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砂倉居学園  作者: 猫々
1/4

1、9月2日/8:45から

 厳粛なムードが漂い、窓からは海の絶景が見られる…私立砂倉居学園。

 日本でも五本の指に入るだろうといわれる砂倉居財閥の建てた学園である。

 ここは全寮制、私服登校。

 幼学部、小学部、中学部、高学部の四つの『学部』から成り立っている。

 この学園では、世間でいう『お金持ち』の子息達のための教育の場である、といえる。


「ここかな?」

 くりくりとした瞳で愛嬌のある顔をしている。

 瞳も髪も深いこげちゃ色で、軽くウェーブのかかった髪をかきあげた。格好は白いシャツにジーパンといういたってシンプルな格好だ。

 シンプルな格好だからこそ、スラリとした長い足が際立つ。

 だが…男? いや、女だろうか? 性別は、わからない。


「みちる、この辺で学校といえば、ここだけだろう?」

 そう応じたのは、「みちる」と呼ばれた者とは対照的な、すっと切れ長の目と真っ直ぐな髪質で、それぞれ炭のように黒い髪と瞳の存在。

 こちらは深緑色の面白いデザインのTシャツに、中国を連想させそうなズボンをはいている。だが、この者も性別が判断できない。


「この辺というか…」

 呟きつつ、黒髪の存在――かおるは、振り返った。

「正確には…」

 どこまでも続く海原を見る。

 潮風が二人の髪を揺らした。


「この『島』にはこの学園しかない」

 砂倉居学園は…T県から船にゆられて十分の『島』だった。


「ねぇ、ちょっと見てみなよ!」

「きゃっ、転校生?」

「ちょっと、イイ感じじゃない? あの男の子たち」

「えー。違うよー。女の子たちだよー」

「どっちにしても美人ねぇ」 

 高等部の女生徒が窓辺に集まり、外にいる二人組みにそれぞれの評価を付ける。


「…きれいですわね…」

 ぽつり、と声が聞こえた。

「か、夏鈴(かりん)さん?」

 夏鈴と呼ばれた少女はくすくすと笑う。

 大きな瞳、少し上向きの鼻。髪にはピンク色のレースがひらひらと髪に巻き付いている。

 そして彼女の最も特徴的なのは、その格好。――ベビーピンクのヒラヒラ、フリフリのワンピースを着ている。

 ピンクハウスのドレスのようだ。


「…あの二人、欲しいですわ」

「えっ?????」

 夏鈴の言葉にそう動じている少女のことを気付いているのかいないのか。夏鈴はそのまま、ぼそりと続けた。

「絶対に私のものにしてみせるわ…。とくに…」

 うっとりと少年(と夏鈴は仮定している)を見つめる。

「あの人…黒髪の方…」


「転校生を紹介します」

 めがねをかけた小太りの担任。にこにこにこにこ笑っている。

(なんであんなににこにこしているんだ?)

 こげちゃの少女(と夏鈴は仮定した)――みちるは疑問に思い、軽く首を傾げる。

 その様は小鳥のように愛らしい…。夏鈴はうっとりした。

(同じクラスなんて!!! これは運命ですわね! 二人とも手にはいるなんて…!!!)

 夏鈴はこんな時だけ神に感謝する。神様、二人を私にくださってありがとうございます…と。

 しかし神がいたら『夏鈴のものではない』と、お告げをしたほうがよいと思うが。


麻生(あそう)みちるさん、麻生かおるさん。お二人は兄弟です。みなさんっ、仲良くしてくださいね」

 ふぉふぉふぉという笑いが似合いそうな担任のあだ名は『おたふく』だった。

 それはさておき、担任からの紹介が一通り終わると二人は一言ずつ挨拶をする。

「麻生みちるですっ。みなさん、よろしくね!」

 焦げ茶の髪にくりくりとした瞳のみちるは元気いっぱい+ハートマークのつきそうな明るい声で言った。

 しかし…。

「…麻生かおるです」

 もう一方の転校生、かおるはそう言って頭を下げただけだった。

 夏鈴は「あそうみちる、あそうかおる」と何度か口にする。

(二人ともけっこう、普通の名前ですわね)

『この時間が終わったら早速…』と、夏鈴はまた笑みを浮かべた。

 端から見ればなかなか不気味な笑みである。


 一時限目のホームルームが終わると、転校生達の周りに人だかりができた。

 口々に、質問が飛び交う。

「どこからきたの?」

「京都から」

 みちるが、にっこりと微笑みながら答える。

「どんな字で名前を書くの?」

「ないしょ」

 先程から質問に答えているのは、にこにこと笑うみちるだけである。

 かおるは、その質問の輪に入ろうともしない。

 最初、かおるの周りに、あった人だかりも、今では、みちるちるの方に移ってしまった。

(チャンスですわ)

 夏鈴が、みちるの人だかりから離れ、悠然とかおるのもとへ移動する。

「はじめまして。(わたくし)笹本(ささもと)夏鈴(かりん)と申します。よろしくお願いしますわ」

 にっこりと微笑む夏鈴に、かおるは、軽く顔を見て、

「麻生かおるです…」

 そして、また窓の外を見る。

(なんですの、このかおるとやらは)

 今まで、そんな扱いを受けた経験のない夏鈴は、ムッとした。

「どんな字で名前を書きますの?」

「…自分で考えてみてはいかがでしょうか?」

 丁寧に、受け答えはされたが、…馬鹿にされている、と思った。


「かおる…」

 みちるの呼びかけに、夏鈴はこの後『そんな言い方ないじゃないか!』とか、勝手に続く言葉を想像した。

『みちるちゃんはなんていい子なんでしょう!!』と感動しつつみちるを見たが、次に続いた言葉は。

「次は古典で、前の学校と教科書が違うって。もらいに行こう」

 ――そんな、予定(という名の予想、妄想)と全く違い、夏鈴はガクリとなる。

 勝手に期待した夏鈴が悪いのだが『私の立場は?!』なんて思った。

 みちるの言葉にかおるは、「ああ」と立ち上がり、みちるは、「ごめんね」と軽く頭を下げてから、夏鈴のもとを去った。

(…こんな屈辱は初めてですわ…)


 しばらく後姿を見送っていた夏鈴だが、

(…まだ、彼が恋心というものをを知らぬだけ…)

 ――夏鈴はそう、解釈した。

 ネバーギブアップの精神。

 別名:勘違い。先走り解釈。妄想の暴走。

「恋は障害があるほど燃えるものですわ!!!」

 ぐっと握りこぶしを作りながら叫ぶ(?)夏鈴の姿は、なかなか見物であった。


「かおるぅ」

「…なんだ? みちる、情けない声を出すな」

 職員室から教室に戻る途中。廊下には窓がいくつもならび、さんさんと太陽のひざしが差し込んで、とても明るい。九月に入ったといえども、まだまだ夏の陽気だ。

「――もしかして、いまだに夏バテが治ってないのか?」

「ちっがーうっ!!!」

 力一杯に手を握り、みちるはかおるを睨み付ける。


「何のためにここに来たんだよっ。光兄さんを…」

 …バンッ。

 みちるの言葉に、かおるは教科書を床に落とした。

「か、かおる…?」

「――言うなっ」

 耳に手を当てながら、言う。…半ば、叫びに近い。

「まだ…まだ言わないでくれ…」

 かおるはそう言った。語尾は、震えている。そして最後に「頼む…」と続けた。

 それを聞いたみちるは細く息を吐き出した。

(まだ…だめか…)

 ――そう思った。


(光兄さん、早く戻ってきてください)

 みちるは、祈りにも似た思いを抱く。

 かおるが…誰よりもかおるが貴方のことを待っています――とも。


 みちるは頭を振って、かおるに小さく「ごめん」と謝罪する。

 顔を上げたかおるに、続けた。

「ところでかおる、ボク思ったんだけどさぁ。さっきの態度はちょっといただけなかったんじゃないかなぁ…?」

 そんな言葉を聞いて数度瞬くと、かおるは耳から手を離し、じっとみちるのことを見つめた。しばらくして、落とした教科書を拾う。

 ニ、三度、呼吸を繰り返した。

「…なにがだ?」

「だーかーらー」

 ふーっと深いため息をつくみちる。

「さっきの、女の子に対する態度だよっ。前の学校にいたときはもうちょっと…いや、もっと愛想が良かったじゃないか」

「学校には勉強に来ているのであって、愛想を売りに来てるんじゃない」

 かおるはみちる同様、長い足をさっさと前に進めながら言う。

「…愛想を売りに来たわけじゃないにしろ、馬鹿にすることはないじゃないか」

「――馬鹿にしてたのか?」


 誰が? とでも言いたげな瞳をこちらに投げかけてくるかおる。

 天然ボケなのだろうか?

 みちるがじっとかおる見つめていると「観念した」といった具合に教科書を持っていない方の手を軽く上げながら吹き出す。


「…そ、そんなにじっと見るなよ」

 別に馬鹿にはしてないぞ? と言いながら――微かに、笑った。

「くっ…分かった、分かった。愛想をふり撒かなくても、邪険にしない…ようにするよ。で、でも、本当にいるんだな。ああいう()…。ぷぷ」

「…かおる、地が出てるぞ」

 若干ジト目になりつつ、低い声でみちるはぼやく。

 その言葉を聞いた途端にかおるは笑うのをやめ、「…出ていたか?」と、先ほどまで笑っていた態度とは一転、そう、クールに切り替えした。

「おぅ、ばりばりに出ていたぞ」

「…人のこと言えんぞ、みちる」

 淡々と言う姿は、先程の「質問の輪に入ろうとしない」かおるの姿だった。


「お前は女らしく過ごすのだろう? 女がそんな言葉使いをするなよ」

「女らしく過ごすなんて言ってないぞ…言ってないよ」

 そう言いながら伸びをする。「うーっ」と声が漏れる。


「ただ、性別の分からない謎の兄弟をやるのに協力しているだけだよ…優しい弟としてはね、か・お・る」

 ハートマークが思いっきりつきそうな言い方である。


 しばらくみちるを見ていたかおるだったが一度足元を見て、顔を上げた。

 瞳はどこか、遠くを見つめる。

「男を演じていた方が――色々と気がまぎれて、いいんだ。…私としては」


 忙しくて、気を使って…毎日深い眠りにつければ。

 …余計な夢など見ずに、眠ることができれば。


「………」

 静かなかおるの言葉にみちるはじっと、その姿を見つめた。


 ――しばらくして、気がつく。 二時限目の始まりのベル音が鳴っていることに。それから…


「…みちる」

「ん?」

 呼びかけに、じっと見ていたみちるはハッとした。


 ハッとしたみちるの様子に気付いているのか、いないのか――かおるはふと周りを見渡して、続けた。

「…ここは、どこだ?」


 ――行きはよいよい、帰りは…とかいうやつである。

 行きの時には先生がいた…もとい、連れていってくれた。

帰りには先生がいない…当たり前といえば当たり前なことだが。


 性別不明…に見せかけている…男女の双子、みちるとかおるは、仲良く方向音痴なのであった。

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