第3章 第1節 三十八歳、曲がり角。身体の節々が痛む夜に、謎の毛玉が「老いへの恐怖」というスパイスを求めて晩酌に付き合ってくれる
第3章 極上の休憩と若返り
第1節 三十八歳、曲がり角。身体の節々が痛む夜に、謎の毛玉が「老いへの恐怖」というスパイスを求めて晩酌に付き合ってくれる
新宿ダンジョン第十五層。通称「迷いの森」。
ここは本来、木々が生い茂り視界の悪いエリアだが、今の俺、田中勤の周囲だけは別世界のように見晴らしが良かった。なぜなら、俺が「落ち葉掃き」と称して、邪魔な木々ごと空間を清掃してしまったからだ。
「ふぅ……。ここらで一服するか」
俺は切り株(元はトレントというモンスターだった気がするが)に腰を下ろし、腰をトントンと叩いた。
時刻は深夜三時。残業続きの身体に、年齢の壁が立ちはだかっていた。
「あー、腰が痛い。最近、疲れが取れにくくなったなぁ……」
独り言が漏れる。
三十八歳。世間では働き盛りと言うが、肉体労働者にとっては「老い」との戦いが始まる年齢だ。
朝起きると体が重い。
筋肉痛が二日後に来る。
近くの文字が見えにくい。
そして何より、肌の艶がなくなり、鏡を見るたびに増える白髪とシミ。
「若い頃はもっと無理が効いたのになぁ。このまま誰にも看取られず、ダンジョンのゴミとして朽ちていくのか……」
ズドーンと暗い気分になりながら、俺はコンビニ袋から「ロング缶のハイボール」と「チータラ」を取り出した。
プシュッ。
炭酸の弾ける音が、静寂の森に響く。
『いただきまーす!』
元気な声と共に、いつものように虚空から「おつまみ」が現れた。
枝豆の殻が集まったような毛玉ボディを揺らし、俺の目の前に浮遊する。
『おっ、今日の勤ちゃんは熟成されてるねえ! 「加齢への焦り」と「将来への不安」! これは濃厚な味わいだ!』
おつまみは俺の周りに漂うどんよりとしたオーラを、掃除機のような吸引力で吸い込み始めた。
「お前なぁ……人の悩みを酒の肴にするんじゃないよ」
俺は苦笑しながら、ハイボールを一口飲む。
『んぐんぐ……ぷはぁ! 渋みがあって最高! さて、対価交換だ!』
おつまみが満足げに震えると、その体からピンク色の柔らかな光が放出された。
それは以前のような鋭い「洗浄の衝動」とは違う。もっと優しく、温かい波動だった。
『勤ちゃんの「老いへの不安」をもらった代わりに、僕からは「細胞レベルでの活性化」をあげるよ! 今ここを、世界で一番居心地の良い場所に変えちゃいな!』
光が俺の体を包み込む。
瞬間、俺の脳内にあった「あーしんどい」という感覚が霧散した。
代わりに湧き上がってきたのは、湯上がりのようなポカポカとした多幸感と、みなぎる活力だ。
「……ん? なんか、急に体が軽くなったな」
俺は首をコキコキと鳴らす。痛くない。
腰の重みも消えている。
それどころか、視界がクリアになり、遠くの葉脈まではっきりと見える。
「すごいな、このハイボール。アルコール度数高めだからか? 血行が良くなった気がする」
俺は酒の効能だと勘違いし、機嫌よく二口目を煽った。
その時、俺の座る切り株を中心に、半径十メートルほどの地面から、淡い光る粒子が立ち昇り始めたことに、俺は気づいていなかった。
それは、おつまみの力が俺の「場を整える」スキルと共鳴して作り出した、超高濃度の回復フィールドだったのだ。




