クォーティスへ
俺はナイトハウンドの死骸を集め、火を放った。
魔物の死骸を放っておくことはあまり良いことではない。
死臭につられて別の魔物が集まることもあれば、死骸自体が別の魔物として甦ることもある。
焼却が義務な訳ではないが、食事もかねて今回は焼くことにする。
着火に使ったのは火属性の初級魔法陣が描かれた魔法符だ。
マナを送り込めば勝手に魔法が発動する優れものであり、道具屋の倉庫に置かれていたものをくすねてきた。
マナには困っていないので大変重宝する。
「…こんなもんか?」
俺は手にもって焼いていたナイトハウンドの足の焼き加減を見てかぶりつく。
固いしまずい。
魔物の肉を食うのは毒などのリスクがついてまわるため、冒険者も余程のことがないかぎり食べないらしい。
ナイトハウンドに関しては昔何度か食べたことがあり、悪くて腹を下す程度だったので俺は食料と見なしている。
聖剣の加護なのか、今の所なんともない。
魔族の支配領域に入ればそうそうちゃんとした食事にありつけるとは思えないので、今の内から慣れておくのも悪くないだろうしな。
「…さて」
腹ごしらえも終えて、太陽の位置を見る。
少し西に傾きかけているな。
今日中にクォーティスにつけるかはわからないが、視界が良好なうちに距離をかせぐか。
この日は結局クォーティスには着かなかった。
適当な木陰を見つけ、野営の準備をする。
準備と言っても、魔法符頼りの簡易的なものだ。
背嚢から一枚の魔法符を取り出し、地面に当ててマナを送る。
魔法符が輝き、それに呼応するように周囲の地面が盛り上がり始める。
ほんの数秒で、土と岩石の室が出来上がった。
本来、敵を捕らえたり身を護ったりするための魔法らしいが、風雨をしのぐ宿としても使える。
レガスの入れ知恵だ。
冒険者はこうやって野営をする者が多いらしい。
魔法使いなら魔法符なしで作れるしな。
昨日もこれを使ったが、中々居心地がいい。
俺は土の山の一部を蹴破って出入り口をつくり、中で寝転んで目をつぶる。
一日中走り詰めでやはり疲れていたのか、俺は直ぐに眠りについた。
次の日の朝…早朝。
いや、未明か。
俺は嫌な気配を感じて目を覚ます。
「…しまったな」
ひとりごちて起き上がり、剣を取ろうとする。
「…………」
そう言えば、聖剣は腕輪になるんだったな。
まだ寝ぼけているようだ。
気持ちを切り替え、岩屋の外に出る。
外には、月明かりに照らされたナイトハウンドどもが待ち構えていた。
俺の臭いでも嗅ぎつけて、襲撃をかけてきたんだろう。
岩屋に入ってくる前に気付けたのは僥倖だったな。
しかし。
「…増えてるじゃねぇか」
ナイトハウンドの数は十を超えていた。
やはりクォーティスに近づくに連れて魔物の活動が活発になっているように感じる。
早くクォーティスへ向かいたい衝動に駆られながらも、俺は眼前の敵を鋭く見据えた。
「…ふぅ」
ナイトハウンドの群れを壊滅させて、その残骸を焼却し終わり、俺は一息つく。
さすがに少し手間取った。
この倍くらいの数になってくると、おそらく無傷ではいられなくなるだろう。
俺は魔物に火をつけるときに一緒に取り出したもう一枚の魔法符を手に、岩屋の前に向かう。
マナを込め、魔法が発動する。
清らかな光が俺と岩宿を包み、輝く紋様が地面を走り円陣を描く。
簡易の結界魔法だ。
低級な魔物を退ける効果があり、夜間に見張りを立てられない俺には必須の魔法と言えるだろう。
これを使い忘れたせいで不要な戦闘が起きた。
何をやってるんだ俺は。
「…もう少し休むか」
まだ夜が明けていない。
疲れも完全には抜けていないし、寝られるとき寝るべきだ。
岩屋に潜り込み、俺はまた泥のように眠り始めた。
朝、魔法符で生み出した水で水浴びをして、昨日とっておいた魔物の肉を食ってから、再びクォーティスを目指して走った。
「…あれか」
昼過ぎ、太陽が正中して数刻経ったころ。
遠目から風車や畑、人家が見えてきた。
レガスが風車が目印と言っていたので、あれがクォーティスで間違いないだろう。
ただ、想像通り無事ではなさそうだった。
街の郊外で、魔物に遭遇する。
ナイトハウンドではなく、猪型の魔物の群れだ。
確か、ギャングボアだったか。
レイヴが襲われたときにも何頭か見かけた。
牛並みにでかく、基本群れで行動する魔物で、その突進は生身の体でまともに受ければすぐにあの世逝きだ。
それが何頭も同時に突撃してくるとなるとかなり厄介で、ナイトハウンドよりも手強い魔物とされている。
「ブビィィッ!!」
畑や人間の死体を漁っていたギャングボアの一頭が俺の存在に気づき、うなり声をあげる。
敵の接近を知らされたボアたちは俺の姿を認めるや否や、脇目も振らずに突進してきた。
まさに猪突猛進というべきか、全部で五頭が猛烈な勢いで迫ってくる。
あの質量と速度は脅威だが、愚直に飛び込んでくる獲物を座して待つ必要はない。
俺は魔法符を取り出し、マナを送り込む。
「火だるまになってろ!」
紅く輝く魔法符から、巨大な炎の玉が生まれ、先頭に立つボア目掛けて飛んでいく。
間もなく火球は標的に命中し、派手に爆発を起こしボアの巨体を吹き飛ばす。
仕留めきれているかはわからない。
だが、捌く敵の数が減るだけでもありがたい。
もう一枚魔法符を取り出そうとしたが、敵がこちらに届くほうが早いと見て聖剣を構える。
一頭目、突進してきたボアの勢いを剣で逸らす。
「…ぐっ!」
完全には勢いを殺しきれず後方へ吹き飛ばされる。
進行方向をずらされたボアが、再び俺目掛けて突進しようと一度足を止める。
ここだ。
俺は即座に体勢を立て直し、立ち止まったボアの首に聖剣を振り下ろす。
ボアの頭部が血飛沫をあげて地に落ちる。
ギャングボアの体毛は針金のように固く、一刀のもとに斬り伏せるのは中々難しい。
それをここまで容易く斬り落とすとは、さすがは聖剣だな。
聖剣の性能に感服しながらも、追撃してくるボアから意識は外さない。
続いて迫ってくるボアは三頭。
さっきのように一度攻撃をいなしている余裕はなさそうだ。
「…………」
俺はマナをみなぎらせる。
一度攻撃は受けた。
その速度やボアの反応も把握した。
いける。
轟音を立てて迫りくるボアを見据える。
敵が絶妙の距離に入ったのを見計らい、踏み込む。
弾かれるように跳躍した俺は、ボアとのすれ違いざまに聖剣を振り抜いた。
ボアの肉片は突進の勢いそのままに俺の後方へと飛んでいく。
次に間合いに侵入したボアの側面に回り込みその分厚い首を落とす。
立て続けに迫ってくる魔物の気配を背後に感じながら、俺は短く息を吐く。
「…はぁッ!!」
振り向くと同時に、マナを込めた渾身の一撃を振り切る。
ボアは両断されるどころか、剣を追うように吹き荒れたマナの嵐に巻かれ、ずたずたになって吹き飛んだ。
四頭を倒し、最初魔法符で攻撃したボアへと視線を移す。
「…?」
火球に焼かれた魔物は身動きひとつしない。
「…まさかな」
近づくと、そのボアは息絶えていた。
牽制のために使った魔法だったが、思いのほか威力が高かったらしい。
なんにせよ、今の俺なら、ギャングボアの群れでもひとりで対応できるようだ。
しかも、今日は昨日よりも調子がいいように感じる。
「…よし」
魔物の残骸は後でまとめて処理することにして、俺はクォーティスの街中へと踏み入った。