聖剣の扱い
クォーティスは王都と山脈を隔てた西側にある、農業を中心として発展する街らしい。
レイヴから見れば、北北東に位置することになる。
山沿いにある街のため、騎士団のような軍は進行しにくいらしく、街そのものの人口も少ないため、救援は後回しになっているらしい。
かわいそうな話ではあるが、現状、やむをえないだろう。
「だいぶ山が近づいてきたな」
俺は道具屋で拝借した方位磁石を確認しながら、クォーティスのある方角に向かって大草原を走っている。
もちろん、自分の足でだ。
レガスからは馬を使うように勧められたが、断っておいた。
いつどこで魔物や魔族との戦闘になるかわからない以上、戦えない馬は邪魔だ。
しかも、俺が全力で走った場合、俺のほうが速い。
その分膨大なマナを消費することになるが、聖剣のマナとその回復力を活用すれば、少しの休憩を除いて一日中走っていられるようになった。
聖剣さまさまだ。
暫く走っていると、俺と同じ速度で走る影を見つけた。
それもひとつでなく、複数。
今の俺の速度についてこられる存在は限られている。
そう、魔物だ。
「…またナイトハウンドか」
昨日レイヴを発ってから丸一日程移動してきたが、その間に何度か魔物の襲撃を受けた。
最初は無視してしまおうかとも考えた。
しかしこれから魔族と戦う前に、聖剣の扱いに慣れたほうが得策だと思い、魔物の接近に気がついたときは戦うことにしていた。
俺は足を止めて聖剣を構える。
聖剣が光となって剣の形を成すと、俺に合わせて走っていた犬型の魔物たちが進路を塞ぐように回り込んできた。
数にして7頭。
レイヴに住んでいた頃は、相手にしたことがない数だ。
だが、俺は負ける気がしなかった。
「…段々増えてきてるな。クォーティスも無事じゃすまないか…」
俺は独語しながら相手の出方を見る。
本来なら魔物との集団戦は囲まれないよう立ち回るべきなのだろうが、この草原でこの数の差がある場合、あまり意味はなさそうだ。
「…ガァッ!!」
俺を囲んでいたナイトハウンドの一頭が飛び出したのを皮切りに、魔物たちが一斉に俺目掛けて飛び込んでくる。
「ぉらぁッ!」
俺は最初に飛び込んで来た一頭へと聖剣を一閃させる。
聖剣は目に見える程のマナを迸らせながら、ナイトハウンドの体に沈み込み、両断する。
俺が一頭を相手取っている時間はほんの一瞬だったが、その間隙を縫って三頭ほどが俺の至近に迫る。
流石に三頭まとめて斬ることはできない。
そう結論づけ、俺はその三頭に向かって剣を構える。
「はぁッ…!」
聖剣にマナを送り込み、防御の姿勢を取る。
すると、飛びかかるナイトハウンドたちがマナの壁に弾かれ吹き飛んだ。
三頭の後ろから続いていた一頭も巻き込まれて倒れる。
聖剣はマナの塊であり、所持者に多大な恩恵を与える。
聖剣から溢れ出るマナは持ち主の体を鎧のように覆い、守勢に転じれば巨大な盾となり敵の攻勢を防ぐ。
今の防御は、聖剣ならではの戦術であり、ようやく俺にも使いこなせるようになってきた。
第二波をしのいでも、ナイトハウンドの攻勢は止まない。
「…シッ!」
背後に迫っていた一頭の横っ面に、振り向きざまに裏拳を叩き込む。
たいしてダメージはないだろうが、殴られた一頭は大きく吹っ飛ぶ。
体勢を持ち直し、遅れた最後の一頭を抜き胴で仕留め、俺は吹き飛ばした五頭に向き直る。
すぐに起き上がってきたのは俺から直接攻撃を受けていない一頭だけだった。
これも昨日今日で分かったことだが、どうやら聖剣を介して放たれるマナには、魔物の活動を阻害するような効果があるらしい。
他のナイトハウンドは聖剣のマナにあてられ、動きが鈍っているのだろう。
こちらとしては好都合だ。
俺はマナを足に集中させ、立ち上がった一頭へと一気に距離をつめる。
反応しきれなかったそいつを逆袈裟に斬り飛ばすと、ちょうど近くにさっき殴り飛ばした一頭が転がっていた。
マナを込めた拳で殴られ気絶しているのか定かではないが、おそらくまだ息の根はあるだろう。
再び足にマナを集中させて、魔物の頭部を思いきり踏みつぶす。
ぐちゃり、と嫌な音を立てる足下には目もくれず、俺は残党の動向を確認した。
残りの三頭はようやく立ち上がり、俺を警戒するように横に広がる。
「…………」
俺は気を抜かずに三頭の動きを観察していたが、やがて三頭は身を翻して俺とは逆方向に走り出した。
適わないとみて逃げたのだろう。
見逃してもよかったが、付近の村などを襲われても困る。
俺はマナを滾らせナイトハウンドを追った。
逃げ腰になった敵は、拍子抜けするほど脆い。
すぐに追いついた俺は背後から一頭目に一閃。
俺の追撃に気付き二手に分かれて逃げ出そうとした二頭目の首を落とす。
俺からまた少し距離を空けた三頭目めがけて大きく跳躍し、上空から叩き伏せる。
「…よし…」
あっという間に、ナイトハウンドの群れは壊滅した。
正直、ひとりでここまで戦える冒険者は少ないだろう。
だが、嬉しいとは思わない。
俺が強いわけじゃなく、聖剣が強いのだ。
かつての俺なら、今の戦闘で命を落としたかもしれない。
慢心だけは、しないようにしよう。
そう肝に銘じた。