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ラルフ  作者: ココア=パウダー
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ラルフという男

 始まりの街、レイヴ。

 その外れにある森。

 そこで俺は剣を振っていた。

 頭の中で敵を想定し、誰もいない空間で立ち回る。

 誰もいない森の中で、俺が剣を振る音だけが辺りを支配していた。


 俺は勇者候補のひとりだった。

 勇者とは、聖剣を携え魔王を討ち滅ぼす役目を与えられた剣士のことだ。

 少数精鋭のパーティを率いて魔族の領域を侵攻し、人間たちの生活を守る存在。

 俺は孤児なうえ年の割にそこそこ剣が扱えたため、勇者となりうる人材を育てるための施設があるこの街に連れてこられここで今まで過ごしてきた。

 勇者になるための訓練は厳しいことも多かったが、その生活も昨日で終わった。

 聖剣の継承が行われ、勇者が選定されたのだ。

 そして俺は、その勇者には選ばれなかった。

 別にそのことは気にしていない。

 もともと勇者になるつもりもなかったし、素行が悪い俺は勇者を選ぶお偉方から見れば疎ましいだけだったろう。

 適任の人材も側にいたしな。


「…やっぱりここにいたんだね、ラルフ」


 そんなことを考えながら剣を振っていると、剣が空を裂く音の切れ間を縫って,朗々と響く声が届いた。

 俺は動きを止め、声のしたほうを振り向かずに言う。


「…ルークか」

「今日も訓練を?」

「まぁ、そんなとこだ」


 そう言うと、相手はその声に笑みを含ませた。


「昨日の今日でも、君の日課は変わらないんだね」

「俺にとっては特別な日でもなんでもないんでな」

「つれないことを言わないでくれよ。親友の門出を祝ってくれてもいいんじゃないか?」

「祝ってほしいならこんなとこで油を売るなよ。街に戻ればお前を祝いたがってるヤツらがごまんといるだろ」

「…まぁ、そうなんだけどさ」


 ルークはそう言って黙ってしまった。

 そこで、俺はようやくルークのほうを見た。

 そこには、銀色の鎧に身をつつんだ金髪の剣士が佇んでいた。

 街行く女たちが思わず振り返ってしまうような美丈夫だが、その表情にいつもの晴れやかさはない。


「辛気くさい顔だな。勇者らしく堂々としろよ」


 ルークも昨日までは、勇者候補として俺と苦楽をともにした仲間のひとりだった。

 ただ決定的に違ったのは、ルークは本当に勇者として選ばれた男だということだった。

 品行方正で頭がよく、器量も申し分ない上に俺より剣も強い。

 非の打ちどころのない奇跡のようなヤツだ。

 幼い頃からコイツとずっと一緒にいたオレは、勇者になろうなんてカケラも考えなかったため、選定から落ちても何も思わなかった。

 そんな完璧を絵に描いたような男が、神妙な声音で口を開いた。


「ラルフ、君は知っているだろうけど…」

「ん?」

「今、世界は危機にさらされている」


 俺は一度ルークの表情を伺う。


「…そうだな」


 今の世界は…といっても人間にとっての世界ではあるが、危機的状況に陥っている。

 ここ最近、魔族の侵攻が激しくなっているのだ。

 もともと魔族と人間は相容れないものではあったが、ここ百年程は支配地域の境となる場所でいさかいがある程度で比較的平和だった。

 その均衡が崩れ、魔族が積極的に人間の居住地を襲うようになったのだ。

 どうやら魔王が動き出したようで、国のお偉方が勇者の選定を急いだのもそのためだ。


「この混乱を治めるために、オレは旅に出なきゃいけないんだよな」

「勇者の当然の義務だな」

「大切な任務だと思う。…だけど」

「闘わずに済む道はないのかって?」


 俺が先を読んで発言すると、ルークは微笑んだ。


「ラルフはさすがだね。いつもオレの言葉を先回りする」

「お前が分かりやすすぎるだけだ。それより、勇者になった今でもそんな甘いこと言ってるのか」

「…やっぱり甘いかな」

「新しいパーティメンバーはそれでいいって言ったのか?」

「こんなこと、ラルフにしか言えないよ。それにラルフの考えを聞きたいんだ」

「……。…やめとけ」

「…………」


 俺の言葉に、ルークは同意も反論もしなかった。

 暫しの沈黙が流れる。


「…それより、聖剣はどうしたんだよ?」

「え?」

「継承式は無事に終わったんだろ?」

「うん、まぁ…」

「よく見たら、いつもの剣すら持ってねぇじゃねぇか。勇者になったからって、たるんでるんじゃないのか」


 沈黙に耐えかねたわけじゃないが、ふと気になったことを訊いてみた。

 勇者になるということは、同時に聖剣の持ち主になるということだ。

 今日はその継承式があったはずで、それが終わったからこそ勇者であるルークがここにいるわけだ。

 なのにルークはそれらしき武器を持っていなかった。

 さらに普段所持している愛剣すら持たずに、決して安全とは言えない街の外に出てきている。

 さすがに妙なことだ。

 オレが妥当な疑問を抱いていると、ルークは神妙な面持ちから一転、拍子抜けしたような顔をつくった。


「え…っと、本気で言ってるのかい? ラルフ」

「あ?」

「…学校で習っただろう?」


 学校というのは、オレたちが勇者としての訓練を受けた施設のことだ。


「何をだ?」

「…。そうか、君の座学の成績はオレもよく知ってるつもりだったけど、相当だね」

「だから何のことだよ」

「聖剣なら持ってるよ」

「だか……。はぁ?」


 ルークの言葉に俺が驚愕すると、眼前の美男子が笑みをこぼした。


「本当に知らないんだね。ほら、これが聖剣だよ」


 そう言ってルークは、右手にはめた腕輪を見せる。

 確かに昨日まではこんなものつけていなかったが。


「これがなんだよ」

「聖剣はマナの塊。形状は持ち主の意志で変形させることができる。学校で何度も教わったことだよ」

「…………」


 そうなのか。

 …学校でやったのか。


「…もしかして少し落ち込んでる?」

「馬鹿なこと言うな。…つまり、その腕輪は、お前が持ち運びしやすいように変形させた聖剣ってことなんだな」

「そういうことになるね」

「便利なもんだな」

「そうだね。聖剣のマナは持ち主のマナと同化して、その者に様々な恩恵を与える。剣の状態でもオレ自身を傷つけることはないし、正直、恐ろしいくらいだよ」

「びびってんのか?」

「…そう、かもしれない。過ぎたチカラなんじゃないかとも思う」

「…………」

「…………」


 また、沈黙。

 木漏れ日に照らされる俺とルーク。

 どこからか、鳥の鳴き声が響いていた。



「…オレと来ないか? ラルフ」


 長い沈黙のあと、ルークは俺にそんなことを訊いてきた。

 俺は溜息をつき、答える。


「せっかくだが、断る」

「なぜだい」

「わざわざ俺をパーティに入れる理由がない」

「君は強い」

「俺は同じ戦闘スタイルのお前に一度も勝ったことがない。それに勇者ご一行には優秀な戦士がたくさん集まっただろ」

「それでも、君との連携が一番…」

「加えて俺は素行が悪い。勇者ご一行にはもともとふさわしくない」

「それは君が勘違いされやすいだけで…!」

「お前はそう言ってくれるが、世間がどう思うかはまた別だ。お前も見ただろ。お前のパーティメンバーが俺を見る目を」

「…………」


 勇者が決まるということで、この街には腕利きの冒険者や王宮の魔法使いなどが一週間程前からたくさん集まっていた。

 勇者とともに旅立ち、魔王を倒して富と名声を手に入れるためだ。

 昨日ルークが勇者に選ばれた後、その連れの人間も選ばれたわけだが、一流の人間には俺のような勇者崩れは目にすることすら気が進まないらしい。

 煙たがられたし、まともに話も通じなかった。

 先に話を無視したのは俺だったかもしれないが。

 ともかく、俺はルークの新しい連れとはうまくやれる自信がない。

 いや、うまくやるつもりがない。

 ただルークに迷惑はかけたくないので、パーティには入れない。

 その旨を説明すると、ルークは更に押し黙った。

 どうやら、やっと話は終わったみたいだな。


「わかったらさっさと街に戻れ」

「…君は?」

「…わかったよ。少ししたら戻る。だから先に帰れ」


 今日の継承式、俺は面倒だったからすっぽかしたが、街からの歓声がこの森まで聞こえてくるほどの盛況だった。

 昼過ぎからは勇者の誕生を祝うお祭り騒ぎが始まっていて、主役のルークは町中を連れ回されているらしい。

 それに疲れてここに来たというのもあっただろう。


「わかった。街に戻るよ。…ただひとつ約束してくれないか?」

「なんだ?」

「明日、オレは旅立つ。その前に君と手合わせしたい。明日の早朝、この森で」

「…わかった」

「本気で闘ってくれよ。じゃないと一生恨むからね」

「わかってるよ。聖剣持ったお前なんて、逆立ちしても勝てないだろうけどな」

「約束だよ」

「ああ、約束だ。だからもう行けよ」


 俺の言葉を聞いて安心したのか、ルークは晴れやかな顔で街へ戻って行った。

 勇者崩れの俺なんかと手合わせして、何が楽しいんだか。

 またひとりになった俺は剣を構え直し、訓練に戻った。

 もう勇者としての訓練なんて必要ないのだが、これ以外やることもなかった。



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