表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラルフ  作者: ココア=パウダー
3/72

勇者とラルフ



「まだ生きてはいるみたいだな」


 その反応のするほうへ、俺は駆け出した。



 清らかなマナの反応を追って行くと、魔族の集団の中に見慣れた銀の鎧を見つけた。


「ルーク!」

「…ラルフ?」


 ルークは一瞬だけ驚いた表情をつくる。

 しかし自分を囲んでいた魔族たちの注意が俺に向いた隙を見て、すぐに表情を戦場でのそれに戻し自ら包囲を破った。

 隙をつかれた魔族たちが勇者に注意を戻した瞬間、今度は俺が魔族に急襲をかける。

 突然の挟撃に浮き足立つ魔族たちを、俺とルークは一気に蹴散らした。


「やっぱり君も生きていたんだね」

「情けないことに森で寝ててな。気がついたら街がこの有様だ」

「君らしいね。でも君だけでも無事でいてくれて良かった」


 君だけでも。

 その言葉とルークの表情で、現状は十分に理解できた。


「敵の頭は殺したのか?」

「最初に出てきた女性はオレが相手をしたんだけど、逃げられた。後から続いてきた魔族はオレのパーティの人たちが相手をしていたんだけど…」

「負けたのか」

「…そうらしい。その魔族たちももうこの街にはいないみたいだ」

「で、残ったザコの掃討か」

「…………」


 ルークは黙ってしまったが、恐らく街に生き残りがいないか探しまわっていたのだろう。

 だが現実は残酷だ。

 俺もここに来るまでに、様々な惨状を目にした。

 ただ死体を発見しただけならまだいい方だ。

 魔族には死体を食うものや、いたずらに辱める輩も多くいる。

 生きたまま拉致された人間だっているだろう。

 彼らの末路は想像に難くない。

 街の連中と一線引いていた俺ですら胸くそ悪くなった惨状を、彼らを家族のように思い接していたルークがどう感じたか。

 そしてルークは彼らを守る使命を負った勇者でもある。

 果たすべきを果たせず、家族も仲間も失った勇者。


「…………」


 俺は何も言えなかった。

 俺とこいつが逆の立場であったのなら、こいつは俺にどう声をかけただろうか。


「…街を出ようぜ」


 結局、そんな言葉しか出てこなかった。


「オレは、行けないよ」


 ルークは、そんな言葉を返してきた。

 いつの間にか降り出してきた雨が、ルークの端正な顔に雫を落す。


「何を言ってる」

「街にはまだ魔力の反応がある。誰か生き残りがいるかもしれない」

「…マナの反応はねぇよ。お前が一番わかってるだろ」

「死体を弄ぶ魔族だっているだろう。オレは奴らを許せない」

「ルーク。冷静になれよ。死体を守ることが今お前の一番やらなきゃならないことなのか?」

「…………」

「違うだろ。この襲撃をしかけた主犯格たちがこの街を出ていった。そいつらが大人しく自分たちの家に帰るとでも思ってるのか」

「…………」

「そいつらはきっと近辺の町や村を襲うだろう。そこにはまだ生きてる奴がたくさんいる。お前はこんなところで時間をつぶして、そいつらを見殺しにするのかよ」

「……ラルフ」


 心中でくすぶる怒りや失意を抑えながら語る俺に、ようやくルークが口を挟んできた。


「オレは、この街を護れなかった。勇者になって、聖剣まで手に入れて、それでも、この街を護れなかった」

「…………」

「初めて会ったオレに命を捧げると誓ってくれた仲間たちや、オレが勇者になったことを満面の笑みで祝ってくれたひとたちを…オレは護ることができなかった」

「…………」

「オレの目の前で、たくさんのひとが死んだ。オレを祝ってくれたひとが、オレに恨み言を言いながら死んでいった。死にたくないと言いながら死ぬひともいた。…オレは無力だった」

「…………」

「オレは、勇者失格だ」


 ルークはそう言って言葉を締めくくった。

 雨に濡れた髪が彼の目を隠し、その表情は伺えない。

 俺はルークの方へ一歩近づき、


「………ッ」


 確かな殺意をもって剣で斬り掛かった。


「ッ!?」


 ルークは瞬時に反応し、手に握った聖剣で俺の剣を受け止めた。

 聖剣が眩い輝きを放つ。

 ルークは剣を弾き返すと、戸惑った表情で俺から距離をとった。


「さすがだな。確実に殺せると思ったんだが」

「…ラルフ…いったい…?」

「これでわかっただろ」

「…?」

「お前は無力じゃない」

「…!」


 俺の言葉に、ルークは目を見開いた。


「お前は確かに誰も護れなかったかもしれない。だがそれは、そいつらが無力だったからだ。例えお前が勇者だからって、そいつらの命すべてを背負わなきゃならないなんて俺は思わない」

「……それでも」

「お前はこの戦場でまだ生きている。それはお前が無力じゃない証拠だ。…お前に力があるのなら……生きている限りは…。何回だってやり直せる」

「………! ラルフ…」


 俺の言葉を聞いて、その裏に隠された真意を見抜いて、ルークはその表情を少しだけ輝かせた。

 それを見て、俺も安堵する。


「…お前の弱音なんて聞きたくない。しっかりしてくれよ、勇者様」


 そう言うと、ルークはこらえきれないように笑いを漏らした。


「君に励まされるなんて思わなかったな」

「言ってろ」

「でも、助かった。オレらしくなかったね。…ありがとう、ラルフ」

「…とりあえず雨をしのげる場所を探そうぜ」


 俺はなんだか照れくさくなって、話題を逸らそうとした。

 しかしルークは話題を変えようとしない。


「そうだ。さっきのことなんだけど」

「…なんだ」

「何回だってやり直せるって、君は言ったね」

「……ああ」

「それは、君が手伝ってくれるって考えて、いいんだよね」

「…………」

「ありがとう」

「まだ何も言ってねぇ」

「君の沈黙は肯定のしるしだ。そのくらい知ってるよ」


 ルークはそう言ってまた笑う。

 くそ。


「これから、よろしく頼む、ラルフ」

「…………」


 笑顔で差し出される手を、俺が無言で取ろうとした…。



 そのときだった。



「「…ッ!!!?」」


 圧倒的な脅威を、肌が感じ取った。

 戦慄を覚え、考えるよりも先に視線が動く。

 その畏怖の正体へと。


 それは女だった。

 背中に流れる漆黒の髪。

 輝く黄金の瞳。

 闇を思わせる黒のドレスに身を包んだ女は、目を奪われる美貌だった。

 ただ、そのきめ細やかな肌を彩る冷たい青が、その女が人間ではないことを物語っていた。


 俺は、この女が件の襲撃者だと、直感した。

 だがその判断は、反応は、遅すぎた。

 妖しく嗤う女は掌をこちらに向けており、その手から、紫色の光線が放たれていた。

 間に合わない。

 そう思った瞬間、俺の視界がぶれた。


「…え」


 自分の口から、なんとも間抜けな声が漏れた。

 視界が街並みを横向きに映していることで、自分が倒れかかっていることに気付いた。

 体も宙に浮いている。

 俺は突き飛ばされたのだと理解した。

 誰になど、分かりきっている。

 でもそれを、信じたくなかった。

 そちらを見やれば、その男が笑っていた。

 しかしその笑みを浮かべる口元からは、血の糸が漏れていた。

 そしてその下半身は紫の光の奔流に飲まれ、どこかへと消し飛んでいた。


「………!!!」


 この目で認識して、俺は気が狂いそうになった。

 無様に尻餅をついて、しかしすぐに立ち上がり、無惨に転がる親友を抱きかかえた。


「ルークッッッ!!!」


 俺の呼びかけにルークは血を噴き出すことで応えた。


「お前ッ! なんで…!!」

「…ラルフ。…無事…かい…?」

「…………ッッ!! …おまえはァッ!!」


 やりきれない思いが、声にならない叫びとなる。

 この状況で、俺の心配なんて……やめてくれ。


「ラルフ…。…君に、頼みがあるんだ…」

「…………」


 しゃべるな、と言えなかった。

 治癒魔法など使えない俺が言っても、ただの気休めにしかならなかった。

 俺のそんな思いなど知らずに、ルークは俺の沈黙をいつものそれと受け取って、話を続けた。


「…君に、聖剣を託したい」


 その言葉に、反射的に体が拒否を示そうとした。

 しかし、俺は何も言わなかった。


「…………」

「…君は、…聡明でやさしいね…」

「…………」


 違う。

 ただ俺は、ごねてこいつの時間を奪いたくなかっただけだ。


「………ほかに、言い遺すことはないか」

「……君は、オレとの手合わせで、一度も本気を…出さなかったね…」

「…………」

「明日の手合わせ……たのしみだったんだけどなぁ……」

「…………」


 ルークの頬に、雫が落ちた。


「……最後に…君を護れて、よかった…」

「…………」


 雨が、ルークの頬に、何度も雫を落していた。

 力をなくしたはずのルークの体が、小刻みに震えていた。

 誰かの嗚咽が、ルークの言葉を所々遮った。


「……君を……信じている…。………ありが……と……」

「……………………るぅぐッッ………!!」


 俺は、親友の名すら、満足に呼ぶことができなかった。

 親友は、最後まで、笑顔だった。

 嫌に軽いその体を、俺は無言で、力強く抱きしめる。



 雨が、冷たかった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ