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ラルフ  作者: ココア=パウダー
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廃墟の街で

 



 始まりの街、レイヴ。

 昨日までそう呼ばれていた廃墟で、俺は穴を掘っていた。

 この街の住人や、勇者を目当てに集まった冒険者たち、そして勇者本人の、墓をつくっていたのだ。


「……ふぅ」


 昨夜、あのリースとかいう女にマナを吸われて、俺は死んでしまうと思っていた。

 リースにやられた傷からの出血も酷かったし、まだ周りに魔族や魔物が残っていたからだ。

 しかし、傷口は聖剣の加護によって塞がり、魔物たちは俺を襲うことはなかった。

 あの女が何か指示でもしたのだろうか。


「…………」


 やめよう。

 考えていても仕方のないことだ。

 俺がやるべきことはもう決まっている。


ーー ラルフ様は憎しみのあまり私を殺そうと、私を求め続けるのです ーー


 あの女、リースを殺すことだ。

 そして、それに準ずる魔族どもを根絶やしにする。

 奴らは、二度も俺からすべてを奪った。

 きっとこれからも奪おうとするだろう。

 これ以上、奴らの好き勝手にされてたまるか。


「…………」


 俺は右腕にはめられた腕輪を見つめる。

 昨夜までは俺の腕にはなかったものだ。

 …そう。

 あいつが死ぬまで、この腕にはなかったものだ。


 聖剣。


 ルークの言っていた通り、この聖剣は持ち主の意志によって自在に形状を変えられるらしい。


「…………」


 剣を抜くつもりで腕を振ると、腕輪がマナの光となって剣に姿を変える。

 ルークが使っていたものより一回り小さいのは、俺が扱い易い大きさになっているからだろう。


「…………」


 剣を収めようと思うと、また光となって腕輪に戻る。

 腕輪の状態でも、剣の状態でも、この体が膨大なマナに包まれているのが感じられた。

 聖剣は持ち主とマナを同化させ、持ち主に絶大な加護を与えるという。

 傷を癒し、失った血を作り、あらゆる魔術に耐性をつける。

 聖剣を手にした勇者という存在は、はっきり言って人間の域を逸脱していた。

 ルークが過ぎた力だと言ったことも今では理解できる。

 ただ、今はその過ぎたる力が好都合だった。

 リースを殺す上では。


「…待ってろよ…」


 俺は今しがたつくったばかりの墓を見つめそう呟く。

 昨夜の雨が嘘のように晴れ渡った蒼穹の下で、しばし佇む。


「…行ってくる」


 誰に届くこともない独白を残し、その場を立ち去った。




「このへんはまだ大丈夫だな」


 焼け崩れた道具屋の倉庫で、俺は旅に役立ちそうなものを物色していた。

 食料はかなり魔物や魔族に食われてしまっていたが、薬品や金は大丈夫なようだった。

 聖剣の加護があればあらゆる病や呪いを防げそうではあるが、背嚢に余裕があるなら持っていって損はないはずだ。

 冒険者ギルドや、旅商人が換金してくれるかもしれないしな。

 いや、魔族の領域に入ってしまえば金は役に立たないか。

 まあいい。

 どのみち一度は冒険者ギルドや聖騎士団に接触して、情報を集める必要がある。

 要らないと思えばそのときに売り払おう。


「さて、まずどうするかな」


 俺は書店で拝借した地図を広げて、次なる目的地を探す。

 この街の近辺しか載っていない地図だが、基本的に西に向かえば向かうほど魔族の支配が強くなるとされているので、とりあえずは西を目指したい。

 しかし、このレイヴの街ですら廃墟と化している現状、この街以西の都市がまともに機能しているとは考えにくい。

 昨日の魔族の襲撃は遅くとも夕方には始まっていたであろうし、近隣の街から援軍が来ていないとおかしい時間だが、それもない。

 おそらくレイヴ以西の街はここと同様、もしくはそれ以上に悲惨な状態なのだろう。

 まず大局的な情報を知りたい俺としては、いきなり西に進むのは上策ではない気がする。


「…くそ。面倒だな」


 瓦礫に腰掛け、慣れない頭脳労働に辟易していると、街の入り口の方から人の気配がした。


「兄ちゃん、こんなとこで何してんだ…?」


 気配のしたほうから、ひとりの中年男が歩いてくる。

 筋骨隆々とした軽装の大男で、むき出しの頭皮が日に照らされて眩しい。

 無精髭に隠されて口元の表情は見えないが、油断ない眼光で俺を見据えている。

 かなりの使い手だ。

 ハゲだが。


「兄ちゃん、何モンだ? いつからここにいる?」

「俺がここにいちゃ、何か不都合でも?」


 男が俺と一定の距離を保ったまま、質問を重ねてくる。

 警戒しているのだろう。

 その気持ちも分かるが、警戒されているほうはいい気分にはならない。


「別に不都合はねぇが、答えられる範囲で答えてもらったほうが助かるな」

「あんたの質問に答えたとして、俺に何か見返りがあるのか?」

「代わりにオレの知ってることを話そう」

「…………」


 まぁ、悪くない条件か。

 もともと隠さなければいけない情報なんて特にないし。


「オレはレガス。冒険者だ」

「ラルフだ。この廃墟の元住民だ」

「レイヴの生き残りか…?」

「…疑ってるのか?」

「いや、疑いたくはねぇんだが…この有様だろう? どうやって生き残ったのかと思ってな」

「たまたま、運が良かったんだよ」

「ラルフは冒険者じゃないのか?」

「そうなるつもりだった」

「つもり?」

「…………」


 俺が押し黙ると、レガスは何かを察したように眉を動かした。


「あぁ…まぁ色々あるよな。悪い、少し不躾だったな」


 どうやら悪い人間ではないようだ。


「そういや、さっき地図を見てたよな。これからどこに行くんだ?」

「決めかねてる」

「まぁ、どこが安全かなんて中々わかんねぇからな」

「できれば安全じゃないところのほうがいいんだけどな」

「ん?」

「いや。…おっさんはなんでここに来たんだ? 観光か?」

「違うのわかってて訊いてるだろおまえ…。オレはギルドの要請でな。まぁ、偵察みたいなもんだ」

「偵察?」

「そうだ」


 そう言ってレガスは近くの瓦礫に腰をかけた。


「昨日の夕方、レイヴが襲われたと冒険者ギルドの各支部に知らせがあった。レイヴには勇者一行、他にも王国屈指の冒険者が多数集まっていたから、みな事態を甘く見ていた。たとえ魔王が来ようとも、今のレイヴは簡単に落ちるはずがない、とな」

「…………」

「ギルドに所属する人間として恥ずかしい限りだが、オレも状況を楽観視していたひとりでな。そのときタイモンの街にいたんだが、援軍として派遣する冒険者を選んでいたときに、街が襲撃を受けたんだ」

「タイモンも襲われたのか…」


 タイモンとは先程、俺が行こうとしていたレイヴ以西の街のひとつだ。

 レイヴ同様魔族の支配地域に近いため、冒険者の活動が盛んな街だ。


「ああ、それも魔物の群れじゃなく、あれは魔族の軍勢だった」

「軍勢だと?」

「ああ。タイモンの冒険者を一網打尽にできるほどの、圧倒的な戦力をもった軍だ」

「…その言い方だと、タイモンも滅んだのか」

「ここほど酷くはねぇ。だが、生き残った住民たちの生活を守るだけで精一杯ではあるな」

「そうか。…それで、なんでここへ偵察なんかに来たんだ?」

「この街とまったく連絡がとれねぇからだ。最初に魔族の襲撃を受けたのはレイヴだ。連絡が来ねぇってことで無事じゃねぇとは思ってたし、ヘタをすりゃ魔族の拠点になってるかもしれねぇ。一度この街の状況を知る必要があったんだよ」

「なるほどな。だが、そんなもん他の街のギルドに任せりゃいいだろ。なんでタイモンにいたおっさんが派遣されるんだ」

「ラルフ、本当に何もしらねぇみたいだな」

「なんだよ」


 まだ疑ってたのか、この男。

 レガスは俺を鋭く見据える。


「魔族の襲撃を受けたのは、レイヴとタイモンだけじゃねぇ。ここら一帯の街はほとんど壊滅状態だ」

「…………」

「…あんまり驚かねぇんだな…」

「まぁ、ここへの援軍がまだ来てない時点で、予想はしてたからな。…聖騎士団は動いてるのか?」

「ああ。騎士団が動いてくれたことで魔族の攻勢も下火になりつつある。次いつ攻め込んでくるか分からんが、その前に騎士団が防衛戦を張ってくれるだろう」

「素早い対応で有り難いこった」

「言ってやるな。聖騎士団も一枚岩じゃねぇんだからよ」


 聖騎士団とは、王都を守護する王国直属の騎士団のことだ。

 国教であるイリス教を信奉し、天使の加護を得て戦う王国の最大武力。

 団の目的が王都の守護であるため、基本的に王都から動くことはないのだが、こういう魔族の襲撃に動くこともある。

 その兵力をもっと前線に割いてくれていればと思わなくもないが。


「オレが知ってることはこれくらいだな。ラルフ、お前の知ってることも話せる範囲で教えてくれねぇか?」

「何が訊きたいんだ?」

「ここで何があった? 住民なら、全部見てたんだろ?」

「…………」


 俺は一度黙してから、口を開く。


「襲撃直後のことはしらねぇ。ただ、逃げてきたヤツに聞いた話じゃ、突然転移魔法によって魔族が現れたらしい」

「転移魔法…。この街には結界があったはずだろ」

「それを破れるような相手だったってことだろ」

「…信じたくねぇが、そうなるだろうな」

「その現れた魔族と、その場にいた勇者や冒険者が戦った。そして魔族が勝った」

「…馬鹿な。勇者が負けたのか…?」

「そうだ」

「あの場には、《壊王》レドンドや《不落》のエイルバールもいたんだぞ」

「そうらしいな」


 そのあたりは、不勉強な俺でも知っている冒険者たちだ。

 だがきっと、そんな冒険者たちでも、リースのような魔族が何人もいれば、どうしようもなかっただろう。


「勇者一行は、死んだのか…?」

「…死んだ。勇者自身が言っていたし、その勇者の最期はオレがみとった」

「……そんな…」


 レガスはショックで二の句が継げなくなったようだ。

 勇者の存在というのは、それだけ大きいということなのだろう。

 なんとなく、腕輪が重く感じられた。




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