旅立ち
「あと俺が知ってるのは、主犯格が女だってことだけだ」
「女…」
「? 何か心当たりでもあるのか?」
「タイモンを襲った魔族の率いていたのも、女だった」
「何?」
俺は自然と身を乗り出す。
「そいつの外見は?」
「見たこともないくらいの美女で、銀髪だった」
「…………」
違う。
リースの髪は黒だ。
俺が肩を落としたのを見て、レガスが声を掛ける。
「…ラルフが見た女とは違うのか?」
「俺が見たのは黒髪だった」
「黒髪…? それは本当か?」
「こんなことで嘘ついてどうする。黒髪だったら変なのか?」
「いや、他の街を襲撃した魔族も、例外なく美女が率いていたらしいんだが、黒髪は初めて聞いたんでな」
「全て、女が率いていた?」
そう言えば、昨夜助けた男も美女が何人も出てきたと言っていた。
どうなってる。
「魔族は女のほうが多いのか?」
「いや、そんな情報は聞いたことがない。むしろ今までは男のほうが多かったはずだ」
「なんらかの理由で女ばかりになった、ってことか?」
「わからん。それは魔物学者にでも任せるさ」
そうだな。
こんなこといくら考えても埒が開かない。
「とにかく、俺が知ってるのはこのくらいだ」
「そうか。いや、参考になった。礼を言う」
レガスはそう言って頭を下げてきた。
律儀なやつだ。
眩しく見えるな。
「礼と言ってはなんだが、ラルフ、タイモンへ来ないか?」
「は?」
「おまえ、行くアテがないんだろう? おまえひとり分の寝床くらいなら用意してやるから、どうだ」
「…せっかくだが、断る」
「何故だ?」
俺は少しだけ考える。
「ここから一番近くで、まだ魔族がいそうなところはないか?」
「何故そんなことを訊く?」
「俺は魔族を滅ぼす」
「………!」
俺の言葉に、レガスは総毛立った。
かなりの使い手のようだし、何かを感じ取ったんだろう。
「…やめておけ」
「忠告は痛み入る。だが、考えを変えるつもりはねぇ」
「…………」
レガスは深い溜息をつく。
説得は無意味だと悟ったのかもしれない。
「ラルフ。最後にひとつだけ頼み事を聞いてくれねぇか」
「なんだ?」
「探してもらいものがある。多分この街にあるはずだ」
「どんなものだ」
「指輪だ」
「…断る」
こんな瓦礫の山で指輪探しなんてやってる暇はない。
俺ににべもなく断られると、レガスは無精髭に覆われていてもわかるくらいに口元を歪めた。
「受けてくれねぇと魔族の情報はやらんぜ」
このハゲ。
悪人じゃねぇか。
「だったらいい、自分で適当にあたる」
「そっちの方向に魔族はいないぞ」
歩き出そうとすると、ハゲが俺に注意をしてきた。
俺は無言で踵を返す。
「おっと、そっちは…」
俺は立ち止まる。
「黙ってろよおっさん」
「自分で探すのもいいが、少しでも迷えば騎士団がカタをつけちまうぞ。そうすると、どんどん戦場からは遠のくなぁ」
「…………」
今度からハゲとは口をきかないようにしよう。
「…どんな指輪だ」
「おぉ、探してくれるのか。まぁ心配するな、マナの波動を放つ指輪だ。きっとすぐに見つかる」
「…言ってろよ」
こうして、俺の旅は幸先の悪い始まりとなった。
結論から言うと、指輪は割とすぐに見つかった。
レガスの言う通り、指輪がマナの波動を放っていたからだ。
人によって個人差はあるが、ある程度の戦闘能力を持っている人間ならマナを感知することは容易だ。
「おっさん、指輪ってもしかしてこれか?」
俺は瓦礫の中から橙色に光る宝石の嵌め込まれた指輪を拾い上げ、近くで屈んでいたレガスに確認する。
「…。おお、それだそれだ。やっぱり、あったな…」
「…?」
俺を引き止めてまで探していたものが見つかったというのに、レガスは複雑な表情をしていた。
俺が不思議に思っているのを察知したのか、レガスが苦笑まじりに言う。
「…この指輪はな、ロナって魔導士が身につけてたものなんだ。中々腕の立つ冒険者で、この指輪も相当な業物なんだぜ」
「そりゃ見ればわかるが…」
俺が疑問に思ったのは、なぜそのロナの指輪をレガスが探していたのか、ということだった。
まぁ、今の言葉と表情で、大方の予想はついたが。
「…ロナはな、オレの娘だったんだ」
真昼の太陽が、流れる雲に一瞬だけ隠れた。
「ロナは、勇者一行として旅立つ冒険者のひとりだった」
俺は、先程別れを告げたばかりの墓に戻ってきていた。
隣に立つ男が、誰のものとも判別のつかない墓標の列を眺めながら、話を続ける。
「女房が早くに死んじまって、男手ひとつで育ててきたせいか、色気のねぇ魔法バカになっちまってなぁ。ちゃんと嫁に行けんのかって心配してたら、勇者のお供として旅についてきてほしいって要請があってな。本人は喜んでたが、オレは頭を抱えた。魔王討伐は十回死んでも足りないくらいの危険を伴うって話だからな。正直、心配でたまらなかった。だけど、それをロナには言えなかった。あいつはすぐにオレをからかいやがる。心配してるなんて知られたら、『お父さん、もう歳なんじゃないの?』なんて言われるに決まってる。だからよ、オレは見送りのときあいつに言ってやったんだ。『殺しても死なねぇようなおまえは、ひとりで魔王討伐に行くくらいでちょうどいい。死ぬまで帰って来んな』ってよ。…ははっ、どうしてあんなこと言っちまったんだろうなぁ…」
レガスはゆっくりと、独白を続けた。
俺は相づちを打つことすらしなかった。
「今でもよぉ、あいつが死んじまったなんて嘘で、その辺の瓦礫からひょっこり顔出して、『お父さんなに辛気くさい顔してんの』って………!」
レガスの声が震える。
手の中の指輪を握り締め、祈るように額に寄せる。
「なんで、おまえなんだよ……ッ! なんで……オレじゃねぇんだ……ッ…!」
「…………」
男の慟哭が、墓場に響く。
俺はそれを黙って聞いていた。
右腕が、嫌に疼く。
暫くして、レガスは意を決したように俺に向き直った。
「ラルフ、クォーティスへ行くといい。あそこはまだ騎士団の手が届ききってないそうだ」
「クォーティス…」
「そこへ行けば、魔族と戦うことができるかもしれねぇ。おまえの正気は疑うが、約束だからな」
「悪いな…」
「いや、いいんだ。それより…」
レガスは右手の指輪を俺に差し出してきた。
「こいつを持ってけ」
「…要らない」
「魔装具だぞ。必ずおまえの助けになる」
「指輪をつける趣味はないんでな」
「腕輪とたいして変わらねぇと思うが」
「…………」
「腕を隠すな」
レガスは溜息をついて、指輪になにやら細工をし始めた。
「何をしてる」
「昔ドワーフに細工を習ったことがあってな」
「そんなことは訊いてない」
「ほら、できたぞ」
そう言ったレガスの手元には細いチェーンに繋がれた指輪があった。
簡単に言えば首飾りだ。
というか速いな。
「これなら目立たねぇだろ」
「そうまでして持たせたいのか」
「そんなに嫌か」
「…娘の形見だろ」
「だからだよ」
「?」
怪訝な様子を見せると、レガスは真剣な顔つきになった。
「あいつは勇者一行のひとりとして、冒険者として、魔族を倒すために戦い、死んだ。その遺志を継ぐのなら、魔族を滅ぼすっていうおまえに持っててもらったほうがいいだろう」
「…。ホントにいいのか?」
「いいって言ってんだろ」
「じゃあ、受け取っとくぜ」
俺は観念して、レガスから首飾りを受け取る。
すぐに首にかけ、服の下に忍ばせた。
「オレはタイモンに戻ってレイヴの状況を報告しにいく。多分この周辺の冒険者ギルドにはいるだろうから、何か用があるときはギルドまで来てくれ」
「わかった。色々と悪いな」
「いや、いいんだ。じゃあな、ラルフ。健闘を祈る」
別れを告げようとするレガスに、オレは言葉をかける。
「…。なぁ、レガス」
「どうした? やっぱりタイモンに来るか?」
「そうじゃない」
「…オレのことは気にすんな。あいつもオレも覚悟して冒険者の道を選んだんだ」
「……そのことでもない」
「なんだよ、歯切れの悪い」
「いや、その、どう行くんだ、クォーティスって」
「…………は?」
「だから、クォーティスって、どこにあるんだ…?」
「…………おまえ…」
俺の旅路は、前途多難だ。