかつての所有者は盗賊どもに殺されているから、正規の手続きで盗品を引き渡しても国庫を潤すだけだ。だったら汗水垂らして盗賊どもを殲滅した人間が旨味を吸い上げるのは当然。だろ?」

「汗水垂らして働くのはお前じゃなくて、傭兵だろ」

「カネを払って労働を委託しているのさ。文句を言われる筋合いはないね」

「いや、文句ではなく……。まあ別にいいが」


 フェリックスは卓上に広げられた書類をざっと見た。


「で? 今年はどんな仕事を持って来たんだ」

「興味を持ってくれるか」

「別に……。話だけでも聞いてやらないと、お前、帰ろうとしないだろ」

「分かってるじゃないか、フェリックス。この時期はな、近くの都市の傭兵団が一斉に休業に入るんで、頼れるのがお前くらいしかいないんだよ。せっかくおいしい仕事がたんまりあるっていうのに」


 ヤングが書類を掻き分け、早口に説明を始める。フェリックスはそれを聞き流した。話し疲れたらヤングはじきに帰るだろう。フェリックスはそれを期待しながら無為な時間を過ごした。どうせ、一人でいるときもただじっとしているだけ。そんな生活を続けている。面倒だとも思わなかった。


「――これで全部だ。どれか一つくらい、片付けてくれてもいいだろ?」


 ヤングが話を終えた。フェリックスは気のない返事をした。


「おいおい、今年こそは頼むぜ……、そうだ、壁に張っておくからな、見といてくれよ」


 そう言ってヤングは勝手に書類を壁に張り始めた。小さな鋲を持参しており、それで壁に固定していく。


「――おい、壁に穴を開けるなよ。面倒なことになる」

「はあ? 別にいいだ――」


 ろ、と言いかけたヤングが小さく悲鳴を上げた。鋲で開けた穴から緑色の液体がぴゅーっと噴き出してきたからだ。


 フェリックスはうんざりした。


「言わんこっちゃない」

「な、なんだこれは!?」

「俺の家の壁に、ゾンビが群がってただろ。あいつらが出した腐蝕液が家の外壁と内壁の間に溜まってるんだ……」

「どうして放置しているんだよ! お前ならあんなゾンビども、簡単に退治できるだろうに!」

「断熱材」

「は?」


 フェリックスは立ち上がった。そして首を鳴らしながら表に出ようとする。


「良い断熱材になるんだよ。夏は涼しく、冬は暖かい。臭いも意外としない。猛毒だが」

「なっ……」


 ヤングは悲鳴を上げて自分の服に付着した緑色の液体を払おうとした。フェリックスは構わずに家の外に出た。


 ゾンビが群がってフェリックスの家の壁にくっつき、もがいている。あらかじめ家の壁に強力な接着剤を塗っておいた。それにゾンビどもがくっつき、身動きが取れない状態になっている。


 フェリックスの持つ死神の能力は、形質エキスを持つ者に絶大な身体能力を付与すると同時に、魔物を知らず呼び寄せてしまう体質をも与えてしまう。それが匂いなのかフェロモンの一種なのか、はたまた魔術的な何かなのか定かではないが、とにかくフェリックスはそれを活用して、自宅にゾンビを呼び寄せて、奴らの腐蝕液を利用している。


 腐蝕液は時間が経つと固まるので、外壁と内壁の間でうまく薄い壁として利用できる。しかしヤングはちょうど固まる前の部分の壁に穴を開けてしまったようだ。こうなると、一度腐蝕液を全て抜いてから、壁の補修をしなければならない。その為にはゾンビを一旦退治しないと……。


「まったく。面倒だな。ゾンビども、ほらほら、俺はここにいるぞ」


 壁の接着剤にくっついて身動きが取れないゾンビたちを斬り飛ばそうと、剣を抜き放ったところだった。


 ゾンビどもに埋もれる新鮮な肉がある。


「うぼわあああ~」


 それは13歳くらいの少女だった。少女が壁の接着剤にくっついてもがいていた。そしてゾンビたちと共に悲痛な呻き声を漏らしている。顔面から壁にくっついているので口がうまく動かせないようだ。


「うぼわあああ~」


 フェリックスはしばらくその少女をただ見ていた。なんだこいつ。いまだかつて、生きた人間がこのお粗末なトラップに引っ掛かることはなかったというのに。少女はうらめしげな眼でフェリックスに救いを求めていた。







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