ー第2節 社畜清掃員の勘違い。「最近のコスプレイヤーは凝ってるなぁ」と思いつつ、最強の剣士をただの迷子扱いして、ついでに道を切り開く
第2節 社畜清掃員の勘違い。「最近のコスプレイヤーは凝ってるなぁ」と思いつつ、最強の剣士をただの迷子扱いして、ついでに道を切り開く
田中の視点で見れば、この状況は「残業中に困った客に遭遇した」というだけの話だった。
深夜手当が出るとはいえ、こんな深層まで派遣されるのは割に合わない。だが、相棒の「おつまみ」がどうしてもと言うので来てみれば、案の定、若者たちがたむろしている。
『勤ちゃん、見てよあの汚れ! あそこのお嬢ちゃん、汚れが嫌で泣きそうになってるじゃないか!』
肩に乗った毛玉――おつまみが、玲奈を指差して騒ぐ。
田中の目にも、彼女の悲壮な表情は見て取れた。真っ白な服を着て、こんな泥だらけの場所に来れば、そりゃあ帰りたくもなるだろう。
「可哀想に。撮影場所、間違えちゃったのかな」
田中はため息をつきつつ、腰のベルトから業務用の強力洗剤(と信じている聖水入り特製ボトル)を取り出した。
「お嬢さん、そこ通れないですよね? 今、道作りますから」
「え……?」
玲奈が呆然とする中、田中はポリッシャーのスイッチを入れた。
「おりゃあ!」
ギュイイイイイイン!!
高速回転するブラシが、長年堆積したヘドロの層に食い込む。
普通ならブラシが絡まって止まるところだが、田中のスキル「徹底清掃」と、おつまみから供給される謎のエネルギーが、物理法則を無視した洗浄力を生み出していた。
バシュッ! ジュワワワ……!
泥が弾き飛ばされるのではない。洗浄剤と触れた瞬間に「中和」され、無害な水蒸気となって消えていくのだ。
悪臭を放っていた毒沼が、見る見るうちに白い石畳の通路へと変わっていく。
「うそ……」
玲奈の目が点になる。
彼女がどれだけ高価な魔法道具を使っても防げなかった汚れが、ただのおじさんの清掃作業によって駆逐されていく。
「はい、ここ段差あるから気をつけて。あと、この洗剤、防汚コーティングも入ってるんで、しばらくは泥も弾きますよ」
田中は鼻歌交じりに、玲奈の足元からボス部屋の扉まで、一直線の「清浄なる道」を作り出した。
その手際は、まさに神業。
ブラシの回転に合わせてステップを踏むような動きは、ある種の舞踏のようでもあった。
『いいぞ勤ちゃん! その調子だ! 世界を洗濯するんだ!』
「おうよ! 今日はなんだか体が軽いな! ビールが美味い!」
田中は仕事の合間に(本当はいけないが)缶チューハイを一口煽り、プハーッと息を吐く。
その姿を見て、玲奈の心臓がトクンと跳ねた。
圧倒的な「清潔」の暴力。
この不浄なダンジョンにおいて、彼だけが唯一、汚れに染まらない絶対的な存在に見えた。
「さあ、道は開きましたよ。撮影、頑張ってくださいね」
田中は爽やかな営業スマイル(酔っ払い)を向ける。
玲奈は震える足で、その磨かれた床を踏んだ。
キュッ。
心地よい摩擦音。滑りもせず、ベタつきもしない。完璧なグリップ感。
そして漂う、ミントとシトラスの爽やかな香り。
「……すごい」
玲奈の頬が紅潮する。
彼女はもう、ボスを倒すことなどどうでもよくなっていた。ただ、この素晴らしい床の感触を確かめながら、この「清掃の神」の後ろをついて行きたかった。
しかし、運命はそれを許さない。
磨き上げられた扉の向こうから、地響きと共に咆哮が轟いた。
ゴゴゴゴゴ……!
ボス部屋の扉が開き、中から溢れ出してきたのは、この世の汚物を煮詰めたような巨大なスライム状の怪物――エリアボス『カオス・マック(混沌の汚泥)』だった。




