新進気鋭のホラー作家の憂鬱(千文字小説)
りきてっくす先生のご指摘を受け、改稿いたしました。
僕はついこの間までは「二十一世紀最高のホラー作家」と言われていた。
それが、あの口汚い三河島綾子とかいう書評家のせいで人気が急落した。
何を書いてもボロクソに批評され、売上は伸びなくなり、やがて出版社の編集者も家に来なくなってしまった。
思い余った僕は付き合いの長かった編集者に連絡をしてみた。
「ああ、先生。どうされたんですか?」
実に冷たい声である。「あんたなんかに用はないよ」と言いたそうだ。それが受話器の向こうからはっきりと伝わって来る。
「いい話が書けそうなので、どうかなと思いまして」
今までは敬語なんか使った事がない相手だ。自分が卑屈になっているのがよくわかる。思わず歯噛みしてしまいそうになった。
「そうですか。非常に残念なのですが、先生にお回しする程のスペースがないのですよ」
要するに「お前に割けるページはない」という事だろう。少しは気を遣ってくれているのか、遠回しな言い方だ。
「そうですか」
僕は喉元まで出掛かっていた溜息を押し殺し、受話器を置いた。そして改めて、フーッと息を吐き出す。身体の中の悪い物を追い出すかのように。
どうすればいい? 自問自答してみる。
書くしかない。あの腐れ女の鼻を明かす傑作を。僕が復活する唯一の方法はそれだ。
一心不乱に小説を書く決意をして、デビュー当時から手書きの僕は鉛筆を何十本も削り原稿用紙に目を向けた。
よし、と気合いを入れて書き始めた時だった。
「もういいのよ」
暗い表情の母が部屋に入って来て言った。その後ろには父もいた。
「え?」
何故? 母も父も子供の頃に他界しているのに……。
「もういいんだよ。もう」
父は悲しそうな目で僕を見て昔のままのボソボソッとした喋り方で言った。
「ああ……」
合点が行った。僕はすでに父母と同類なのだ。よく見ると、右手首はざっくりと切り裂かれ、肉が剥き出しになっていた。僕の周りは一面血の海だ。
鉛筆で書いていたつもりが、爪の先から滴る血で書いていたのだ。原稿用紙は真っ赤に染まっていて、何が書かれているのかもわからない。左手には赤黒く染まったカッターナイフを握っていた。
死んでしまったはずなのに胸が熱くなり、目から涙が零れ落ちる。
「もうゆっくりしなさい。貴方は十分頑張ったわ」
母も泣いている。父も泣いている。
「うん」
僕は椅子から立ち上がり、二人に近づいた。そして思った。
最後に書いた小説、三河島綾子先生に読んで欲しいな、と。