襲撃
気がつくとすっかり日も落ち、夜になっていた。
どうやら訓練の合間にとった休憩中に寝てしまったらしい。
この辺りには魔物が出ないとはいえ、少し不用心だったな。
さっさと街に戻ろう。
「………?」
森を出た俺は、ある違和感に気付いた。
街が騒がしいのは昼間と変わらないが、騒ぎ方が異常だ。
悲鳴が聞こえてくる。炎に包まれる建物もある。
さすがにおかしい。
俺は街まで走った。
「…どういうことだ、これは…!」
街の景色が迫ってくるに連れて、俺は焦りを募らせた。
爆音、轟音、悲鳴、雄叫び、焦げる臭い、死臭。
街が襲われているのは一目瞭然だった。
たしかにこの街は魔族の支配地域に近い。
いわば前線基地のような役割をもった街だ。
しかしその分警備も厳重。
いくらお祭り騒ぎとはいえ簡単に魔族や魔物の侵入を許すようなことはない。
ましてや今この街は、名だたる冒険者や王都の名士が集結している。
その総合的な戦闘能力は、王都にもひけを取らないはずだ。
その街が、俺の眼前で戦火にのまれているのが信じられなかった。
「今ここが落ちたら、下手すりゃ人間が滅ぼされるぞ…!」
俺は剣を抜き放ち、門番のいない門を駆け抜け街に入った。
そこかしこに死体が転がっている。
随分とむごたらしい死に方だ。
「…………」
その惨状に、俺の心中でどす黒いものが首をもたげる。
…また、ヤツらに奪われるのか…。
「………ッ!?」
唐突に殺気を感じ、俺は咄嗟に回避行動を取った。
俺がさっきまでいた場所に大きな影が落ちてくる。
巨大な影は四肢で立ち、鋭い牙をむき出しにして唸る。
「…グルルルルル…!」
「ナイトハウンドか!」
巨大な犬型の魔物が俺に襲いかかってきた。
俺は魔物のかみつきを剣でいなし、体勢を崩した魔物に斬り掛かる。
「おらぁッ!!」
俺の剣に捉えられた魔物は両断され、動かなくなる。
付近に敵の気配がないのを確認してから、俺は剣を鞘に納める。
「まさかナイトハウンド程度にここまで街が壊されないよな。騒ぎを聞きつけておこぼれをもらいに来たってとこか」
ナイトハウンドは危険度もたいして高くない魔物だ。
冒険者なら誰でも倒せる。
「もっと手強い魔物が…ってことも考えられるが、それなら街に入られる前に誰かが気付くはず…」
オレは一瞬考えに沈みかけたが、頭を振る。
「どのみち、もっと奥へ行くべきだな」
そう言って俺はさらに奥へと進んだ。
奥へ進むごとに、俺はこの襲撃の異常さを思い知らされた。
この近辺では見かけない魔物はおろか、人型の魔物、魔族すらいた。
辛うじて倒せてはいるが、だんだん魔族と遭遇することが多くなってきている。
魔族は魔法を使ったり知恵が回るため、魔物よりもはるかに手強い。
「ルークは何やってんだよ…」
俺の独白に応えるものは誰もいない。
その後、魔族と魔物の混成部隊のような一団に出くわし、どうにか倒し終えたところで、この街に入って初めて俺に話しかける奴がいた。
「へ〜、人間がここまで闘えるなんてすごいわね〜」
「……?」
肩で息をする俺の背後に、背中にコウモリのような翼を生やした女が現れた。
「誰だお前は」
「そんなに殺気立たないでよ。あなた強そうだし、闘いたくないわ」
「…街をこんなにしておいてよく言えるな」
「あなた酷い顔してるわ。ふふ、そんなにわたしたちが憎いの?」
女は露出の多い、随分と扇情的な格好をしていた。顔も見とれる程美人だ。
この戦場と化した街に似合わない美貌が、ますます不気味に思える。
俺は女に剣を向けたまま会話する。
「こんなことをして恨まれないとでも思ってたのか? 魔族ってのは能天気だな」
「ただの食事じゃない。人間って狭量よね」
そう言って女が嗤った。
その言葉と表情に、俺の思考が黒く染まる。
「…言ってろ」
「………ぇ?」
その言葉とともに、俺は女へと一気に近づいていた。
驚愕に染まる女の顔が、血しぶきを上げて空を舞う。
「お前等の言うその食事で、俺は家族を、村を失った。奪うなら、奪われる覚悟をしやがれ」
女が応えることはなかった。
首から上を失った妖艶な肢体が、ゆっくりと地面に倒れる。
俺がルークに勝てるものは、魔族に対するこの憎しみくらいか。
普段無気力なのも、表立った感情が憎しみばかりなのをごまかすためでもある。
それにしても、初めて出くわすタイプの魔族だったな。
魔族は人型で知能もあるが、人語を解するものは高位の魔族だけだったはずだ。
だがお世辞にもさっきの女が高位の魔族だったとは思えない。
下手をすれば魔物より弱い。
「ホントに、どうなってんだよ」
俺は混乱しつつも、更に奥、街の中心部を目指す。
どうやら中心部ではまだ戦闘が続いているらしい。
そこにはルークや冒険者の生き残りだっているだろうから、少しは情報が集まるはずだ。
「た、助けてくれ…!」
進んでいると、冒険者らしき男に助けを求められた。
魔物に追われているらしい。
たいした実力もないのによくこの街に来れたものだと思いはしたが、さすがに見捨てるのは寝覚めが悪い。
「何があった?」
男を襲っていた魔物を蹴散らしたあと、男に街が何故こうなったのかを訊ねた。
「お、おれも詳しいことはわかんねぇんだ! 勇者様誕生の祭りに参加してたら、急に空に黒い球が現れて、そこから大量に魔物や魔族が!」
「…転移魔法か」
「さ、最初は勇者様やそのお供の方々や取り巻きの冒険者たちがすべて相手取ってくれてたんだが、その黒い球からすげー別嬪の女が出てきて…!」
「女だと?」
「そ、そうだ、女だ! その女がでっけー魔法を使って、い、一気に中央広場が…! 勇者様たちは辛うじて生きてたんだが、巻き込まれたヤツらがぐちゃぐちゃになって飛び散って、おれぁこわくなっちまって…」
「その女が出てきて一気に形勢が傾いたのか」
「いや、ほかにも同じ位美人の女が何人も出てきて、しかもめちゃくちゃ強かったんだよ! 勇者様一行以外はほとんど殺されちまって…」
「なるほどな。…お前、さっさとこの街を離れろ。死ぬぞ」
「あ、あんたは?」
恐る恐る聞いてくる男に、俺は答えた。
「勇者様を助けにいくんだよ」
「た、助けに行くってあんた…!」
そんな無茶な、という男に背を向けて歩き出すと、男は俺を追いかけてきた。
「なぁ! あんたはたしかに強いけど、やめたほうが身のためだって!」
「お前は自分の心配をしろよ。もう助けてやらねぇぞ」
「あんたはあの魔族の女たちを見てねぇから闘おうなんて思えるんだ! あれは人間がどうこうできるもんじゃねぇって!」
「だから勇者様を捜すんだろ」
勇者の持つ聖剣は対魔族戦の切り札といわれ、魔族に対しては無類の強さを誇る。
まぁ、俺もルークから話で聞いただけで、本当にそこまでのチカラがあるのかは不明だが。
それでもルークと聖剣が今もっともアテになる戦力であることは確かだ。
「俺は魔族を倒すなんて言ってない。まずは勇者様を助け出す。そして態勢を立て直してから反撃する」
「そ、そうか。意外と冷静なんだな…」
勝手に勘違いしておいて失礼な奴だな。
相手は転移魔法を操り、名だたる冒険者たちを一蹴するような奴らだ。
少し剣が扱える程度の俺がどうこうできるものじゃない。
ただ、苦戦しているらしいルークの撤退を援護する程度なら、俺も役に立てるはずだ。
「そ、そういうことなら、お、おれも…」
「お前は帰れ。邪魔だ」
「だけどよ…!」
「俺は勇者のことを少し知ってるが、あいつは守ることを優先して戦う奴だ。お前みたいな奴がいると、あいつは負わなくてもいい傷を負う。勇者のためを思うんだったらとっとと消えろ」
「…………」
男が黙ってしまい、俺は溜息をつく。
「ここに残るより、この事態を王都に知らせろ。きっと聖騎士団あたりをよこしてくれるだろ。その方がよほど助かる」
「…え?」
「現状、お前にしか頼めない。頼んだぜ」
「…! わ、わかった!」
男の顔がパッと明るくなった。
「あんたも、気をつけてくれよ!」
そのまま男は踵を返し、戦火に包まれた町中を駆けて行った。
「さて…と」
男の姿が見えなくなってから、俺は一度深呼吸をした。
この街に入ってから感じていた魔力が、だんだんと強くなってきている。
ずっと聞こえている剣戟や悲鳴も、その数が少なくなっている。
いよいよをもってこの街は、魔族に支配されつつあるらしい。
だが、不幸中の幸いというべきか、各地で起こっていた魔力とマナの衝突が終息してきたため、ようやくルークのマナの反応をつかむことができた。