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お母さんのお弁当には、焦げた卵焼きが入らない

作者: 雪見もち子
掲載日:2026/05/02

短いお話です。



朝。


台所からいい匂いがしていた。

レンジの加熱が終わる音が響く。


その横で、お母さんはフライパンの前に立ち、箸を動かしていた。

小さな鍋がことことと、揺れる音。

何度も薄く液を流し込む。

層を薄く重ねていく。


きれいに焼けたところが、お弁当箱の真ん中におさまった。


「できたよ」


お母さんが振り返る。


お気に入りの小さなお弁当箱。


赤と黄色と茶色が、並んでいる。


「わあ!」


子供は目を輝かせた。


「これ好き!」


市販のミートボールを指さす。


「これも好き!」


冷食の唐揚げに手を伸ばす真似をする。


お母さんは、少しだけ笑った。


ぱたんと、ふたを閉じる。


その横で、卵焼きがもう一つ、皿に残っていた。

少しだけ、端が焦げている。


それは、お弁当箱には入らなかった。




昼。


テレビの音が、静かに流れている。


お母さんは一人、テーブルに座っていた。


朝の残りの卵焼きを箸でつまむ。

少し焦げたところを、そのまま口に運ぶ。


テレビでは、ドラマの一場面。


「これ、私が作ったの♡」


明るい声が響く。


画面の中で、女の子が笑っている。

テーブルの上には、色とりどりのお弁当。


「すごいね、これ、全部手作り?」


「うん、頑張ったの」


少しだけ、間があく。


「……あれ? でもさ、それ、この前お姉ちゃんが作ってたやつじゃない?」


空気が、ほんの少し止まる。


「え、あー……ちょっと、教えてもらって?」


笑ってごまかす声。


もう一口食べる。


ほんの少しだけ、目を細めた。


焦げた部分を、気にする様子もなく。


テレビの中では、明るい音楽が流れ始める。


お母さんは何も言わず、また箸を動かす。


最後の一切れを口に入れた。


静かに飲み込んだ。


テレビの音だけが、部屋に残る。




夜。


食卓には、湯気の立つ料理が並んでいた。


「いただきます」


家族の声が重なる。


子供はふと、お母さんの皿を見た。


きれいに焼けた卵焼きが一つ、置かれている。


自分の皿に視線を落とす。


「ねえ」


子供が言った。


「お母さん、焦げたの食べてるね」


お母さんは、少しだけきょとんとした顔をする。


「おいしいのかな?」


その言葉に、父が少し笑った。


「不思議か?」


子供はうなずく。


父は箸を置いて、ゆっくりと言った。


「……あれは、最後に残ったやつだ」


「?」


「お前に、いいのを食べてもらいたくてな」


子供は、しばらく黙っていた。


お母さんの皿を見て、


「……じゃあ」


少しだけ迷ってから、言った。


「明日は、それもちょうだい。」


はにかみ笑う。


「お母さんと同じ、焦げたやつ」


お母さんは、少し驚いて、それから笑った。


「うん、いいよ」


食卓に、また静かな音が戻る。


湯気がゆらゆらと揺れていた。


お読みいただき、ありがとうございました。



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