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不思議な世界時代通過電車(読み切り)

作者: San
掲載日:2026/09/13

切符を買った。


 それだけだった。


 駅の券売機に目的地を入力し、表示された金額を支払う。


 出てきた切符を受け取る。


 切符には、目的地の駅名と、今日の日付、それから小さな番号が印刷されていた。


 私はそれを財布にしまった。


 今日は少し遠くまで行く。


 用事があるわけではない。


 ただ、行かなければならない場所があった。


 電車に乗るのは久しぶりだった。


 ホームには、すでに何人かの人が立っている。


 会社員らしい男性。


 買い物袋を持った女性。


 学生。


 ベンチで眠っている老人。


 特に変わったところはない。


 少なくとも、この駅では。


 やがて電車が来た。


 白い車体。


 四つの扉。


 普通の電車に見える。


 私は乗り込んだ。


 座席に座る。


 窓の外を見る。


 電車がゆっくりと動き始めた。


 いつもの電車と同じだった。


 揺れもする。


 線路の継ぎ目を通る音もする。


 車内放送も流れる。


『次は――』


 駅名が告げられる。


 私は何となく聞いていた。


 目的地までは、まだ時間がかかる。


 だから私は窓の外を見ることにした。


 しばらくは、普通の街だった。


 住宅。


 道路。


 コンビニ。


 学校。


 マンション。


 見慣れた風景が流れていく。


 ところが、次の駅が近づいたころ。


 窓の外に見えていた建物が、少しずつ減っていった。


 マンションが消えた。


 道路が消えた。


 代わりに、低い石造りの建物が見えてきた。


 私は窓から外を見る。


 駅が近づいてくる。


 ホームが見えた。


 そこに立っていた人たちの服装が、明らかに違っていた。


 長い布を身体に巻いている人。


 革のようなものを身につけている人。


 頭に大きな布をかぶっている人。


 どう見ても、今の時代の人ではない。


 電車が止まった。


 扉が開く。


 何人かが乗ってきた。


 私は少しだけ横へずれた。


 私の隣の席に、古い服装の男性が座った。


 男性は何も言わない。


 膝の上に小さな袋を置いた。


 そして、窓の外を見ている。


 私はその人を見る。


 男性も、私を見る。


 一瞬だけ目が合った。


 それだけだった。


 私は前を向いた。


 男性も前を向いた。


 周りの乗客も、特に気にしていない。


 スマートフォンを見ている人もいる。


 眠っている人もいる。


 新聞を読んでいる人もいる。


 古い時代の服を着た人が隣に座っていても、誰も何も言わない。


 この世界では、それが普通だからだ。


 電車が動き始めた。


 窓の外の景色が変わる。


 石造りの建物が流れていく。


 私は考えた。


 この人は、どこへ行くのだろう。


 旅行だろうか。


 仕事だろうか。


 誰かに会いに行くのだろうか。


 それとも、これから帰るところなのだろうか。


 私には分からない。


 男性は袋を抱えたまま、ずっと外を見ている。


 何を見ているのかも分からない。


 しばらくして、男性が立ち上がった。


 次の駅だった。


 扉が開く。


 男性は何も言わずに降りていった。


 ホームには、同じような服を着た人々がいる。


 男性はその中へ消えていった。


 私は窓からそれを見ていた。


 電車が動き始める。


 男性の姿が小さくなる。


 そして、見えなくなった。


 私はまた座席に背を預けた。


 次の駅へ向かう。


 車内には新しい乗客が増えていた。


 今度は、見たことのない服を着た若い女性が乗ってきた。


 服というより、薄い金属のような素材でできている。


 光が当たるたびに、少しだけ色が変わる。


 女性は空いている席に座った。


 手には小さな透明な板を持っている。


 指で触れると、板の中に何かが浮かび上がった。


 私はそれを見た。


 女性も気づいたのか、一度こちらを見た。


 そして、すぐに板へ視線を戻した。


 私は窓の外を見ることにした。


 次の駅は、さらに変わっていた。


 高い建物が並んでいる。


 空中に道路がある。


 その道路を何かが走っている。


 空には、細長い乗り物が飛んでいる。


 駅のホームには、同じような服を着た人たちが並んでいた。


 電車が止まる。


 扉が開く。


 数人が乗ってくる。


 数人が降りる。


 それだけだった。


 誰も騒がない。


 未来の街に来たことを、誰も驚かない。


 私も驚かなかった。


 驚く理由がないからだ。


 ただ、


「今日は未来側の人が多いな」


 と思った。


 それだけだった。


 車内放送が流れる。


『次は――』


 また知らない駅名だった。


 私は切符を取り出した。


 目的地を見る。


 まだ先だった。


 私は小さく息を吐いた。


 遠い。


 それだけは確かだった。


 電車はまた走り出す。


 窓の外の街が変わっていく。


 未来の建物が消える。


 森が現れる。


 森が消える。


 海が現れる。


 海の上に線路が続いている。


 私は少しだけ身を乗り出した。


 電車は海の上を走っていた。


 下には何もない。


 ただ青い海が広がっている。


 けれど、車内の誰も気にしていない。


 眠っている人。


 話している人。


 本を読んでいる人。


 私は窓の外を見ながら思った。


 この電車は、ずいぶん遠回りをする。


 目的地へ行くために、こんなところまで来る必要があるのだろうか。


 でも、必要なのだろう。


 この電車では、そういうものなのだ。


 しばらくすると、海の向こうに駅が見えてきた。


 駅だけが海の上に浮かんでいる。


 ホームに人がいる。


 電車が止まった。


 扉が開く。


 一人の老人が乗ってきた。


 濡れたような服を着ている。


 老人は私の向かいに座った。


 手には古い紙袋。


 紙袋から何かの匂いがした。


 魚かもしれない。


 私はそう思った。


 老人は目を閉じた。


 眠っているのかもしれない。


 電車が動き出す。


 海の駅が遠ざかる。


 老人は目を閉じたままだ。


 私は少しだけ、その人のことを考えた。


 この人も、どこかへ行く。


 私と同じように。


 目的地がある。


 きっとある。


 私には、その場所が分からないだけだ。


 電車はさらに進んだ。


 また駅に止まる。


 今度は見慣れた駅だった。


 現代の駅。


 普通の広告。


 普通の自動販売機。


 普通の服を着た人々。


 さっきまでの時代が嘘だったように見える。


 けれど、私は何も思わない。


 この世界では、過去と未来と現在が、同じ線路の上にある。


 そういうだけのことだった。


 私は窓の外を見た。


 ホームに立つ人々。


 その中に、先ほど見た古い服の男性に少し似た人がいた。


 私は一瞬だけ目を細めた。


 でも、別人だった。


 たぶん。


 私は視線を戻した。


 目的地まで、あと少し。


 そう思った。


 ところが。


『次は――』


 車内放送が流れた。


 聞いたことのない駅名だった。


 私は切符を見る。


 やはり違う。


 目的地ではない。


 電車は減速していく。


 私は窓の外を見た。


 そこには、何もなかった。


 建物もない。


 道路もない。


 駅だけがある。


 そして、ホームには大勢の人が立っていた。


 古い服の人。


 現代の服の人。


 見たことのない服の人。


 子供。


 老人。


 誰もが、普通に電車を待っている。


 電車が止まる。


 扉が開く。


 人々が乗ってくる。


 何人かが降りていく。


 その中の一人が、私の横を通った。


 その人は私を見ることなく、電車を降りていった。


 私はその後ろ姿を見た。


 この人は、どこへ行くのだろう。


 そう考えた。


 でも、すぐにどうでもよくなった。


 私にも行かなければならない場所がある。


 その人にも、きっとある。


 それで十分だった。


 扉が閉まる。


 電車が動き出す。


 ようやく、目的地へ向かっているらしい。


 私は切符をもう一度見た。


 目的地の駅名。


 その文字を見ると、少し安心した。


 窓の外は、いつの間にか現在の街に戻っていた。


 見慣れた建物。


 見慣れた道路。


 見慣れた信号。


 私は少しだけ眠くなった。


 目を閉じる。


 次に目を開けたとき、車内放送が流れていた。


『次は、――』


 目的地だった。


 電車が減速する。


 ホームが見えてくる。


 人々が立ち上がる。


 私は荷物を持った。


 扉の前に立つ。


 電車が止まった。


 扉が開く。


 私はホームへ降りた。


 普通の駅だった。


 少なくとも、今の私にはそう見えた。


 ホームを歩きながら、一度だけ振り返る。


 電車の中には、まだたくさんの人がいた。


 私がさっき見た人とは違う人もいる。


 古い時代の人もいる。


 未来の人もいる。


 現代の人もいる。


 誰かは眠っている。


 誰かは話している。


 誰かは窓の外を見ている。


 誰かは、これから別の駅で降りるのだろう。


 電車の扉が閉まった。


 私はホームに立ったまま、その電車を見ていた。


 電車が走り出す。


 駅を出る。


 線路の先へ消えていく。


 私は思った。


 あの電車は、このあとどこへ行くのだろう。


 また過去へ行くのだろうか。


 未来へ行くのだろうか。


 それとも、私が知らないどこかへ行くのだろうか。


 分からない。


 でも、たぶん大丈夫だ。


 あの電車は、今日も走っている。


 誰かを乗せて。


 誰かを降ろして。


 誰かの目的地へ向かって。


 その途中で、別の時代へ寄り道をしながら。


 それは、この世界では珍しいことではない。


 私たちはただ、電車に乗る。


 そして目的地で降りる。


 途中でどんな時代を通ったとしても。


 どんな人が隣に座っていたとしても。


 それを気にする必要はない。


 そういうものなのだから。


 私は切符を財布に戻した。


 そして、自分の目的地へ向かって歩き始めた。

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