ー第4節 浄化完了。ボスは「シミ」として拭き取られ、玲奈の心には「田中」という名の新たな神が刻まれた。世界は今日も平和で清潔だ
第4節 浄化完了。ボスは「シミ」として拭き取られ、玲奈の心には「田中」という名の新たな神が刻まれた。世界は今日も平和で清潔だ
田中のスキル「徹底清掃」が、おつまみの力によって「概念清掃」へと昇華されていた。
モップが触れた箇所から、ボスの体が白く変色していく。
黒いヘドロが、透明な水へと浄化されていくのだ。
「オ、オオオオ……!?」
ボスが苦悶の声を上げる。
自分の存在意義である「不潔さ」を奪われることは、このモンスターにとって死以上の苦痛だった。
「頑固だな! なら、漂白剤も追加だ!」
田中はポケットから白い粉末(重曹)を取り出し、ボスの核に直接振りかけた。
シュワワワワワワッ!!
激しい発泡音と共に、ボスの体が内側から崩壊を始める。
「汚れは、根こそぎ、落とすッ!!」
田中はモップを高速で回転させ、ボスの巨体を内側から磨き上げた。
それはまるで、汚れた窓ガラスを一瞬で透明にするワイパーのように。
第五十層の支配者たる巨大な怪物は、数秒の清掃作業の末、キラキラと輝くただの真水となって四散した。
後には、チリ一つない清潔な空間と、核であった巨大な魔石(田中にとってはただのゴミ)が転がっているだけだった。
「ふぅ……。やっぱり重曹は万能だな」
田中は額の汗を拭い、満足げに頷いた。
そして、転がっている魔石を「燃えないゴミ」の袋にポイッと放り込む。
静寂が戻ったダンジョンに、玲奈の荒い息遣いだけが響いていた。
彼女は見た。
不浄の化身が、美しい水となって天に還る様を。
そして、その中心に立つ、一人の清掃員の背中を。
そこには、一滴の汚れも付着していなかった。
作業服はパリッと糊が効いたままで、彼の周囲だけ空気が澄んでいる。
「……神様」
玲奈は無意識に呟き、その場に崩れ落ちた。
恐怖ではない。あまりの尊さに、腰が抜けたのだ。
彼女が追い求めていた理想郷。
どんなに強い剣でも、どんなに高度な魔法でも手に入らなかった「完全なる清潔」が、今、目の前にある。
「あ、お嬢さん、大丈夫ですか? 腰抜かしちゃった?」
田中が心配そうに駆け寄ってくる。
差し出された手には、ゴム手袋がはめられていた。
普段なら「ゴム臭い」と拒絶するはずのその手を、玲奈は両手で包み込むように握りしめた。
「あ、あの……! 私、白石玲奈と言います!」
「はぁ、どうも。田中でーす」
「田中様……! お願いです、私に『掃除』を教えてください! 貴方のような、汚れなき存在になりたいんです!」
玲奈の瞳は、狂信者のようにギラギラと輝いていた。
田中は少し引いた。
(最近のコスプレイヤーは設定に入り込むタイプが多いなぁ……)
そんな呑気なことを考えながら、田中は困ったように笑った。
「掃除なら、誰でもできますよ。毎日コツコツやることが大事ですからね」
「毎日……コツコツ……! なんて深遠な教え……!」
玲奈が勝手に感動して震えている横で、おつまみが『やったね勤ちゃん、信者一号ゲットだぜ!』とニヤニヤしていた。
こうして、渋谷ダンジョンの最深部は、世界で最も清潔な場所として生まれ変わった。
そして同時に、最強のS級探索者が、ただの中年清掃員のストーカー……もとい、一番弟子となる運命が確定した瞬間でもあった。
(第2章 完)




