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砂倉居学園  作者: 猫々
4/4

4、9月2日/もうすぐ10:00

「ほんじゃあ、オヤスミ。よい夢を」

「寝られるわけないだろう? お前が帰ってくるまで待ってる。さっさとかた、つけてこい」

 みちるは何とも言えぬ表情をし、その後にっこりと笑った。

「…じゃあ早く帰るよう、努力する」

「て、出すなよ?」

 にーっこりと微笑むかおる。

(あら、ばれてる?)

「はーい」

 みちるは胸の辺りに手を上げて、言った。

(努力します)

 …心の中だけでそう言うと、みちるはそーっとドアを開け、小走りで302号室に向かった。


 しかし。みちるに早速アクシデントが発生した。


 小河氏の部屋に向かう途中、見回りの警備員に遭遇してしまったのだ。

「どうしたのですか?」

 顔は『ガキはとっとと部屋に戻りやがれ』と書いてある。…言葉使いは丁寧だが。

 みちるは国語が苦手だ。文章を作るのもかなりの時間がかかる。

(ど、どうしよう…)

「え、えっと…」

 声が緊張でかすれる。何と言おう?

 思考停止までの秒読み開始。5、4、3…


「あら、みちるさん!」

 夜の廊下に少し高い声が響く。みちるには天使が見えた。だがその正体は…。

 笹本夏鈴、その人である。

 ピンクハウスの服ということは変わりなかったが、今は白い服だった。

 ちなみに昼間は、青を基調にした服を着ていた。

「あ…、かりんちゃん…」

「もう、始まってますわよ」

 夏鈴は言いながらみちるの手をとる。

 その言葉に『何が?』なんて、みちるは思わなかった。この娘にまかせておけば大丈夫。なぜかみちるはそう思った。

「あ、警備員さん」

 にっこりと笑う夏鈴。

 警備員さん…こと松本準次(32歳・独身)はその笑顔に天使の微笑を見た。

 ――誰にも漏らしたことはないが、密かに夏鈴のファンだったりする松本氏であった。


「おつとめ、ご苦労さまです。夜の見回りなんて大変ですわね」

「い、いえ。これも自分の仕事なんで…」

 夏鈴ちゃんが俺に声を! 松本氏、幸せの絶頂中。

「あのー、それでお願いがあるんですの」

 もじもじと夏鈴。


 この()、すごい! …みちるは感心してしまう。

 素晴らしい演技。僕もこれくらいでなくては…!!!

「この子、今日転校してきたばかりでして、その…。お茶会を開こうと思って。このこと、内緒にしていていただけませんか?」

「は、はい!」

 間もない…というのはこういうことだろう。すぐに返事が返ってくる。

「ありがとうございます!」

 先ほど以上の満面の笑みで夏鈴は笑った。

 松本氏は「では、ごきげんよう」と去っていく夏鈴とみちるをしばらく呆然と見送っていた。


 松本氏にごきげんよう、と言って去ってきた夏鈴。みちるの右腕をしっかりとつかんで歩いている。

(うふふふふふふふ。こんな夜に歩くなんて…。これから呼びに行こうと思っていたのに、手間がはぶけましたわ)

 でも…。なぜいるのだろう? 夏鈴はふと疑問に思い、首を傾げた。


「あの…」

 みちるは夏鈴に声をかける。夏鈴は返事をせず、みちるを見つめた。

「その…。ありがとう。ごめんね、迷惑かけちゃって」

 言葉に夏鈴は、ふっとみちるから顔をそらせ、前を見据えた。

 ――その時の夏鈴の表情は…うっとりとしていた。

(か、可愛いですわ…。それから…)

 夏鈴、百面相である。

 次はニヤリ、といった表現があいそうな表情で、笑った。


(これを弱味にまず、麻生みちるゲット! ですわ。ふっふっふ。初日からゲットできるなんて、やっぱり神が私にくださったのね!!!)

 …笹本夏鈴、かなりの自己中思考である。

「あ、お入りになって」


 夏鈴に部屋に入るように勧められ…しばらくみちるはためらったが、最終的には夏鈴の部屋に入室した。

 そしてみちるは言葉を失う。

「…――」

 ぬいぐるみ、ぬいぐるみ、ぬいぐるみ!!!

 くま、うさぎ、なんでもござれだ。

(すごい数…。そういえばかおるはぬいぐるみ、集めてなかったな…)


 呆然としているみちるに「さ、お座りになって?」と言いつつ夏鈴はいつの間に用意したのか紅茶も一緒に手渡す。

「あ、どーもありがとー」

 みちるは夏鈴から紅茶を受け取る。

 ミルクティーだ。一口、口にする。

 もとから大きいみちるの瞳が、更に大きく開いた。

「おいしい! こんなに美味しい紅茶飲んだの、ひさしぶりだよ」

 みちるの反応にくすっと笑う夏鈴。

(やっぱり可愛い♡ ですわ)

 夏鈴も自分で入れた紅茶を飲み、ほっと一息ついて――

「ところで、みちるちゃん」

 興味津々といった顔でみちるに問いかける。

「なんでこんな遅くに廊下を歩いていますの?」

 浴室もトイレも各部屋についているのではっきり言って夜に部屋から出る理由がない。


「そ、それは…」

 みちるは別に小河氏の部屋に行くことを忘れているわけではないが…。それを言ってしまっていいのだろうか?

(げ、時間もそろそろやばい)

 10時5分前。

 ばらしてしまおうか? そういう考えがみちるの頭の中によぎる。

(う゛ーん…。どうしたものか…)

「? さっきから時計を気にしているようですけど何かありますの?」

「げっ」

 みちるは慌てて口を塞ぐ。

(こ、声だしちまった…)

 どーしよー。みちるの顔が青くなる。

「…私に言ってみませんこと?」

 え゛。言ってみるって言われても…。

 10時まで後3分!!

(――言ってしまえ!!)

 みちるは腹を決めた。言ってしまえば案外さっさと解放してくれるかもしれない。

 みちるはにやりといった感じで微笑む。

 夏鈴はこの笑顔にドキッとした。

(なにドキドキしてますの? 相手は女の子ですのにーっ)

 夏鈴は顔が少し上気する。

「実は…」

 この部屋には2人しかいないのだが何となくみちるは夏鈴の耳元でボソボソという。

 ――10時まで後2分!

「なんですってーっっっ!!!!」

「わ、しーっ、しーっ!!」


(こ、小河美千代め…)

 みちるの声は耳に届かぬまま、夏鈴は怒りに拳を握った。

(やっぱり私のかおるさんに手を出そうと考えていたのですわねっっ!!! 許せないっ! ですわっ!!

 夏鈴の脳内では、かおるは夏鈴のものになっている。

 速急に訂正すべきだ。

 …それはさておき。

 くるりと振り返り、夏鈴はかなり座った目でジロリとみちるを見た。

「夏、鈴…ちゃん?」

 恐る恐る、みちるは夏鈴の名を呼んだ。

「そんなお誘いっ」

 …夏鈴から怒りの炎が見える――なんていうイメージ。

 みちるはこっそり後退りしてしまう。

「うけなくて結構っ、ですわっ!!」

 夏鈴のこの時の格好は――両手を腰に当てていた。

 …なんという格好だろうか。

(仁王立ち…というか、何というか…)

 みちるの今の心境ははっきり言って「ひーっ」だった。


 みちるは思い出す。

 ――笹本夏鈴。

 笹本憲司郎弁護士の一人娘。

 確かみちるの『見合い写真』の中にもいた気がした。みちるは人の顔と名前を覚えるのは得意だ。かなりの自信があるが…。

(この娘は見合い写真を見なかったのかな? ま、覚えててもらってても困るけど)


 ふと、時計を見上げる。

 …10時3分。

 約束の時間に遅れたこと、夏鈴の様子――から、みちるは今夜に小河美千代氏の部屋に行くことは諦めた。

 今は…

(この()をどうするか、だよな)

 今のところみちるをぐちをこぼす対象としてみているようでしばらくは部屋に戻れそうにない。

 みちるはぺろりと唇をなめた。

 そんな姿にも色気を感じる夏鈴。

(私…あ、危ない趣味があるのかしら…)

 ――と、密かに悩んでいたりした。

「ところで、みちるちゃん」

(なくってよ、そんな趣味っ)

 夏鈴は自分で自分の思考を吹っ飛ばす。

 顔をふるふると左右しながらみちるに提案する。


「あなた、ご自分の兄弟を守りたいとは思わなくって?」

 おーっほっほっほっほっほ。そういう声が聞こえてきそうである。

 ――目が「私に従いなさいっ」と言っているのだ。


 みちるは、瞬いた。

 瞬きながら、思った。

(…うーん、面白そう…)


 みちるはみちるなりに考えた。考えて、出した答えは…。

「うんっ。守りたい」

 ――夏鈴がどのようにかおるを守るか――と、『面白そう』という観点で、彼女に従うことを決める。

 好奇心(?)に負けたみちるであった。

「ならば」

 にっこり。夏鈴は笑う。

(私の思惑通りですわ。これでみちるちゃんは私のもの♡)

「私の言うことを聞いてくださいますわよね?」

 これで1人…。とりまきが増えましたわ♡

(この調子でかおるさんもゲット! ですわ!!!)


「――クシュッ!!」

 かおるは寒気を感じてくしゃみをした。

 時計を見る。

「…遅い!」

 かおるはひとり、ぼやいた。

 時刻は10:30。

 宣言どおり『さっさとかたをつける』ならば――いい加減、みちるが帰ってきてもいいと思うのだが。

「…寝ようかなー?」

 さっきから独り言連発のかおるである。


(寝れば夢を見るかもしれない)

 もう一人の自分の声。

「…やっぱ、待ってよ」

 かおるはがばりと起き上がり、一気に立ち上がる。

「部屋の掃除でもするか」

 こうしてかおるの夜中の掃除が始まった。


 ちゅんちゅちゅん

何の鳥の声だろう? 私は…。ああ、砂倉居学園に転校してきたんだっけ?

 かおるの頭はひどくぽーっとして『考える』という活動をなかなかしない。

(ひとかげ?)

 向こうから誰か来る。背が高い。


 ココハドコダロウ。

 声なき声が問いかける。…かおる自身は気づいていない。

 その人は近づいてくる。

 日本人にして薄い色の髪。肌は日によく親しんだのか、小麦色だ。

 かおるはその人を知っている。歓喜のあまり声が震え、視界がかすむ。


「…か…り…」

 かおるの髪は腰までとどき、その髪を風にもてあそばせながら一気に走る。

「光!」

 その人は大きく腕を広げてくれた。…いつものように。

 声が聞きたい。その笑顔だけでは5感を満喫できない。

 自分を呼んでほしい。「かおる」と、呼んでほしい。

 視覚だけでは、足りない。


 かおるはもう一度声を振り絞って叫ぶ。声がうまく出ない。

「光っ」

 抱きついた…抱きつけた気がした。


 そこでかおるの涙は『歓喜』から――『悲しみ』へと、変わる。

 …自分で分かった。


 風に揺れる花々。

 深く、澄んだ川の流れ。

 すべて止まった気がした。…そう、時の流れまでも。


「いかないで」

 かおるはその人にそう、叫んだ。

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