ー第3節 ボス「混沌の汚泥」出現。S級探索者すら戦慄する最強の汚物に対し、田中は「うわ、配管詰まりかよ最悪だ」とモップを構える
第3節 ボス「混沌の汚泥」出現。S級探索者すら戦慄する最強の汚物に対し、田中は「うわ、配管詰まりかよ最悪だ」とモップを構える
『カオス・マック』。
それは不定形の流動体であり、物理攻撃を無効化し、猛毒の酸を撒き散らす厄介極まりないボスモンスターだ。
その巨体は部屋の天井に届くほどで、全身から滴る粘液が、せっかく田中が綺麗にした床を再び侵食しようとしていた。
「ひっ……!」
玲奈が悲鳴を上げて後退る。
彼女にとって、あれは敵ではない。生理的嫌悪の集合体だ。戦う以前に、視界に入れるだけで精神が削られる。
「みんな、下がって! 私の結界で……!」
玲奈が防御魔法を展開しようとした時、彼女の前に背中が割り込んだ。
作業服の背中。「(株)クリーン・ダンジョン」のロゴが刺繍されている。
田中だった。
「うわぁ……こりゃ酷いな」
田中は呆れたように頭を掻いた。
彼の目には、その絶望的な怪物が「巨大な配管詰まりから逆流した汚水」に見えていた。
「管理会社、何やってんだよ。こんなになるまで放置して。これじゃあ下の階に水漏れしちまうぞ」
『勤ちゃん、これは強敵だよ! ただの汚れじゃない、しつこい油汚れとカビのハイブリッドだ!』
「マジかよ。追加料金請求したいレベルだな……」
田中はため息をつくと、ポリッシャーを脇に置き、背負っていたリュックから一本のモップを取り出した。
そして、腰のポーチから「業務用・激落ちくん(液体タイプ)」を取り出し、モップにたっぷりと染み込ませる。
「おい、おっさん! 逃げろ! あれは人間がどうこうできる相手じゃ……!」
探索者たちが叫ぶが、田中は聞く耳を持たない。
今の彼には、目の前の汚れを放置して帰ることの方が、ボスに殺されることよりも恐ろしかった。なぜなら、中途半端な仕事は「プロのプライド」が許さないからだ(と、おつまみに暗示をかけられている)。
「すいませんね、お兄さんたち。ちょっと激しい洗剤使うんで、目に入らないように下がっててください」
田中はモップを構える。その構えは、剣道のそれではなく、あくまで「広範囲を効率よく拭くため」のフォームだ。
ボスが咆哮を上げ、田中めがけて酸の濁流を吐き出した。
全てを溶かす死の波。
玲奈が絶叫する。
「田中さぁぁぁん!!」
だが、田中は動じない。
彼は冷静に、迫り来る酸の波を見極め、モップを一閃させた。
「吸水力、なめんなよッ!」
シュパァァァッ!!
信じがたい光景だった。
特殊繊維で編まれた田中のモップが、ボスの吐き出した酸を、一滴残らず「吸い取った」のだ。
それだけではない。吸い取った水分を、遠心力でバケツ(亜空間収納機能付き)に弾き飛ばす。
「よし、床は守った。次は元栓を締めるぞ!」
田中は床を蹴った。
ピカピカに磨かれた床は、彼にとって最高の足場だった。摩擦係数ゼロのような滑らかな動きで、彼はボスの懐――汚泥の中心核へと滑り込む。
「ここが! 汚れの! 発生源かぁぁぁ!!」
田中はモップを逆手に持ち替え、ボスの身体に突き立てた。
攻撃ではない。
これは、拭き掃除だ。




