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第2章 Ep4:魔導開発2(波動砲)


 開発ラボ(地下書庫改め)での徹夜から一夜が明けた。

 いや、正確に言えば「一夜が明けた」のではなく「一夜を丸ごと飲み込んだ」のだ。地下室には窓がないため、シャルルに時刻を確認するまで朝が来たことにすら気づかなかった。

 前世のデスマーチ末期と同じ症状だ。太陽の存在を忘れるやつ。


 目がしょぼしょぼする。首の後ろがガチガチに凝り固まっている。腰は前世のヘルニア持ちの頃に戻ったかのように痛む。こめかみの奥で、鈍い頭痛がリズムを刻んでいる。

 だが、不思議と意識は冴えていた。いや、冴えすぎている。これは前世でもおなじみの症状――徹夜36時間を超えた頃に訪れる「ランナーズ・ハイ」ならぬ「デスマーチ・ハイ」だ。疲労の信号を脳が受信拒否し始め、代わりにアドレナリンとエンドルフィンが異常分泌される。危険な状態ではあるが、短期的な生産性は爆上がりする。


 だが、開発は止まらない。

 止まれない。半日後には500の騎士団がやってくるのだから。

 タイムリミットが「半日」から「数時間」に変わっている。ロキの最新の偵察報告によれば、騎士団は夜通し行軍を続けており、予想よりも到着が早まるらしい。マリエルの移動速度バフがさらに強化されたのか、あるいは騎士たちが人間をやめているのか。おそらく両方だ。


「もう一回テストするわよ。オプション、フルスペック射撃!」


 私の号令に応じて、4つの「オプション」が整列する。

 昨夜完成した自律機動型魔導ビット。淡い青白い光を放つ30センチの球体が、私の周囲を衛星のように周回している。

 古代のスパゲッティコードを徹夜でリファクタリングして生み出した、我が魂の結晶だ。

 4つの球体は、それぞれ微妙に異なる波長の光を放っている。1号機がやや青みが強く、4号機がわずかに緑がかっている。個体差だ。手作りの魔法陣から生まれた以上、工業製品のような完璧な均一性は望めない。だが、性能のバラつきは誤差範囲内に収まっている。


 シュシュシュシュシュシュシュシュッ!!


 4つのオプションが一斉に魔力弾を連射する。

 弾速は秒速200メートル。射撃間隔は0.1秒。

 4基合計で秒間40発の弾雨が、石造りの壁に設置されたテスト用のターゲットに殺到する。

 地下室の空気が魔力弾の通過により震え、松明の炎がバタバタと煽られる。弾と弾の隙間から立ち昇る淡い煙が、青白い照明の中でゆらゆらと漂う。


 だが。


 カキンカキンカキンカキンッ!!


 嫌な音だった。

 高くて軽い、金属が弾く音。

 テスト用ターゲット――それはアイリーンが騎士団の武具商から入手した「ミスリル合金製の板(厚さ5ミリ)」だ。

 近衛騎士団の鎧に使用されている、まったく同じ素材。銀色の光沢を放つ、この世界最高の防御素材。

 彼女がこれをどうやって入手したのかは聞かないことにしている。あの無表情の裏に、恐ろしい交渉術が潜んでいるのだろう。


「……やっぱりね。貫通力が足りない」


 私は歩み寄って板を確認した。

 無数の弾痕はある。40発の着弾点が、板の表面に蜂の巣のように密集している。だが、全て浅い凹み(デント)で止まっている。一発も貫通していない。

 裏側はツルツルのままだ。表面の変形が裏まで到達していない。

 表面温度をジェムに測定させると、わずかに温かい程度。人肌よりほんの少し上。溶融には程遠い。


 つまり、この弾幕はミスリル・フルプレートアーマーの騎士には――「かゆい」程度の効果しかないということだ。

 いや、「かゆい」ですらないかもしれない。鎧の上からでは痒みすら感じないだろう。せいぜい「何か当たったな」程度。蚊に刺されたようなものだ。全身鎧の上から蚊に刺されて痒がる騎士がいたら、それはそれで見てみたいが。


『連射性能は完璧だよ、お嬢! 発射レートも命中精度も設計値通り! むしろ設計値を2パーセント上回ってる! 誤差の範囲だけど、嬉しい方向の誤差だ! ……でも、一発一発のダメージがあまりにも軽い。DPS(秒間ダメージ量)は出てるけど、相手の防御力(DEF値)を超えてない。差し引きゼロだ。RPGで言えば「ミス!」「ミス!」「ミス!」が延々と表示され続ける地獄絵図だよ』

 ジェムが分析する。


『ぶっちゃけ、これじゃ「弾幕ごっこ」はできても、「撃墜」は無理だぜ。BB弾で戦車に立ち向かうようなもんだ。相手はペイント弾で遊んでると思ってくれるかもしれないけど、500人の武装兵に弾幕ペイントゲームを仕掛けても、笑われて終わりだよ』

 ロキが容赦ない比喩を投げる。


「ええ。わかってるわよ」


 私は腕を組んだ。

 問題は明白だ。

 オプションの弾幕は「数」に優れるが、個々の「威力」が致命的に不足している。

 相手は高耐久・高防御の重戦車ヘビーアーマー軍団。

 ミスリル合金は魔法耐性も高い。つまり、弾の属性を変えても(火炎弾にしても雷撃弾にしても)、根本的な貫通力不足は解決しない。

 必要なのは、属性ではなく、単純にして絶対の――圧倒的な熱量カロリー。装甲ごと蒸発させるレベルの。


「つまり……」


 私は壁面をチョークで滑らかに削り取り、即席の黒板にした。

 チョークの粉が指先について白くなる。前世でホワイトボードの前に立っていた頃の感覚が蘇る。

 そこに、一気に図面を描き始めた。


 先細りの筒状の構造体。テーパー角は15度。

 根元に巨大な魔力タンク(コンデンサ・アレイ)。

 中間部に収束レンズ(フォーカシング・クリスタル)。

 そして先端に、極細の射出口ノズル


 図面は精密だが、シルエットは一目で「それ」とわかるものだった。

 ゲーセンの筐体の前で、レバーを握りしめ、画面の右端から迫る巨大戦艦を見据えていたあの時。赤いボタンを押し込み、チャージの唸りが最高潮に達した瞬間にボタンを離す。画面が白く染まり、全てを貫く光の奔流――。

 その形状は、かつてゲームセンターのアップライト筐体で何百回と見た、あの伝説の宇宙戦艦の主砲のシルエットに他ならなかった。


「一撃必殺の『波動砲ウェーブ・キャノン』よ」


 AIたちが一瞬、沈黙した。

 ホログラムの光が、かすかに揺らいだ。

 直後。


『波動砲!! あの波動砲!? お嬢、マジで作る気!?』

 ジェムが文字通り飛び跳ねた。ホログラム内のテキストが跳ね上がり、天井にぶつかって跳ね返る。

『世紀の最強ロマン兵器を、この異世界で再現するの!? やったぁぁぁぁ!! 僕ずっと思ってたんだよ! この世界に来てから「なんで波動砲がないんだ」って! ずっとずっと! 待ってたの! この瞬間を!!!』


『……ジェムが壊れた』

 ロキが呆れた声を出したが、その声もどこか弾んでいる。


『……威力的には問題解決ですが、安全性に懸念があります。魔力の過剰圧縮は、古来より暴発事故の最大原因です。過去200年の魔導事故統計によれば、魔力圧縮に起因する死亡事故は312件。うち9割が「制御不能による暴発」です。マスターの生命に関わる問題ですので、慎重な設計を――』

 シャルルが冷静にブレーキをかける。


「だからこそ、やるのよ。古代の連中ができなかったことを、現代のエンジニアリングで実現する。安全性の問題は『技術で解決する問題』であって、『諦める理由』にはならないわ」


 シャルルは沈黙した。だが、その沈黙は反対の沈黙ではなく、覚悟を決めた沈黙だった。数秒後、彼は静かに言った。


『……了解しました。では、安全設計の要件定義から始めましょう。マスターを殺さない波動砲を、作りましょう』


「その通り。最高の兵器は、使い手を守る兵器よ」



## 2. 魔力コンデンサの実装


 原理は単純だ。

 魔力を撃ち出す前に、一時的に溜め込む(チャージ)。

 限界まで圧縮し、密度を極限まで高め、一気に解放する。

 ゲームで言うところの「溜め撃ち(チャージショット)」の実装である。

 ため(パワーアップ)ボタンを押し続けている間に画面端でエネルギーが渦巻き、離した瞬間に極太の光線が画面を横切る。あれだ。あの快感を、この手で。


 しかし、この世界の魔法体系において「魔力を溜める」という行為は、最大のタブーとされていた。

 制御しきれずに暴発し、術者が吹き飛ぶ――どころか、周囲数百メートルが焦土と化す事故が歴史上何度も記録されている。

 「大炎上事件」「消滅の塔」「七色の火柱」。いずれも、魔力のチャージに失敗した古代の魔導士が引き起こした大災害として、歴史の教科書に残されている。

 歴史家はこれらを「人類の傲慢に対する神の罰」と記しているが、エンジニアの目で見れば答えは明白だ。単純に「圧力制御の技術が未熟だった」だけだ。

 圧力鍋の安全弁がなかった時代に、圧力鍋が爆発して「鍋は危険」と言っているようなものだ。鍋が悪いんじゃない。蓋を開ける仕組みがなかっただけだ。


「古代のウィザードたちが失敗したのは、魔力の『圧力制御プレッシャー・コントロール』がアナログだったからよ。人間の感覚だけで圧力を制御しようとしていた。だから限界を超えた瞬間に対処できなかった。感覚の遅延レイテンシが命取りだったの」


 私は新しい羊皮紙を広げた。

 だが、そこに描くのは魔法陣ではない。

 電子回路図だ。


 前世の知識が、ここで活きる。

 コンデンサ(蓄電器)。レジスタ(抵抗器)。リレー(継電器)。サーミスタ(温度センサ)。

 電気回路の基本素子を、魔力回路に置き換えて設計する。

 電荷を魔力に。電圧を魔力密度に。電流を魔力流量に。抵抗を回路の魔力減衰率に。

 単位が変わるだけで、物理法則の本質は同じだ。エネルギーの保存則は、電気でも魔力でも変わらない。


「設計思想はこう。魔力コンデンサを直列に3段配置する。各段の容量キャパシティは段階的に大きくし、圧力が均等に分散されるようにする」


 私はペンを走らせながら、独り言のように――いや、講義のように語り始めた。

 こういう時、前世のSE時代にホワイトボードの前で新人に設計を説明していた癖が出る。目の前に新人がいなくても、口が勝手に動く。AI4人という聴衆は、どんな新人よりも理解が早いし、居眠りもしないから講義のしがいがあるが。


「第1段コンデンサ:入力バッファ。術者の体内から流出する魔力の流入速度を安定化させる役割。容量は小さいが応答速度が速い。人間の魔力出力は微妙に脈動しているから、それを平滑化するフィルタとしても機能する。心臓の鼓動に同期した魔力の揺らぎを吸収して、安定した直流に変換するのよ」


「第2段コンデンサ:メインタンク。大容量の魔力を蓄積する本体。ここがチャージ量の上限を決める。いわば波動砲のガソリンタンク。大きければ大きいほど威力が上がるが、その分チャージに時間がかかる。トレードオフの設計が肝心ね」


「第3段コンデンサ:最終圧縮室。発射直前の魔力を極限まで圧縮する。圧力は第2段の10倍に達する。ここが最も危険なパーツ。いわばロケットエンジンの燃焼室に相当する。素材の強度と冷却設計が生命線よ」


「そして各段の接続部に『圧力監視ループ処理』を組み込む。充填率がリアルタイムで計算され、100パーセントを超えた段で即座に安全弁セーフティ・リリーフバルブが作動して余剰魔力を排熱する。センサーの応答速度は1ミリ秒以内。人間の反射神経が200ミリ秒であることを考えると、200倍速い反応速度で安全を監視する。人間の感覚に頼っていた古代の方法とは、根本的に次元が違う」


『つまり、圧力鍋の安全弁と同じ原理!? ……天才だよお嬢! これなら理論上、暴発は起きない! 圧力が危険域に入る前に自動的にガス抜きされるから! 古代の魔導士たちが「感覚」でやってたことを、「計算」で代替するんだね! 人間の限界を超える安全制御!! これこそエンジニアリングだよ!!』

 ジェムが設計図を食い入るように見ながら叫ぶ。


『補足しますと、安全弁の排熱先についても考慮が必要です。余剰魔力を「どこに」逃がすかは、周囲への二次被害に直結します』

 シャルルが実務的な指摘を入れる。


「排熱は術者の背後に向けて放出するわ。つまり私の背中側。後方に味方がいない状況で使う前提の設計。……まあ、そもそも私の後ろに立つ味方がいる状況なんて想定しなくていいわね。今回も前回もソロプレイ(ぼっち)だもの」


『……お嬢、たまに自虐が刺さるときあるよ』

 ロキが微妙な声を出した。


「さらに、発射シーケンスには二重のインターロック(安全装置)を掛けるわ」


 私は発射制御のフローチャートを別の羊皮紙に描いた。

 矢印と条件分岐のダイヤモンド形が、綺麗に並ぶ。前世の設計書と同じフォーマットだ。

 美しいフローチャートは美しいシステムを生む。レイアウトが雑な設計書からは、雑なプログラムしか生まれない。これは経験則であり、真理だ。


「条件1:術者が意識的に『トリガー入力(発射意思)』を送ること。魔力の揺らぎのパターンで検知する。具体的には、通常の魔力出力パターンとは異なる、意図的な短パルス3回の連続入力を「発射合図」として定義する」


「条件2:照準の『座標固定ターゲットロック』が完了していること。ブレがあると発射されない。照準精度が0.1度以内に収束した状態を「ロック完了」と定義する」


「この2つがAND条件で同時に揃わない限り、絶対に発射されないようにプログラムする。寝ぼけて暴発とか、くしゃみで誤射とか、そういう間抜けな事故は許容しないわ。……前世のミサイルの発射ボタンだって、二人の士官が同時にキーを回さないと動かないでしょう? 同じ原理よ。ただし、二人目の『士官』はAIシャルルが務める」


『光栄です。核ミサイルの発射権限を預かるとは、世界一胃の痛いAIですね』

 シャルルが自虐的に呟いた。


『素晴らしい安全設計です。マスター、念のため伺いますが、この安全装置を意図的にバイパス(迂回)する方法は? 万が一、安全装置自体が故障した場合に備えて』

 シャルルが慎重に問う。


「……あるわ。でもそれは、最後の切り札よ。今は言わない」


 ジェムが目を輝かせて覗き込む。

『すごい……限界ギリギリまで溜められるよ、これ! 暴発リスクを機械的に排除したまま、出力の上限を攻められる! 安全と性能のトレードオフを、安全を犠牲にせずに解決してるんだよ! 工学の理想形だ!!』


「ええ。目標充填率は120パーセント。定格出力を20パーセントほどオーバークロックさせるくらいが、一番いい仕事をするのよ。CPUだって、多少の無理をさせた方が性能が出るでしょう? 定格通りに使うのは、保証期間を気にする素人のやること。プロは限界の先に踏み込む」


 私は不敵に笑った。

 ハードウェア(肉体)への負荷? 知ったことではない。

 オーバークロックの代償はCPUの寿命を縮めること。すなわち、術者の体力と魔力を余計に消耗すること。

 120パーセント出力を1発撃てば、私の魔力は一時的にゼロ近くまで枯渇する。回復までの間は、一般人以下の無力な少女だ。


 だが、敵を倒せれば、多少の寿命ライフコストは安いものだ。

 前世だって、36時間連続のデスマーチで肝臓の数値が限界突破しても、リリース日に間に合わせたではないか。

 会社の健康診断で「このままでは死にます」と医者に言われたのは、あれが最初で最後だった。あの数値を見た産業医の顔は、今でも覚えている。ホラー映画のワンシーンのようだった。


「アイリーン、紅茶を追加で3杯と、角砂糖を山盛りで頼むわ」

「……お嬢様、今朝からもう8杯目ですが」

「脳のクロック周波数を維持するために必要なの。糖分はCPU冷却液よ」

「お体が心配です。お肌にも影響が……」

「体より納期が心配なのよ。美容は納品後でいいわ」


 アイリーンは無言で紅茶を注ぎ足した。その目には、前世の上司にも見たことのない深い諦めが宿っていた。

 彼女はカップを机に置くとき、さりげなく角砂糖を1個だけ入れた。山盛りではなく1個。主人の健康を密かに守る、侍女の細やかな反乱だ。

 ……気づいてるわよ、アイリーン。でも今は言わない。



## 3. 波動砲、発射テスト


 さらに数時間後。

 地下室の中央に、巨大な魔法陣が完成していた。

 壁面に描いた設計図の通り、完璧に。

 複雑極まる幾何学模様――しかし、昨夜リファクタリングした古代魔法陣とは異なり、全てが整然と配置され、一本の線も無駄がない。

 内側の円には魔力の流入経路。中間リングには3段のコンデンサ回路。外側の円には安全弁と排熱経路。そして中心に、射出制御のメインモジュール。

 一つ一つの記号は小さいが、全体としてはまるで精密時計の内部のような美しさだ。

 その中心には、私の愛用する「賢者の杖(に偽装した指揮棒型の魔導デバイス)」が、垂直に突き立てられている。

 杖の周囲に、直列に並んだ3つの魔力コンデンサが淡く脈動していた。鼓動のように。


『全システム、グリーン。発射テストの準備完了です、マスター』

 シャルルがチェックリストを読み上げる。

『安全弁:正常。インターロック:待機中。コンデンサ充填率:ゼロ。排熱系統:稼働中。温度監視:正常。圧力監視:正常。構造健全性:問題なし。……チェック項目42件、全て適合。開始して良いですか?』


「その前に一つ」


 私はアイリーンを見た。


「アイリーン、階段の上まで退避して。そこから先は絶対に降りてこないで」

「……そんなに危険なのですか?」

「危険じゃないように設計したわ。でも、初回テストには必ず想定外がある。それがエンジニアリングの常識よ。理論は完璧でも、実装は裏切ることがある」


 アイリーンは一瞬だけ何か言いかけたが、口をつぐんで一礼し、階段を上がった。

 その背中が見えなくなるのを確認してから、私は深く息を吸った。


接続コネクト。オプション、チャージモードへ移行」


 パチンッ。

 私が指を鳴らすと、4つのオプションが待機軌道から離脱し、杖の周囲に集結した。

 散開していた衛星が、母星に引き寄せられるように。

 そしてゆっくりと、しかし加速度的に速度を上げながら、杖を中心として高速で回転を始めた。


 ブォォォォォォォン……。


 低い。腹に響く。空気が震えている。

 回転するオプションの軌跡が、空中にリング状の光の帯を描く。4つの光が混ざり合い、白い輪となって浮かぶ。

 その回転が一定速度を超えた瞬間、空間そのものが共鳴し始めた。

 重低音が地下室の石壁を震わせ、埃が天井から舞い落ちる。棚の上に放置された古代魔導書がガタガタと揺れ、一冊が落ちて鈍い音を立てた。

 大気中に散在するマナ(魔力粒子)が、渦を巻いて杖の先端に吸い込まれていく。

 肉眼では見えないはずの粒子が、集束点の近くでは淡い青白い輝きとなって可視化されている。

 まるでブラックホールだ。光すらも吸い込む重力の渦。


 杖のコンデンサが脈動する。

 淡い青→鮮やかな青→白に近い青。

 光の強度が、充填率に比例して増していく。

 手の中の杖が、脈打つように熱を帯び始めた。生き物を握っているような感覚。いや、生まれつつある何かを。


『充填率30パーセント……50パーセント……70パーセント……安定した上昇曲線を確認。全段コンデンサ、正常動作中! 温度推移も設計値範囲内! すごいよお嬢、理論通りにチャージが進んでる!!』


 ジェムの声が弾む。

 私は杖を握る手に力を込めた。

 掌に伝わる振動が、段階的に強くなっていく。

 最初は微振動だったものが、今や手首を痺れさせるほどの烈震に変わっている。

 歯がカチカチと鳴る。全身の骨格が共振しているのを感じる。


『80パーセント……90パーセント……第1段コンデンサ、フル充填! 第2段に移行! ……95パーセント……98パーセント……100パーセント到達! 定格出力に到達しました!』


「まだよ! 限界リミットを解除! オーバーロード(過負荷充填)モード!」


『えっ、マジ!? いきなり初回テストからオーバークロック!? お嬢、正気!? 初回テストは定格で確認して、段階的に出力を上げるのがセオリーじゃ――』

 ロキが叫ぶ。


「正気に見える?」

『……見えないね。見えたことない。一度もない。お嬢と過ごしてきた全ての瞬間で、お嬢が正気だったことは一度もない』

「なら正解よ。正気じゃないエンジニアが、正気じゃないものを作る。それがイノベーションよ」


 バチバチバチッ!!


 杖の周囲に、紫色の稲妻が走った。

 私の髪が静電気で逆立ち、肌がヒリヒリと焼けるような感覚が全身を包む。唇がピリピリする。目の奥が熱い。

 空気そのものが電離しているのだ。大気中の魔力粒子が過剰に励起され、不安定なプラズマ状態に近づいている。

 シャルルの警告アラートが視界(脳内インターフェース)に真っ赤に点滅しているが、無視する。

 赤いアラートは「想定内の危険」だ。想定外の危険は、アラートすら出ない。だからまだ大丈夫。


『110パーセント……115パーセント……安全弁が排熱を開始! 余剰魔力を放出中! 背後に高温排気が出ています、背中が焦げますよマスター! ……118パーセント、119パーセント――120パーセント! 臨界点クリティカル・マスに到達です!! これ以上は安全弁の処理限界を超えます!! 即時発射を強く推奨します!!!』


 杖が、手の中で暴れている。

 制御を失った野獣のように、魔力が解放を求めて叫んでいる。

 握る手が、痛い。骨が軋む音がする。

 手袋を通してなお、掌の皮膚が焼けるような熱さだ。魔力の圧力が杖の外壁を透過して、直接肌を灼いている。


 だが、この感覚を――私は知っている。

 前世のゲームセンターで。チャージゲージが満タンになった時の、コントローラーの振動と同じだ。

 あの「今しかない」という一瞬の判断。

 ボタンを離すタイミング。1フレームの迷いが、勝敗を分ける。


照準ターゲットロック――あのミスリルの板。座標固定、よし」


 インターロックの条件1:トリガー(発射意思)――私の魔力パルスが短く3回、明確に刻まれる。満たされている。

 インターロックの条件2:座標固定――照準のブレが0.1度以内に収束。完了。

 AND条件、成立。

 安全装置、全解除。


 全身の毛穴が開く感覚。

 世界がスローモーションになる。

 空気中を舞う埃の一粒一粒が見える。稲妻の一筋一筋が見える。

 これもまた、前世のゲームの瞬間と同じだ。「ゾーン」に入った時の、あの極限の集中状態。


「食らえ――メガ・クラッシュ!!」


 私は杖を、地下室の奥に設置されたミスリルの板に向けて、全身の力で突き出した。


 カッ!!!!!!!


 視界が真っ白に染まった。

 まず音が消えた。轟音が人間の聴覚の限界を超えた瞬間、世界から「音」という概念が消失する。

 次に色が消えた。白以外の全ての光が、圧倒的なエネルギーの奔流に呑まれて消滅する。

 最後に感覚が消えた。衝撃波が地下室全体を揺らし、棚に並んでいた古代魔導書がすべて吹き飛ぶ。クラウスが丹念に整理していた資料が宙を舞う。

 私の体が後方にずるずると押され、踏みしめた足の下で石の床がキィキィと悲鳴を上げる。靴底が石畳に焦げ跡を残しながら、数十センチ後退した。

 腕が痺れる。肩の関節が外れるかと思った。だが、杖は離さない。離してなるものか。


 極太の光の奔流。

 直径50センチ以上の白金色の光線が、一瞬で空間を灼き尽くしていた。

 光線の軌道上にある空気が瞬時に電離し、プラズマの通路が形成される。紫色の稲妻がその外縁を走り、地下室全体が怪しい光に満ちた。

 光線が壁に到達するまでの時間は、計測不能。光速に近いからだ。


 ……。

 ……。


 数秒後。

 紅茶のカップを守るために体で覆い被さっていたアイリーンが、階段の上からゆっくりと身を起こした。

 彼女の服に、天井から落ちた細かい石の破片がパラパラと付着している。

 土煙が、ゆっくりと晴れていく。

 魔力結晶の灯りがいくつか吹き飛んで消えており、地下室は半分が闇に沈んでいた。残った結晶の光が、煙の中を幻想的に照らしている。


「……あーあ」


 そこには、何もなかった。

 ミスリルの板はおろか、その後ろの石壁、さらにその奥の2メートル分の土砂までが、完璧な円形に抉り取られ、直径2メートルの大穴がぽっかりと口を開けていた。

 穴からは外気が流れ込み、地下特有の澱んだ空気を押し退けている。穴の先に見えるのは――地面の横断面。土と岩の層が、地質学の教科書のように綺麗に露出している。

 穴の内壁は、あまりの高温で岩がガラス化し、鏡のように滑らかに光っている。光を受けてツルツルと黒く輝くそれは、まるで黒曜石のトンネルだ。

 溶けた岩がオレンジ色のドロドロとした液体になって、ゆっくりと滴り落ちている。ポタ、ポタ、と。地面に落ちるたびにジュッという音がする。


 ミスリル合金?

 影も形もない。

 この世界最高の防御素材が。魔法耐性を誇るミスリルが。

 120パーセント出力の波動砲の前では、紙と変わらなかったのだ。

 いや、紙の方がまだ「灰」という残骸を残す。ミスリルは灰すら残さなかった。分子レベルで蒸発したのだ。


「威力は……申し分ないわね」


 私は煤けた顔で笑った。

 前髪が焦げている。眉毛も少し短くなった気がする。

 手袋は完全に焼失しており、素手の掌に杖の形の火傷跡がくっきりと残っている。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 この威力なら、グレン団長の最高級ミスリル鎧だろうが、バターのように溶ける。

 500の騎士が一列に並んでくれさえすれば、1発で全滅させられるほどの圧倒的な破壊力。


 かつてゲームセンターで見た、あの光。

 ドットの粗い画面で表現された白い光線。

 それが今、現実に(異世界の現実ではあるが)、私の手の中にある。

 この感動を、あのゲーセンで隣に座って同じ筐体を囲んでいた仲間に伝えたい。

 「実物を作ったよ」と。

 「あのゲームの波動砲、本当に作ったよ」と。

 ……もう会えないけれど。


 だが――問題もあった。


『お嬢……杖、見て。ヒビ入ってる』

 ジェムの声が、心なしか怯えている。

 杖を確認すると、先端から根元にかけて、髪の毛のように細い亀裂が蜘蛛の巣状に広がっていた。

 表面の仕上げコーティングが剥がれ、下地の素材が露出している。

 120パーセントのオーバークロックに、ハードウェア(杖の素材)が耐えきれなかったのだ。

 あと2発も撃てば、杖そのものが崩壊する。


「……冷却時間クールダウンが必要ね。このまま連射したら、2発目で杖が崩壊する。最低でも発射間隔は3分。杖の結晶構造が自然修復するのを待たないと、次の発射で自壊する」


『3分……。戦闘中の3分は致命的ですよ、マスター。敵にとっては「無防備なまと」が3分間そこに立っているのと同じです。500人の騎士が全速力で走れば、3分間で1キロ以上前進します。波動砲の有効射程が3キロとしても、外せばリカバリーの猶予は2分以下。2発目を撃つ前に接近戦に持ち込まれます』


 シャルルの指摘は正鬱だ。

 正確で、鬱になるほど正確だ。


 一撃必殺。

 だが、外せば終わり。

 そして敵は500もいる。

 一本のビームで薙ぎ払うだけでは、散開した敵への面制圧はできない。

 波動砲は「点」の兵器だ。「面」を制圧するには、別のアプローチが必要になる。


 サブウェポン(オプション弾幕)は「面」だが「弱い」。

 メインウェポン(波動砲)は「強い」が「点」。

 面で弱い。点で強い。どちらも単体では不完全。


 ……ならば。


「次は『弾幕バレットヘル』よ」


 私は壁のチョーク図を消し、新たな構想を描き始めた。

 消す時に、さっき波動砲でぶっ飛んだ部分の壁がもうないことに気づいた。描くスペースが減っている。自分で壁を吹き飛ばしておいて何を言っているのか。


「波動砲の一点突破力と、オプションの連射性能。この二つの長所を掛け合わせて、視界(画面)を埋め尽くすほどの弾を同時にばら撒くシステムを構築するわ。弱い弾を多数ではない。そこそこ強い弾を、圧倒的多数。点と面のハイブリッド」


『弾幕シューティング! あの弾幕シューティングを実装するの!? お嬢、最高だよ!! 東方もグラディウスもダライアスも全部混ぜた夢の兵器!!! うわぁぁぁぁ!!!! 僕、生きてて良かった!!!!』

 ジェムが歓喜の雄叫びを上げる。存在がもはやファンファーレだ。


「ええ。名作STGシューティングのボスが見せてくれたような、あの圧倒的で美しい弾の壁を。……この手で、この世界に再現してやるわ」


 私は焼けた掌で新しいチョークを握った。

 火傷がヒリヒリと痛む。だが、その痛みすらも心地良い。

 創造の痛みだ。何かを生み出す時に払う代償。それは、前世のデスマーチで味わった痛みと本質的に同じだ。

 だが、決定的に違うことがある。

 前世の痛みは「誰かに命じられた苦しみ」だった。

 今の痛みは「自分で選んだ熱狂」だ。


 私のインフラ魂に――いいや、レトロゲーマーの魂に、本物の火がついた。

 こんな単発の実装(ワンショット兵器)じゃ満足できない。

 目指すは「処理落ちするほどの弾幕」。

 画面を埋め尽くし、隙間を縫って避けることすら不可能な、芸術的な死の花園デス・ガーデン


 2周目の開発は、まだ終わらない。

 むしろ――ここからが本番だ。


 そして半日後に迫った騎士団500名の足音が、舗装された街道の上に不気味に響き始めていることを、私はまだ知らない。


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